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6 私は殺されました

 友達というものは知らぬ間になっているもので、「俺たち友達だろ?」なんて台詞でさえ吐くのは恥ずかしいものだ。ましてや、友達になってだなんて言うのはピカピカのランドセルと心を持った小学生くらいのものである。ちなみに、小学生の頃の僕には言えなかった。

 だから、いい大人がそんなことを言い出したら怪しいと思わないようでは、高い壺を買わされ続ける人生になること間違いなしである。

 そんなことを3秒で考えて僕は答える。

「こちらこそ、友達になれたらうれしいよ。よろしく!」

 僕は河澄さんが喜ぶなら壺くらい買ってもいいと思っていたのだった。というか彼女はけっこういい家のお嬢さん(僕調べ)なので、そんな心配は無用である。

 河澄さんが向日葵のような満面の笑みを浮かべた。いつもは澄ましたように笑う彼女の子供のような笑顔はとてもかわいくて、僕は幸せな気持ちでいっぱいだった。あれ? さっきちょっと鬱なことがあった気が。まあいっかー。

 季節外れの向日葵はそのままに河澄さんは僕に手を差し出した。

「これからよろしくお願いしますね」

 僕も笑顔で河澄さんの手を握る。はじめて触れた彼女の手は冷えていたが、とくとくと血が通っている感覚が生きた人間の温もりを僕に伝えた。



 

 いつまでも道端にいるのもあれだったので、僕たちは近くの喫茶店に入った。

「今日は私が奢りますよ」

 と言われたが断った。食欲がなくて何も喉を通りそうになかったからだ。一応コーヒーだけ注文する。河澄さんはデニッシュの上にソフトクリームが乗ったデザートを注文していた。それに加えてシロップまでかけていて、僕には普段でも甘すぎて食べれないかもしれない。

 河澄さんはそれをつっつきながら話始めた。

「じゃあ、今までの説明というか、私の自分語りを聴いてくれますか?」

「うん」と僕は頷く。

「では、どこから話しましょうか――」


 河澄夕顔は幼いころから自分の周りの世界はズレていると感じていた。テレビや本の中では重病患者の奇跡の生還に感動している。ここでは死んだら新しい体になるだけだ。殺人が起こればニュースで繰り返し報道される。ここではちょっとした暴力事件と同等の扱いだ。

 そして、それを外のことは外のことと割り切っている人たちにも異質なものを感じていた。

 ズレを感じていた子供は彼女だけではなかったかもしれない。だが、この町での暮らしが、教育が、そんな思考を取り除いていった。

 いつまでもズレを気にしているのは夕顔だけだった。はみ出し者は自分なんだと気付いた。

 外の世界の枠組みの方がしっくりときていた彼女はあるとき思った。

 死んだらやっぱりそれでおしまいなのではないか、と。

 私が死んだとき、見た目も中身もまったく同じ他人が生まれるのだ。

 そうして彼女はこの町にはめったにいない死を恐れる人になった。彼女は外の世界の人のように、再生センターの世話にならない一生を願った。


「でも、私は殺されました。7月にどこかの誰かの手によって理不尽な死を迎えました。だから今までのは前の私が思ったことです」

 そこまでの話で河澄さんはソフトクリームを食べ終えた。残るのは黒いデニッシュとコーヒーだけ。


 生き返った夕顔は文字通り生まれ変わった気分だった。知識も記憶もある。だが、何をするのにも初体験のような気持ちであった。

 加えて、前とは明らかに違うものもあった。自分の意思を無視して湧き上がってくる殺人衝動と異能の力。それが前の自分と今の自分が違うという気持ちに拍車を掛けた。

 だから、人を殺すことには殺人鬼の誰よりも罪悪感をもっていた。それでも自殺は考えなかった。他人は死ぬことに自分ほどの抵抗を感じてはおるまい。そうやって自身に言い訳をした。

 河澄夕顔は周囲との価値観の溝をさらに深くした。


「だから、私は孤独を感じていました。周りにいる友達は前の私の友達ですし、こんなことをわかってくれそうな人は稀にしかいません」

「僕はわかってくれそうな人だったってこと?」

「そうです。まず一つ目に近衛君は人を殺した私を見ても、敵意も害意もなかったこと」

「それはどうしてわかるの?」

「私の異能の1つが敵意と害意を感知してその度合いがわかるというものなんです。あ、これは秘密ですよ」

「誰にも信じてもらえないと思うけどね。わかった」

 僕は今の話にちょっと動揺した。複数の能力を持っているとは思っていなかったし、もし僕が河澄さんの持ち物を盗んでくんかくんかしてやるぜげっへっへ、なんて考えていたらストーカーをしていたことがバレバレだった。

 僕は動揺をごまかすためにコーヒーに口をつける。もう冷えてしまっていた。

「二つ目にあなたが死ぬことを拒んだこと、三つ目にあなたが本当に人を拉致してきたこと。これらのことから考えて、近衛君は殺人鬼を許容できて死ぬのが怖くて自分のために人を殺せるという、私に近い思想の持ち主だということです!」

 どうですか? という目で河澄さんは僕を見つめた。

 実際の所ほとんど当たっていなかった。敵意が無いのは僕の心が好意でいっぱいだからだし、誘拐をしたのも河澄さんが喜ぶと思ったからだ。

 そもそも死んでも生き返る町というのに心を惹かれてここの高校を選んだし、意識の断絶の前後で別人になってしまうという理論をもう少し先に進めたら、夜寝る前の自分と朝起きた時の自分でも別人に感じてしまうんじゃなかろうか。

 僕は河澄さんをがっかりさせたくなかったし、彼女と親密になる機会をみすみす逃すわけにもいかなかったのでちょっと嘘をついた。

「だいたいそんな感じだね。ただ、二つ目については僕が外から来た人間で、生体情報を登録してないからというのもあるんだ。君の言う外の枠組みで生きてるから話はわかるよ」

 河澄さんは僕の言葉に満足そうにうなずく。そして笑みをほどいて頭を下げた。

「試すためにいろいろ意地悪を言ってすみませんでした。近衛君の方が殺人に抵抗があるはずなのに……」

「謝ったりしなくていいから、頭をあげてよ」

 僕は慌てて河澄さんを慰める。彼女の悲しそうにしているのは見たくない。僕はこういうときに使える例の台詞を少し照れながら言った。

「僕たち友達だろ?」


 結局、お詫びということでコーヒー代は河澄さんに払ってもらった。それで気が済んでもらった方が僕にはありがたい。

 僕は彼女を駅まで送っていった。別れる直前に河澄さんと明日も会う約束をした。

「せっかく友達になったわけですし、私のよく行くお店を紹介してあげます」

 とのことだ。僕は喜んで承諾した。

 河澄さんに手を振って別れた後、はっと気づく。

 これはもしかして明日デートに行くということではなかろうか。いや、間違いなくデートだ。

 僕はにやにやとした顔をなんとかしたくて、息が切れるほど速く自転車を漕いだ。

 遼に帰るころにはバテバテになってしまった。食堂にいた蓮理に見つかった。

「どうしたん、そんなになって」

「デートだ」

「は?」

「明日はデートなんだよ!」

 

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