赤木禅という男①
――バァックション‼︎
店内に、けたたましい声が響いた。
……説明するまでもないけど、クシャミだ。経済誌のコーナーで立ち読みをしていたサラリーマン風、頭の涼しげな中年男が、放った。今はズズズと、鼻をすすっている。
彼は本を棚に戻すと、店を出た。
「ありがとうございましたぁー」
「……」
横を見ると――やはりというか、赤木さんが不機嫌そうな顔をしている。
「……わけわかんねぇ」
ボソリと、いう。
「立ち読みだけしに来て……しかも雑誌見開いて、クシャミふりかけて帰っていきやがった……!」
赤木さんのこめかみに、青筋が浮かんで、ピクピクする。
「……それを買ってく人が、いるかもしんないんだぜぇ……⁉︎」
おれの方を向き、同意を求めるようにいう。おれは「はぁ……」と、返事をする。
「お前、そんな本、買いたいと思うか? オッサンのクシャミふりかかった雑誌だぜ。オッサンのクシャミて、世界で一番キタナイもんだぜ!」
いや、それは言い過ぎだろう。でも、まぁすき好んで『オッサンのクシャミのふりかかった雑誌』を買いたいと思う人も、いないとは思うけど。
「許せねぇよなぁ。あと、平積みの本の上に荷物置くヤツな」
赤木さんの怒りは、しばらく収まりそうにない。
「売りもんだっての! お前が置いてんのは! 売りもんの上だっての! 信じらんねぇよ!」
赤木さんは、プンスカ怒る。おれは、苦笑するしかない。
言葉遣いの荒い、このお客さんにも容赦ないこの人の名前は、赤木禅。
……まぁ、悪い人じゃない。




