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マホロバ堂書店でございます  作者: 木下秋
夏目、書店員になる
1/33

めんせつ!

作中時間:2014/12/19

「コンビニでアルバイトしてたの?」


「あっ、はいっ。高校一年生の時に、一年間くらいです」



 おれは心の中で『ハキハキ!』と自分自身に言い聞かせて、滑舌に注意しながらいった。面接官はフムフムと言った風に頷いて、再び履歴書に目を落とす。右手が顎にのびてゆき、ゆっくり撫でた。無精髭がショリショリと鳴って、シンと静まった部屋に小さく響いた。



「じゃあ、レジはなんとなくわかるね」


「……だと思います」



 コンビニのアルバイトを辞めた理由を聞かれなくて、おれは少しだけホッとした。……言ってしまえば、『成績がガクンと落ちたから』だ。


 二年前――アルバイトを始めると同時に、学校の成績はなだらかに下っていった。それと同時期に、廃棄処分となった弁当やパンを食べまくると、体重は成績に反比例して上がっていった。……今となっては笑い話だ。

 でも、当時のおれの成績の悪さについては、笑って済まされるレベルではなかった。母はカンカンに怒り、おれに『高校を退学するか、バイトを辞めるか』の二択を突きつけた。おれはもちろん後者を選び、一年ちょっとでバイトを辞めた。……我ながら、情けない理由だ。あれ以来、あの元職場――もとい、コンドー・ストア晴種はれたね支店には、一度も行っていない。



「……じゃあ、お約束の質問なんだけどね。なんでウチでバイトしようと思ったの?」



 キタ。


 おれはそう、心の中で呟いた。

 それくらいの質問は、されるだろうと読んでいた。だから、ちゃんと答えを考えておいたのだ。おれは自分で言うのもなんだけど、割りと真面目な人間なのだ。


 ……そして、『緊張しぃ』だ。



「はい。実はボク、このお店に幼い頃、母と来たことがあって」



 「へぇ」。そう言うと、面接官の丸メガネの奥の目が、少し緩んだ。



「そこの駅前に耳鼻科があるんですけど、幼い頃、よく通っていたんです。ボク、鼻炎持ちで……。それで、診察の順番を待ってる間の時間に、よくここに来てて。絵本を買ってもらったり、マンガを買ってもらったり、ゲームの攻略本を買ってもらったりなんかして……。ボクの家は線路の向こう側なので、大きくなってからはあまりこのお店に来ることはなくなったんですけど、この前来たら、『あぁ、まだあるんだ』って思って、なんだかうれしくなって……。おれ、あっ。ボク、春から大学に通うんです。通学に一時間以上かかるんですけど……ボク、あまり小説というものを読まないんですね。でも、その通学の時間に小説とか、読んでみたいなぁって、最近思ったんです。本は好きだし……。だから、本屋で働きたいなぁ、って思って」



 ――顔が熱い。耳の奥で、ドクドクと音がする。……後半かなりグダグダだったけど、なんとかなっただろうか。


 ……実のところ。おれが本屋でアルバイトをしようと思った本当の理由は、他にある。

 何より、『悪ガキ』、『ヤンキー』、『酔っぱらい』。この三悪種が来ないようなところで、働きたいと思っていたのだ。

 それは、コンビニでアルバイトをして感じたことだった。『悪ガキ』は小学校高学年くらいのヤンチャな男の子を指すが、これは群れるとやっかいだ。万引きはするわ、真面目に働いてるこっちを指差してクスクス笑うわ……。不快極まりない。

 次に『ヤンキー』。これは『悪ガキ』よりかは成長した分おとなしめだが、向こうの要求にこちらが応えられなかった場合などには、理不尽にキレだしたりなんかする。こちらとしても謝り倒すしかないのだが……一度キレだすと、向こうとしても引っ込みがつかなくなるのだろう。延々とキレ続ける。……どうしようもない。

 そして、『酔っぱらい』。これも、やはりやっかいだ。絡み始めるといつまで経っても帰ろうとしない。挙げ句の果てに、店内で失禁しやがった奴なんかもいた。……そして、その掃除をさせられたのは、当時店に入ったばかりのおれだった。

 だから、おれはこれら三悪種が来ないようなところで、アルバイトをしようと思ったのだ。少し離れた場所にある、『某有名チェーン中古書店』で働こうかとも思ったけど、そこは『酔っぱらい』は来なくとも、『悪ガキ』と『ヤンキー』が来る可能性があった。


 そんなことを考えていた折、たまたま通りかかったのがここ、「マホロバ堂書店」だった。


 先ほど語った志望動機は、決して嘘ではない。幼い頃来たことがあるということも、本が好きだということも、これからは小説も読んでみたいと思っていることも、本当だ。ただ、一番の理由ではないというだけ。……別に、悪いことしてるわけじゃ、ないよな?


 話を聞いていた面接官は、「へぇ〜」と感心したようにいった。



「君が小さかった頃っていうと……十二、三年前ってことかな?」


「はっ、はい。そうですね」


「ってことは、僕がここでアルバイト始めた頃ってことかぁ」



 面接官はニコニコ微笑みながらいった。



「もしかしたら、会ってたかもねぇ」



 「ソ、ソウデスネ……」と、当たり障りのない返事をする。……そんなこといわれたって、当時幼かったおれが覚えているはずがない。上手い返しが、できなかった。



「うん、じゃあ、いつから来れるかな。来週にはもう冬休み入ってる? 何日間か、朝からの仕事も体験しておいてほしいんだよねぇ」



 そういうと、面接官はごちゃごちゃとFAX用紙の積まれた机の上から、卓上カレンダーを手に取った。



「えっ。て、てことは……」



 急な展開……! 確認せずには、いられなかった。

 面接官はこちらを見ると、ニッコリ笑った。



「うん。採用。よろしくね」


 

 オオォ……!


 あっさりと決まってしまった! おれは心の中で、ガッツポーズをする。



「まっ。マトモに会話ができる子だったら即採用だからさ」


「……」



 「最近多いんだよねぇ。マトモな会話すらできない子」。そんなことを呟きながら、面接官はカレンダーをチェックする。


 ……。


 ……そうなのか?



 その後、スケジュールをすり合わせて出勤日を決めた。通常、平日の出勤日は十七時から二十二時までとのことだったが、先ほど面接官がいった理由から、まず朝の九時から十七時までの仕事を、三日連続でやることになった。直接そうはいわなかったが、おそらくそこで仕事ができるかどうか、判断されるのだろう。


 面接官はカレンダーへの書き込みを終えると、こちらに向き直っていった。



「僕は店長のミヤザワ。来週からよろしくね。夏目……ケイ君?」



 履歴書の名前の部分だけチラリと見つつ、面接官は挨拶をする。


 ……ん? 店長?


 おれは改めて、目の前の人物を眺めた。


 長いモジャモジャの髪、無精髭、丸メガネ。ジョン・レノン風といったら、褒めすぎだろうか。どことなく三枚目的な空気も漂っているので、どちらかというと大泉洋に雰囲気は似ている。

 焦げ茶の革靴に、ジーンズ。紺色のエプロンの名札には『宮澤』とあって、なぜか『宮』と『澤』の間にヒマワリのシールが貼ってある。水色地に小さな花柄のシャツを着ていて、袖口は肘の辺りまでまくっている。露出した腕は、白くて細い。でも、男らしくゴツゴツとしている。右腕に、皮ベルトの腕時計をしていた。

 シンプルで、落ち着いたファッションだった。表情は常に少し微笑んでいて、それは親が子どもを見守るような笑みのようにも、無邪気な子どものそれにも見えた。

 年齢不詳な人だ。でも、さっきの会話の内容からしても、アラサーってとこだろうか。どちらにせよ、『店長』にしては若い。



 「はい……。よろしくおねがいします」



 そう言うと、座ったままお辞儀をした。



 こうしておれは、晴れて『書店員』になった。

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