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8  とっても素敵なお店じゃないですか

 客も従業員も殺人鬼だなんて、そんなおっかない喫茶店があっていいのだろうか。

 まあ、いきなりぶち殺されることもないだろう。店のルールにも『店内で人を殺さないでください』って書いてあったし。

 むしろ、ここで殺人鬼の人達と仲良くなっておけば殺されにくくなるのではないか。そんなことを考えられるくらいには僕は殺人鬼というものに慣れてしまっていた。

 コーヒーを一口飲んで心を落ち着ける。昨日の喫茶店のよりも美味しい。

 僕は客の男に話しかけてみる。

「あなたはここの常連さんなんですか?」

「ん? 俺? まあぼちぼち来てるかな」

 符崎さんが横から口を挟む。

「そうだねー。りんちゃんはしょっちゅう来てはいるけど、コーヒー一杯で何時間も居座るからお店の利益的にはおいしくないんだよねー。しかもさ、いっつもなんか書いてるか本読んでるかでね、あたしの話し相手になってくれないのよ。だいたい、大学行ってわけわかんないことを勉強して、レポート何枚も書かされて。そんなの楽しいのかしらねぇ。まったく、私には理解できな、痛い! また殴ったぁ」

「なんでこのバイトクビになんねえの?」

「せっかく薪ちゃん用の制服作ったから、なんだかもったいなくて……」

 ぼそっとマスターがつぶやく。この人女子力高いな。

「薪さんはもうこの店の看板娘みたいなものじゃないですか。辞めちゃったら私、寂しいです」

 と、河澄さんが言う。符崎さんは体いっぱいで嬉しさを表現する。具体的には河澄さんに抱きついた。

「いやー、ゆーちゃんは優しいよね。あたしだって今のは社交辞令が入ってるのはわかるよ。でもね、ここぞって所での的確な言葉は人の心にすっと入り込んで、痛みを癒してくれるものなのよ。あ、んでんでこないだねー……」

 河澄さんは抱きつかれたままパフェを食べつつ、符崎さんの話を聞いている。僕も彼女の優しさにかこつけて抱きついてみたいなと思って眺めていると、ちょんちょんと肩を突かれた。燐ちゃん(仮)さんだった。

「おまえ、近衛だっけ? 俺は鈴懸燐太郎すずかけりんたろうな」

「あ、よろしくです」

 で、と言って鈴懸さんは声を二段階ほど小さくした。

「さっきはただの友達とか言ってたが、おまえの方は河澄のことが好きなんだろ?」

「うわ! 何このティラミス超おいしい!」

「図星だったか」

 僕の誤魔化しは全く通じず、せいぜいマスターを喜ばせるくらいの力しかなかった。

「なんですか、そんなに僕はわかりやすいですか」

「簡単なことさ。好きでもない女と二人でいる男なんて、よっぽどのリア充かオカマ野郎くらいのもんだ。お前は見た感じそのどちらでもない」

「はあ……」

 それは偏見ではないかと思ったが、間違ってもないので何も言えなかった。

「しかし、殺人鬼とわかっていて尻を追いかけるその熱意はよし。プレゼントをやろう」

 そう言って、鈴懸さんは右手を開いて前に出した。何をくれるんだろうとその手を見るが、掌の上には何もない。

 鈴懸さんがふぅと息を吸う。すると手の上に黒いもやのような物が突然出現した。それはうねうねと蠢きながら、だんだんとしっかりとした形を作っていく。やがて、それは金属の塊になり彼の手の中に納まった。

 それは真っ黒な拳銃だった。僕は反射的にビクッとする。

「おいおい、そんなにびびるなよ。ハイスタンダードデリンジャーだ。装弾数2発、22口径のダブルアクション。思いっきり引き金を引くだけで撃てるからおまえにも使えるだろ」

 僕は差し出されたその拳銃を手に取ってみる。掌サイズで見た目は可愛らしくも見えるが、確かな重みを感じる。

「あ、ありがとうございます……」

「そんなに怖がらなくたっていいんだぜ。俺だって人に向けて撃ったことなんてほとんど無いし」

「殺人鬼なのにですか?」

「まあ俺は特殊っていうか、他人を殺したくなくてな。殺意が抑えられなくなってきたら自殺するのさ。こう、頭をぱーんとしてな」

 鈴懸さんはそう言いながら、もう一丁拳銃を出現させてこめかみを撃つまねをした。

 殺すのが自分でも殺人鬼と呼んでいいのか。そういえば殺人鬼というものについて詳しいことはほとんど知らないことに気づいた。

「殺人鬼っていったいなんなんですか?」

「何って聞かれると困るけどな。まあ俺はけっこう詳しい方だと自負してるから、わかる範囲で説明してやろう。

 そうだな、まずは殺人鬼になる条件から話そうか。殺人鬼になった人間は例外なく皆、一度でも死んでいる。生き返ったら絶対に殺人鬼になるわけじゃねえけどな、むしろならない方が多いと思う。特殊なケースでは昔に死んだ経験を持つ奴が、今年の5月頃に突然殺人鬼になったってのもある」

「それって原因は再生センターにあるってことじゃないですか」

「かもな。実際、岳ヶ島市から出ると殺人衝動が極端に薄れるから、何か関わりがあるのは確かだと思う。殺人鬼が捕まらないのは、市の上層部が圧力をかけているって噂もある。市の目的はやっぱりこれなのかな」

 鈴懸さんは拳銃を指でくるくると回している。次の瞬間、拳銃はぱっと消えてしまった。

「超能力……」

「殺人鬼はそれぞれ固有の能力を2種類持っている。俺はそれを殺り方マナー贈り物ギフトと呼んでいる」

「なんか中二臭いよねー。それ燐ちゃんが考えたんだよ。二十歳過ぎた男がさぁ、頭捻ってこれだよ。『贈り物ってなんか違うな、対価の方がそれっぽいけど英語にしたときにコンシダレイションじゃ語呂が悪いしなぁ』とか言っちゃて、どっちにしろダサイことには変わらないのにねぇ」

「私は好きですよ。鈴懸さんのネーミングセンス」

「うるせぇ! んなこといったらここの店名だってマスターの苗字をイタリア語にしただけな上に、酒が置いてあるのに純喫茶って書いてあんだぞ!」

 マスターがこっそり凹んでるのが見えた。僕は好きだよ、そういう店名。

 鈴懸さんはごほんと咳をして、話を再開する。

「殺り方ってのは人を殺すための能力のことだ。これは殺意が増すほどに強力になる。俺の場合は「銃殺」で、殺るきがあればもっと強力な銃が出せる。

 贈り物はなんでもありで、そっちだけで人を殺せるものもあれば殺り方とまったく噛みあわないものもある。マスターのルールを破れなくする能力はこっちだ」

 入り口のホワイトボードはそんな意味があったのか。そういうだいじなことはもっと早く言ってほしかった。

「だいたいこんなところかな。他に聞きたいことあるか?」

「じゃあ、自殺以外で人を殺さずに済む方法ってあるんですか」

「俺の知る限りは無いな。殺人衝動を抑え込められる日数にはだいぶ個人差があるけど、いずれは我慢ができなくなる。それどころか日が経ってなくても、殺人鬼にそれぞれの殺意のトリガーみたいなものがあって、条件を満たすと殺人衝動が噴き出てくる。例えばうるさい貧乳女をみたら頭を撃ちぬきたくってしょうがなくなるとか」

「あ! おまえそこに触れたな! 女性の胸には軽々しく触れちゃいけないんだぞ! 二つの意味で!」

「殺人鬼である限りそこからは逃れられねぇ。まあ殺人鬼なんて簡単に辞められるけどな」

「え? じゃあなんでみんなやめないんですか」

「それはまあ、それぞれくだらない理由があるんだよ。とにかく、殺人鬼じゃなくなるには誰かに殺してもらえばいい。相打ちや自殺じゃダメだ。もしおまえが殺人鬼になったら河澄にでも殺してもらえばいいんじゃないか」

 僕は生き返れないのでそのアドバイスが活かされる機会はないだろうなと思った。

 河澄さんの方をちらっと見る。今の話から彼女が殺人鬼である理由は明白だ。ただ単に、死ぬことが怖いからだ。それを世間がただのわがままだと呼んでも、僕は河澄さんの味方でありたいと思う。

「あー話疲れた。つーかまだレポート終わってねぇし、今日はここまでな。マスター、ウィンナーコーヒーのおかわり頼む」

 僕のコーヒーもほとんどなくなっていた。ずっと手に持ったままだった拳銃を鞄にしまうついでに財布の中を確認する。仕送り増やしてもらわなきゃなぁ。



 それから、しばらく河澄さんと符崎さんと雑談に興じた。デートという感じではなくなってしまったけど(というかもともとデートだと思っていたのは僕だけだった)、河澄さんの愛犬について語る姿が可愛かったので良しとしよう。ダックスフンドより君の方がかわいいって言いたかったが符崎さんに先に言われてしまった。

 冬は日が沈むのが早い。窓の外が暗くなり、ちかちかと切れかかった古い街灯が商店街を照らすが、それがかえってさみしい雰囲気を醸し出している。

 どちらからともなくそろそろ帰ろうということになった。

「どうでした? とっても素敵なお店じゃないですか?」

「そうだね、マスターもいい人だし。ただ、来る前にもう少し説明をもらえたら嬉しかったんだけど」

「うふふっ。実は近衛君の驚くところ見るの好きなんですよね」

 そんなことを言われたら許すしかないじゃないか。ていうか好きとか言われるとドキドキしちゃう。

 僕らは電車に乗り白秋駅で僕だけ降りる。河澄さんが別れる時にも手を振ってくれたのが可愛かった。

 駅前はこの時間が最も人が多い。僕はそこに1人で歩いていることに寂しさを感じる。1人でいることをそんなふうに思ったのは初めてだ。きっとさっきまで隣に河澄さんがいたからだろう。

 そんなことを考えていると、人ごみの中に不審な人物がいることに気づいた。

 丈の長いダウンジャケット、ズボンとブーツが黒ずくめなのはいいとしてもフルフェイスのヘルメットをかぶっているのは遠目からでも怪しい。近くにバイクもない所で突っ立っている。

 寮へ行く道にいるのでなんかいやだなぁと思って見ていると、突然そいつはこっちを向き近づいてきた。

 嫌な予感しかしない。僕が踵を返して早歩きで駅に戻ると、そいつもスピードを上げる。明らかに僕を追ってきている。

 やばい、やばいどうするんだこの状況。危険人物じゃないというのならとりあえずそのヘルメットを外してくれないかなあ。そんなに見るに堪えない顔でもしてるのですか。

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