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3 誘拐をしてきて欲しいのです

「死なないって。いったいどうするつもりですか?」

 微笑みを保ったまま、河澄さんは僕に新しい質問を問いかける。

「犯行現場を見られた殺人者は目撃者を始末するのが当然のことだと思うのですが、どうでしょうね?」

 なんだか他人事のように話している。気のせいか、少し楽しそうにしている様にも見える。

 まるでなぞなぞに答えてもらいたい子供のようである。是非とも、期待に応えたいものだ。

 しかし、実際問題ここをどう切り抜けるべきか? 

 河澄さんからナイフを取り上げる? いや、そんなことはできない。成人男性を殺す技術を持っている相手に行うには危険だし、そもそも彼女を攻撃することなんて僕にはできない。

 ならば、もう全力で逃げるしかないよね。

「それじゃ、今日はこれでさようなら!」

 僕はそう言いながら振り向きとにかく速く走った。人の多い駅前まで逃げればナイフをしまってくれるだろう。

 ――しかし、僕が駅前にたどり着くことはなかった。

 それどころか3歩しか進むことができなかった。走りだした途端、不思議なことに体が動かなくなってしまっていた。

 それは、もっと河澄さんといっしょにいたい! とかいう精神的な物ではなくて、もっと物理的な制止がかかっていた。

 具体的には腰回りと手首、足首を掴まれてその場に固定されているように感じる。だが、掴まれている場所を見ても体を圧迫している物を視認できない。透明な何かがそこにあることしかわからなかった。

 こつっ、こつっ、とゆったりと歩く足音が背後から聞こえてくる。僕は首だけを回して河澄さんの方を確認した。こちらに歩いてくる彼女の手の中は空っぽで、さっきまで持っていたナイフはその前をふわふわと飛んでいる。

 どうやら河澄さんは超能力か何かを使えてしまうらしい。確かにこんな力があれば簡単に人を殺せてしまうだろうなと冷静に考えていた。驚きの連続で頭が麻痺してきていた。

 そして、遅れて気づく。もし念動力のような物が使えるなら、近づかなくてもナイフを飛ばして刺せばそれだけで致命傷を与えられる。河澄さんに一滴の返り血も付いていないのは、この方法を使ってさっきの男を殺したからだろう。

 つまり、今それをしてこなかったのは遊ばれているだけで、逃げるも何も無い。最初から、僕が生きるか死ぬかは河澄さんの気分しだいだったということである。

 じわっと冷や汗が出るのを感じる。こんな魔法を使われたらどうしようもない。まったく、僕にかけるのは恋の魔法だけにしてほしい。

「これで降参ですかね? 遺言があるなら聞いてあげますよ」

 手を使っても十分に僕を刺せる位置まで来て、河澄さんが言った。慈悲深いことである。

「じゃあ、言わせてもらうけど、今日見たことは誰にも言わないから見逃してくれない?」

 情けないことにもう命乞いをするしかなかった。あまり格好悪い所は見せたくないが仕方ない。

「それでは見逃すに足りませんね」

「針千本飲むよ? 神様に誓うよ?」

「そうではなくて……、あなたを生かしておくメリットが私にありません」

「殺さないでくれたらなんでもするから! 荷物持ちとか、毎日何か奢るとか、ストレス解消のサンドバックになるとか、あとは、えーと……とにかく君の奴隷になるよ!」

 その言葉にあははと河澄さんは声を出して笑い出した。ちょっとプライドを捨てすぎかと思ったけど、いい笑顔を見れたので良しとしよう。

「奴隷を持ってる高校生なんて、そうはいないでしょうね。うふふっ、面白いです。いいでしょうあなたを生かして私の奴隷にします。何をしてもらうかは、とりあえずここを離れてからにしましょう」

 河澄さんがそう言うと体の拘束がするっと解けた。ただし、右腕だけはまだ掴まれている感じが抜けていない。

 これからどうなるかは想像もできないが、とりあえずは危機を脱することができてホッと息を吐いた。

 ナイフを鞄にしまった河澄さんの後ろをすごすごと歩く。立ち去る前に一応は死体に合掌しておいた。おまえのせいでこんなことに、なんて思ったりもしたのだが。





 河澄さんに連れて行かれたのは白秋駅北出口近くのファストフード店だった。学校側の南出口にもっと有名な方のチェーン店があるので、ほとんど利用したことはない。味はこちらの方が好みだが、割高なのも立ち寄り難い一因である。実際、店内に僕ら以外の学生は居なかった。

「私はてりやきチキンバーガーセットにします。あなたはどうしますか?」

 河澄さんはさっそく注文をしていた。さっき言ってしまったし、やっぱり僕が奢らなければいけないのかな。まあ好きな人との食事代を出すくらい当然か。

「すみません。ハンバーガー単品で。あと、お水もらえます?」

 財布をバリバリして代金を払って席に着く。やめて!と言ってくれないかなと期待したのは内緒だ。

 周りにはまばらに人が座っていて、ここでいきなり殺されることはないだろうと思われる。生きるか死ぬかという状況から解放されると、別の緊張が生まれた。

 河澄さんと二人きりでお茶できるなんてちょっと前の自分にとっては夢みたいな話である。まったく心の準備ができていなくて、心臓がバクバクと鳴り始めている。もしかして、他人からはカップルにも見えるかも知れない。

 勝手にテンションを上げている僕とは関係なしに、河澄さんはジュースを一口飲んでから話始めた。

「まだ名前も聞いてませんでしたね。私は河澄夕顔と言います。制服着てますし、あなたも私と同じ緑雲りょくうん高校の生徒ですよね?」

「うん、そうだよ。僕の名前は近衛紋羽。河澄さんのことは学校でちらっと見たことあるよ」

 他の場所でもがっつり見てたけどね。嘘は言ってない。

「近衛君、ですね。あ! 前にテストで3番だった人ですよね?」

 進学校である緑雲高校では、生徒のやる気を高めるために上位30名の名前と点数を掲示板に貼り出している。熱血担任の「進学校の生徒はどこも4時間は自主勉をしてるぞ!」と言うのを真に受けた結果、最初の中間テストはいい点数だった。1位の人が全教科満点という偉業を達成していて、僕はあまり目立つようなことは無かったのを覚えている。

 その時は無駄に勉強しすぎたなんて思ったが、ちょっとでも河澄さんに褒めてもらえることがあったことが嬉しかった。

「いやあ、それ以降はあんまりなんだけどね。そうだ、勉強を教えるとかもやるよ!」

 なんだか普通の会話ができることに感動してきた。遠くから見ていた河澄さんのすぐそばで一緒にいること、それだけで幸せだった。彼女はニコッと笑って言う。

「奴隷に教わる主人はいませんよ。近衛君にはもっと違うことをしてもらいますから、調子に乗っちゃだめですよ?」

「あ、はい」

 やっぱり、理想の関係とは遠いなあ。

 河澄さんはちょっと声を小さくして話を進める。

「さっき見てわかってると思いますけど、私は最近出没している殺人鬼の1人なんですよ」

 わかってはいたけど、はっきり言われるとなんだか気分が重くなった。


 岳ヶ島市には今年の6月頃から頻繁に殺人事件が起こっている。被害者や殺害場所に関連性は見られず殺人犯の動機もいまだ未だ不明。殺害方法もさまざまで、安らかに眠っているような死体が見つかることもあれば、頭が粉々にされていたり、パズルみたいにバラバラにされていた事件もあったらしい。不審者を追いかけた警官が返り討ちにされることもあるらしく、殺人鬼は複数いるらしいとしかわかっていない。事件が岳ヶ島市内だけで起きていることが救いである。

 僕が隠れて河澄さんを見ているときに事件が起こったこともあったが、だからといって何人も殺人鬼がいるのでは彼女がそうでないという証明にはならない。しかし、こんな可愛い子が人殺しだとは今でもちょっと信じられない。

「今日はうっかりと殺害現場を見られてしまいましたが、本当はもっと安全に殺せるようにしたいんですよね。そこで奴隷さんに働いてもらいます」

「あーなるほど、見張りをやればいいわけだね。それくらいなら全然大丈夫だよ!」

 むしろ河澄さんと一緒にいられる機会が増えるなら嬉しいくらいだ。だが、彼女は何を言っているの?といった感じで首をひねって言った。

「え? 違いますよ。近衛君には誘拐をしてきて欲しいのです」

 物騒なことを言い出した。いや、さっきから物騒なことばっかりか。

「私が殺人をするための生贄ですね。殺しても問題なさそうな人を、誰にも知られないように、抵抗がされない状態にして、でもちゃんと生きたままで、人のいない所に連れてきてください」

「難易度高くないかな……」

「仕事ができない奴隷はいらないですから」

 僕はどうしたものかと頭を押さえて考える。河澄さんはパクパクとハンバーガーを食べ始めた。小さな口にどんどん吸いこまれていく。僕は死体を見たばかりでは食欲が湧かなかった。

「準備が必要だと思うから、すぐにはできないけどそれでもいいかな?」

 僕は河澄さんに質問した。ジュースで口を流してから彼女は答える。

「いいですよ。私の殺人のサイクルは15日くらいですので、それを目安にお願いしますね」

 期限は約2週間。1人の人間を誘拐するのにその期間が長いのか、短いのか。今までやろうと思うことなんてなかったのでさっぱりだ。

「それでは、今日はこれで失礼しますね。ごちそうさまでした」

 いつのまにか河澄さんはポテトまで食べ終えていた。これで楽しいような恐ろしいような時間も終わってしまうのかと思うと複雑な気分になった。ここで駅まで送るよとか言えたらいいのだけれど、1人でも危険なことなんて何にも無さそうだなと思うとばからしかったので、軽く手を振って見送ることにした。

 河澄さんは帰りかけてから、はっとして、またこっちを向く。

「そういえば、誘拐に成功したら連絡してもらわないといけないですね」

「そうだね……、携帯持ってるよね?」

 こうして僕は河澄さんの電話番号とメールアドレスを手に入れたのだった。




 ハンバーガーを何とか胃に流し込んでから、僕は緑雲高校の遼に帰った。犯罪計画を頭で練りながら、とぼとぼと歩いた。

 遼の入り口で蓮理とばったり会った。

「お、近衛クンやん。どうした、浮かない顔してんで?」

「まあいろいろあってさ」

 蓮理の相手をする元気はちょっと無かった。そういえばこいつに怒ることがあった気がするが、どうでもいいか。

「河澄チャンの件でなんかあったんか?」

「ん……、なんか連絡先を交換できた」

「はあ? つまりどういうことなん?」

「さあ? 僕にもさっぱりわからない」

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