二日目…‼︎ ②
お昼を近くのラーメン屋で済ませて、午後。おれはまた、小川さんとレジに入った。
「夏目くん、器用だねぇ。もう、一人でレジ、立てちゃうねぇ」
おれはハードカバーとソフトカバー、それぞれの文芸書にかける、違ったカバーの折り方もマスターしていた。
カバーを折るのは初めての経験だったけど、昔っから折り紙は好きだった。
「もう教えることは何もないよっ!」
そういって、彼女は笑った。
少しして、お客さんがやってきた。
「いらっしゃいませー」
文庫本が二冊。文庫用のカバー二枚……袋はS。よし。
棚からカバーを取り出して、本にかける。……あれ……?
カバーが、引っかかって入らない……!
「あ」
小川さんはそういうと、違う棚からカバーの束を取り出した。
「これでいれて……」
小声で、そうささやく。
渡されたカバーで試してみると、今度は本がすんなり入った。
「ありがとうございましたー」
お客さんが店を出て、自動ドアが閉じきると、おれは小川さんに聞いた。
「今のって……」
彼女は「アー……」と残念そうな顔をする。
「ゴメン……言い忘れてたんだけど、『ハヤカワ文庫』って少しサイズが大きくて、文庫用のカバーだと入らないの」
いい終わると、彼女はハヤカワ文庫の本と、普通の文庫本を一冊、持ってきた。確かに、二つを並べて立たせて背を比べてみるとハヤカワ文庫の方が、少し大きい。
「だからね、ハヤカワ文庫用に、特別にカバーが折ってあるの。ゴメンね……言い忘れちゃってて……」
しょんぼり。といった表情。いたたまれなくなって、おれは「全然いいですよ」とフォローする。
「むしろ、この一件があったので忘れません。きっと」
そういうと、彼女の表情に笑みがもどった。
――少しして。
「いらっしゃいませー」
お客さんが本を片手に、レジへとやってきた。手には、単行本が二冊と漫画雑誌二冊。
単行本のサイズは青年誌サイズ……袋は本に厚みがあるから、マチ付きのM。よし。
カバーを取り出して、本にかける。……アレ……⁉︎
入らない!
「あ」
小川さんはそういうと、違う棚からカバーを出して、渡してくる。コレは……。
彼女の顔をチラリと見ると、表情が『ゴメン』と言っていた。
渡してもらったカバーで試してみると……やはり、本はすんなり入った。
「ありがとうございましたー」
お客さんが帰ると、小川さんは申し訳なさそうな顔で、こちらを見た。
「ゴメン……言い忘れてたんだけど……」
そういって、棚から本を持ってくる。一方は青年誌サイズのコミックス。そして、もう一冊は……。
「コレ、『アルファポリス』って出版社から出てる単行本で、最近たくさん出てるんだけどね……。これがまたちょっと大きくて……」
比べてみると、確かにちょっと大きい。
なるほど。だからさっきのハヤカワ文庫同様、特別にカバーを折ってあるのか。
「ゴメンねぇ……」
小川さんはあからさまにシュン、とする。
「や、いいんですよ……」
苦笑するしかなかった。
「……他に特別に折ってあるカバーって……」
「もうない! もうないよっ!」
彼女は慌てながらいった。
――外の明かりにオレンジが混じった頃。ブックカバーを折っていたおれは、店内にお客さんがいなくなった隙を見計らって、小川さんに聞いた。
「延原さんとは、付き合い長いんですか?」
彼女はこちらを向いて、やさしくほほ笑みながらいった。
「うん。実は、幼なじみなんだ。たぶん初めて会ったのは私が幼稚園の頃で……三才だから、二十年も前かぁ」
「アイちゃんはわたしの一個上でね……」。……お。直接聞かずして、二人の歳がわかってしまったぞ。
「お姉ちゃん、って感じで、でも友達で……。ずっとなかよしだよ」
その表情を見るだけで、混じり気のない真実を語っていることがわかる。
「ここで働きはじめたのは、お互い十八歳の頃。アイちゃんがここでバイトはじめた時は私もすぐにここ入りたかったんだけど、ここ十八からじゃないと働けないからさぁ」
「夏目くんは今、十八だよね?」。聞かれたので、「はい」と答える。
「……自分が小さかった頃に想像してた『十八歳』と比べて、どう?」
彼女は首をかしげながら、いった。
十八……。小さかった頃に想像していたそれは、そりゃあもうちゃんと大人で、なんでも一人でできて……。
「そうですね……。今自分が『十八』って感じは、しないです」
素直な、気持ちだった。
たまに少し、考える。このままでいいのかな……おれは将来、どうなってしまうんだろう……なにがしたいんだろう……『おれ』ってなんなんだろう。何のために生きているんだろう。
漠然と、不安になる。
「そっか……」
彼女は少しだけアンニュイな表情で、つづけた。
「わたしも、そうだった。実感がなくってね」
いまでも、ないよ。
その表情は不安げで、でも、ほほ笑みはたやさない。こんな明るい人でも、やっぱり悩みがあるんだろうか。
今は聞けるほどの仲じゃないけど、いつかそういうことも話せるような仲に、なれるんだろうか。
「思ってたより、オトナと子どもの境界線って、ハッキリしてないよねぇ」
五個上の先輩は、フフフと笑った。
タイムカードを押して、挨拶をして、外に出る。
駅前の大きなクリスマスツリーが、ピカピカと光っている。鼻先が冷たい。
「イヴイヴ」。通り過ぎて行った誰かが、そういったのが聞こえた。




