2 きっと運命の人なんだ
どうしてこうなったのだろう。固まってしまって動けない僕は数日前のことを思い出していた。
昼休み、教室。僕は河澄さんのことで頭がいっぱいだった。
購買の弁当を味を気にせずもぐもぐ。一緒に弁当を食べていた委員長の話は受け流す。委員長の本名は白鷺大地と言うが皆が委員長と呼ぶので僕もそれに倣っている。
「箸の持ち方が変になってる。直した方がいいぞ。」
人の細かい所を指摘するのが委員長の癖だ。普段なら「お前は僕のお母さんか!」くらいは言いつつ、正しい持ち方に直す所だ。だがその時の僕は、
「あーうんうん、わかった。また今度ね」
いかにも適当な返事をしていた。
「おまえ、どうしたんだ?いつにもまして変だぞ?」
「委員長は優しいなぁー。委員長は女子だったら絶対モテモテだと思う。気も利くしぃ、メガネっ子とかポイント高いし。完璧じゃん」
「気持ち悪い!やっぱりおかしいって!」
自分で思い出してみてもひどかった。今度会えたら謝ろう。
委員長は僕を放っておくべきだと判断したのか、席を立った。
「ええっと、俺は……そう、クラス長として生徒会議会に行かないと」
「ふーん、またか」
「昨日は15人も死んだからなー。たぶんそれのことだろ。近衛は外の人間なんだし気をつけろよ」
「委員長もね」
「俺は死んでも問題ないさ」
そう言い残して委員長は教室を出て行った。もう僕の思考を邪魔する者はいない。
「で、何があったん?」
心の中の河澄さんと二人きりにはなれなかった。
「何かおもろいことがあったんやろ?」
そう尋ねてきたのは自称僕の親友の永見蓮理だった。僕にはこいつ以外には委員長くらいしか友達がいないから特に親しい友達も何もないと思うわけで、僕の方から親友と認めたことは無い。というか認めると調子に乗ると思うのでこれからも言わない。
黙っていればなかなかの美男子と言えなくないが、何か事件があればすぐに首をつっこみたがり、事件が無ければ自分で起こすという残念な中身を持つ。あと関東出身のくせに関西弁なのがうざい。
「なーなー、なんで無視するんー。親友やろー」
しかし、こんなやつでも一部の女子には人気があるらしい。やはり世の中ルックスが全てなのか。それとも、モテる秘訣でもあるのだろうか。
「無視するなら勝手に考えたるわ。せやな、さっきの会話から察するとなあ」
こいつに相談する選択肢は無い。そんなことをしたら学校中に噂を広げられる可能性さえあるやつだ。
「近衛クン、好きな人でもできたんか?」
僕は割り箸をひねり折ることで無表情を保った。
「え?マジなん?」
バレバレだった。
僕は観念して、蓮理の方を向いた。僕が今日最初に見た彼の顔は笑いをこらえて精一杯になっていて、こっちが笑いそうになるような変な顔だった。とりあえず、一発殴っておいた。
「いやあ、ええことやと思うで。好きな人ができるちゅうことは。やれば普通の高校生らしいこともできるやん。で? 近衛クンと楽しくお喋りしてくれる、けったいな女子は誰なんや?」
もう根掘り葉掘り訊いてくるつもりらしい。僕は声を小さくして正直に答えた。
「いや、話したことは無い。D組の河澄さん」
「D組の河澄夕顔か……。近衛クン良い趣味しとんなぁ! あっ、これ一度言ってみたかったやつな。しかし、なんやもしかして一目惚れちゅうことか?」
こいつは二つ隣のクラスの生徒でも把握しているのか。僕なんか委員長の名前が出てこなくなることがあるのに。
河澄さんの素敵さを共有できたことにより、僕は少し上機嫌になって答える。
「そう、それは今日のように委員長が用事でいない昼休みだった……」
「お、回想入るんか?」
「僕はぼっちの昼休みの正しい過ごし方を模索した結果、人間観察とやらをすることにした。窓越しに廊下にいる人を眺めてたらとっても素敵な女の子がいた。惚れた。回想終了。」
「……そんだけ?」
「そうだけど。あ、名前は教卓に置いてある座席表で確認した」
蓮理は癇に障るにやけ顔をやめて、困惑した表情になる。
「そんなんで、人を好きになれるもんなんか? ぱっと見ただけで、その人の何がわかるんや。近衛クンてきとー言うてへん?」
その言葉には反論しなければならない。この気持ちが適当だなんてとても思えないのである。
「確かに僕は河澄さんのことをそんなに良く知っているわけでは無いかもしれない。でも、本当に好きなったんだ。世の中には付き合っている相手のすっぴんを見たことが無い男もいるだろう。異性と話すときだけかわいこぶる女もいるだろう。そんな奴らでも立派に恋愛をしているというのに、なぜ僕のこの気持ちが恋じゃないと言えるのだろうか、いや言えない」
「いや別にそこまで言ってへんけど……」
「僕は河澄さんを見たとき、僕は彼女のことが好きだと直感した。そう、言うならば僕にとって河澄さんはきっと運命の人なんだ」
僕は拳を強く握って熱弁した。
蓮理はやれやれと大げさに肩を竦める。その顔はいつものにやけ面だ。
「わかった、わかった。近衛クンの愛の熱量をぞんぶんに味あわせてもろうた所で、さっそくそれを本人にぶつけに行こか」
「いやまて。お前わかってて言ってるよね」
蓮理の袖を掴んで制止させる。これだから言いたくなかった。
「なんのことやろなー。男なら当たって砕けろやろー」
「常識的に考えて、まったく知らない異性から告白されたら警戒するだろ。もしも、なんだこいつ、って変な人を見るような目で睨まれでもしたら……」
「そしたら?」
ちょっと興奮するかもしれない。
「とにかく、それは嫌なんだよ」
「さっきと矛盾してない? ヘヘ、アホでひねくれ者の近衛クンからかうの超おもろい」
「それと、どうせならもっと運命的な出会い方をしたいんだ」
その考えの結果、ここで運命を待っているのである。邪魔をしないでもらいたい。
蓮理はその言葉にチッチッチッと指を振って言う。
「近衛クン、運命はな、創り出す物やで」
「というと?」
「まずは、河澄チャンの行動を把握する。そしたら、近衛クンはそれに合わせて行動したら偶然を装って近づけるやろ?」
「なるほど。……どうやったら行動の把握なんてできる?」
「んーと、そうやな。ストーカーにでもなれば? ……なんちって」
「そっかあ。ありがとう。相談ってしてみるもんだな」
「おっ、おお! わいは親友やからな。またいつでも相談するといいで」
僕はさっそく、計画を立て始めたのだった。
その結果、僕はこうして河澄さんと衝撃的な出会いをすることになったのだった。
本当はロマンチックなのがよかったのだけれど、ある意味運命的であり、想像以上のドキドキの展開にはなった。
固まってから、1分くらいで回想を終えた気がする。これが噂の走馬灯というやつだろうか。いや、走馬灯というのはもっと臨死状態の時になるものだっけか。
まあ今のところ僕は五体満足であるが、正面にさっき人体を切り刻んだばかりのナイフがあるような状況では、いつ腕が無くなって、四体満足になってしまうかわからない。
回想を終えて、とりあえずこうなったのは蓮理のせいだとわかった。
そして、もう一つ。
やっぱり、僕は河澄さんが好きだった。
それは今でも変わらない。たとえ、目の前の光景が百年の恋を一年に冷ますものでも、僕の恋は一万年の恋なのだ。116歳まで生きるつもりはないので問題ない。
僕は河澄さんとデートをしたいし、手を繋ぎたいし、キスをしたい。
だから僕は言う。
「僕は、死なない」