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yon

一日の終わりを告げるチャイムが鳴った。一日の終わり、とは言っても、本当に一日が終わるわけでもなく、むしろ禎博にとってはこれからが一日の始まりである。同じように、学校の終わりが一日の終わりだと思っている生徒は少ない事だろう。むしろ教師を含め、誰もそんなことなんて思っていないはずだ。どちらかというと、一日の山場を越えた、そんなニュアンスで捉えている人間の方が多いはずである。

形式ばかりの『帰りの会』を終えると、禎博は一目散に教室を駆け出した。いつもであればその後にクラスメイトが続くのだが、今日は誰も追いかけてこない。あらかじめ、用事があることを伝えておいたのだ。

長い廊下を走り抜け、階段を下る。踊り場で誰かとぶつかりそうになったけれど、ギリギリのところですり抜けた。一階に降りた後は左に曲がり、一気に加速する。保健室、職員室、生徒指導室の前を駆け抜け、問題の部屋の前に立った。

この場所が、発端となった、否、鍵となった場所である。

まだ、冬馬の姿は見えない。

けれど。

冬馬はいなかったけれど。

禅の姿はあった。

久しぶりの、一対一での対面である。

彼は開かずの部屋の前で片膝をつきながら、気まずそうに禎博を見上げた。

「――禎博君か。えっと、どうしてここに?」

他人行儀な口調である。禎博はその様子に少し戸惑いながら、首を振った。

「別に。 友達と約束をしているだけだ」

 多分、強めの口調になっていただろう。

「友達?」

「もう少しで、トーマが来る」

「そう」

 禅は静かに頷いた。それから、背後をちらりと見る。まるで、トーマがまだ来ていないことを確認するかのようだった。

「気まずいのか?」

 禎博が聞く。

「何が?」

「トーマが来ることが」

「いいや、別に」

「じゃあ、俺とトーマに合うことが」

「―――」

 禅は口をつぐんだまま、返事をよこさない。

「話を変えよう。 ゼン、どうしてお前がここにいるんだ?」

「ちょっと、興味があってね」

「事件に?」

「そう。 今は、ゼアスがどうやってこの部屋に入ったのかを調べてるんだ」

「どうやって? 方法を調べているのか?」

 禎博はくつくつと笑った。

「そう。何がおかしいのかな?」

「開かずの部屋で、あるはずのない物が見つかった。 ということは、誰かが『あるはずのない物』を置いたわけだ。 その時点で、そこは開かずの部屋じゃあ無くなるわけじゃんか」

「そうとも言えないよ」禅は首を振った。「僕が調べたところによると、ゼアスが入った当時、開かずの部屋を決定付ける南京錠は、しっかりと鍵が掛かっていたそうだ。 他に扉が壊れていたってこともないし、何か文字が書かれていたわけでもない。 つまりゼアスがこの部屋に入ったとき、ここは普段通りの、通常と何ら変わらない、まさに正常な、『開かずの部屋』だったんだ。 異常なんて、どこにもなかったんだよ。 ということは、この場所は、仮に誰かが先に侵入していたとしても、結局のところ開かずの部屋に相違ないわけだ。 にも拘らず、ゼアスはこの部屋に入ることができた。 くふふ。 不思議じゃあないか。 彼がどうやってこの部屋に入ったか。 それが分かれば、犯人がどうやってこの部屋に入ったのかが分かるかもしれないだろう」

「調べたところによると、ねえ。 それは、どうやって調べたんだ? 確かに今、この部屋には鍵が掛かっているし、扉自体にも何の異常もない。 けれど当時、同じ状況だったって、誰が証明するんだ? まさか、噂を全部かき集めて、それを信じているわけじゃないだろうな」

「何が悪いのかな」

 禎博の言葉を受けて、禅が立ち上がった。かなり不機嫌そうな表情である。

「情報収集は、真相を解明するために必要不可欠な作業だろう。 しかも情報は、それを信じなくちゃあ情報となり得ない。 そして情報なくして、真実にはたどり着けない」

「そりゃあそうだ。 けど、お前は真偽の分からない情報を、自分の都合で取捨選択しているんじゃないのか?」

「そんなことは――ないよ」

 禅は禎博から視線を逸らし、心なしか背中を丸めながら答えた。そこに自信は窺えない。

「まあ、仮にだな。 仮に、お前が言っていることが正しいとしよう。 ゼアスが入ったとき、開かずの部屋は、外から見て何の異常もなかった。 ゼアスがどうやって部屋に入ったのかは不明である。 もしかしたら、犯人と同じ手段で入ったのかもしれない。 うん、そういうことだろう? けどさあ、じゃあ――じゃあ、どうしてゼアスは、開かずの部屋に入ろうと思ったんだ?」

 それは、冬馬とも話したテーマである。結局のところ、そこに行きついてしまうのだ。

禎博からすれば根本的な、最重要の問題だったが、しかしどうやら禅にとっては違うらしい。

「さあ。 そんなこと、僕は興味ないね。 良いかい? なぜ、どうして、は問題じゃない。 可能なのか不可能なのか、そこに興味があるんだ」

 彼は前髪を掻き上げながら言う。いかにも、何かに影響を受けたかのような動作だった。

「そうか……。うん。どこに興味があるか、それは人それぞれだからな」

禎博は薄らと目を閉じながら答えた。このような人間には、何を言っても無駄である。むしろ一歩間違えると、状況が悪化する可能性があることを彼は知っていたのだ。

そのとき、その視界の端に人影が写った。

冬馬である。彼は禅と禎博の姿を見ても歩調を変えず、のんびりとした様子でこちらに歩いてきた。

「やあ、待たせたね」

彼はそう言って、禎博を見た後に、禅へと視線を移した。

「禅も一緒?」

 感情の籠っていないような声色であったが、その裏に何らかの感情が秘めていることに、禎博は気が付いた。きっと、それに気づくことができるのは、世界中にも禎博ただ一人だろう。

「いや、一緒じゃあないよ」

 禅が答えた。挑発的とも受け取れるような口調である。

「たまたま居合わせただけだ」

 禎博はその挑発を受けるように、後を引き継いだ。

「そう。 なんだ」

「なんだ」

 禅が冬馬の言葉を繰り返した。

「二人とも、仲直りしたのかと思った」

「仲直り?」禎博は口の端を持ち上げながら言った。「なんだ、それ。 もともと、喧嘩なんざしてねえよ」

「だったら、もっと重症だ。 それより、ゼン。 どう? これから時間はある?」

「時間? 悪いけれど、僕には無駄にするような時間はないよ」

「無駄……かどうかは分からないけれど。 これから、井出先生のお見舞いに行くんだ」

「ゼアスの?」

 禅は顔をしかめた。

「そう。 一緒にどう? 何か分かるかもしれないよ」

「―――」

 禅は顎に親指を当て、少し考えてから口を開いた。

「お見舞いって、ゼアスがどこに入院しているのか分かるのか?」

「さあ。 それは、これから調べるところ」冬馬はそう言って、禎博を見た。けれどそれも束の間で、彼はすぐに禅へと視線を戻す。「辻先生なら、教えてくれると思うんだけど」

「あの先生は、教えてくれないよ。 僕が聞きに行った時も、教えてはくれなかった」

「そう。 じゃあ、他の先生は?」

「他の先生も同じさ。 子供には教えちゃくれない。 残念なことに、大人たちから見れば僕たちの行動なんて、所詮興味本位にしか映らないのさ」

「ふふっ、興味本位か。 的を射ているね。 僕だって、禅だって、興味本位で調べているんだから」

「――いや、違う。 僕は違うよ。 僕は、僕は事件を解決したいという気持ちがあるんだ。 興味のためじゃなく、皆のために、事件について知りたいんだ」

 不満そうに顔を歪めながら、禅は言う。 その言葉を聞いて、禎博は思わず鼻から息を漏らした。

「ミンナのため、か。 笑わせるぜ。 ミンナは、お前が事件を解決するなんて期待しちゃいねえよ」

「例え期待されなくても、事件を解決する。 それが名探偵なのさ」

「お前みたいなのを名探偵とは言わねえんだ。 良いか? お前が探偵ごっこをしてもしなくても、この事件は警察が解決する。  重ねて言うと、よしんぼお前が事件を解決したところで、それのどこが皆のためになるんだ?  結局のところ、お前はただ、興味本位で、自分を満たすために事件を調べているだけじゃあないか」

「それは――」

 禅は口を開いたままの状態で、暫く動かなかった。 それからじんわりと、口を結ぶ。頬の動きから察するに、奥歯を噛みしめているのだろう。

禎博は、それが愉快だった。痛快だった。ざまあ見ろと思った。

自分を信じ切った人間が、今、自分を見失ったのだ。己の拠り所を失ったのだ。否、自分の影を見ていた人間が、自分の大きさに気付いてしまったのだ。

「禅は、名探偵なんかじゃないんだ」

 とどめを刺すように、言い聞かせるように、そして噛みしめるようにして、禎博は言った。それは禅にとって、どれほど重量のある言葉なのか、禎博は分かっているつもりだった。

 しかし彼は、思いのほか素直に頷いた。

「――知ってるよ」


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