ブルーテイル草原へ
エルが冒険者登録を終えて広場にいる四人のもとへ行くと、彼らは何やら大きなパネルを見ながらああでもないこうでもないと相談しているようだった。
近づくとそのパネルは掲示板のようになっており、たくさんの冒険者への依頼や仕事が記されていた。
「これは……」
「ああ、エル。登録終わったのか?」
「うん。簡単に終わった。ここで私たちは受ける仕事を選ぶんだね」
「そうそう。それぞれランクがあってね、自分にあった仕事を選ぶのよ。…最初はそうね、手始めにこれなんかどうかしら?エル」
マリアが選んだのは薬草の採集というごくごく低ランクの依頼だった。
「へえ…魔物退治とかだけじゃなくてこんな仕事もあるのか。薬草採集…植物関係のことなら私は大歓迎だよ」
「森の人」とも呼ばれるエルフであるエルは植物ととても相性がよく、成長を促したり花を咲かせたり自由に操ることができるのだ。しかもあまり争いを好まない彼にとってはまさにぴったりの仕事だった。
「じゃあこれで決まりだね!これは…お!量採集すればするほど報酬もらえるやつだよ。制限ないみたいだし僕らもやろうよ」
フランデルの一声で一同で薬草採集に出かけることになった。
目指すはブルーテイル草原。街の外れの小高い丘のその先である。
* * *
「おおー!一面ブルーテイル!何度来ても壮麗だな」
ブルーテイル草原はその名の通りブルーテイルが咲き乱れる一面真っ青の草原である。魔物が全然いない、異世界初心者にはぴったりの草原だ。ブルーテイルは鮮やかな青の細長い穂が特徴の植物であり、染色の材料としてよく使われている。
「私たちが採集するのは……ツキニコ草?」
「ニコっていう魔物の顔のような形の青くて一部分だけほんのり黄色い花よ。なんでもなんか薬の材料になるとか」
「しっかしこのブルーテイル畑で見つけるのは大変だぜえ…なんせどっちも青だからな」
「確かに。しかもすごいちっちゃいお花だからね。気を付けないと見逃すよ」
「だから人気ないってギルドのお姉さんが言ってたな。すごい地道な作業ですよって」
一同のテンションがどんどん下がっていくなか、エルはどことなく楽しそうだ。
「エル、なんかお前楽しそうだな。生き返った、って感じだぞ」
「そりゃあね。私はずっと森に住んできたエルフだから植物に触れ合えると生き返った心地がする」
異世界、つまりこの世界に来てからまだ一日だがエルは知らずに緑に飢えていたらしい。
エルはおもむろにしゃがむと、小さなブルーテイルに手をやった。すると影で小さく萎れていた穂がみるみる元気を取り戻し、他のブルーテイルと同じくらいの大きさまで成長した。
「!?成長したあ!?ちょ、エル今なにしたの?魔法?僕そんな魔法知らないんだけど!」
一連の出来事をしっかり目撃したフランデルが目を丸くする。他の者も同様に。
「ああ、これは魔法ではないよ。エルフに備わった能力だ」
「能力…」
「そう。私たちエルフは緑を操ることができる」
エルはそういうとブルーテイルの穂をひとなでした。
「これは…睡眠状態を誘発する作用があるね。睡眠薬……眠り薬に使えるな…」
「睡眠薬!…そうか、ブルーテイルを染料にする作業場は妙に作業効率が悪いっていうけど、それが原因か。皆なんかやる気がでなくなるっていうのはコイツが作用してんだな」
そう、ブルーテイルは染料としてよく使われるのだが、その加工段階で作業する者達がどういうわけか皆やる気が出なくなるのだ。そのため作業が遅れる。この地域では仕事の遅い人のことを「染料職人」と呼ぶくらいだ。
「そうだろうね。この程度だったら染料に加工する程度の作業じゃ眠くなるまでの状態にはならないんじゃないかな。おそらく脳の働きが少し鈍くなるぐらいだろう。睡眠薬を作ろうとするならかなり煮詰める必要があるだろうね」
「なるほど。そういうわけか。じゃあ俺たちもここではブルーテイルを踏んでしまわんように気をつけるべきだな。潰れて睡眠誘発物質やらが出てきたらやる気がなくなってしまうかもしれない」
そう言うとバージルは慎重に地面を確かめ始め、周りもそれにならう。
「そうだな…そんなたいしたことはないだろうけど気をつけたほうがいいかもしれないね。念のため。もっとも私はまったく平気だけれど」
エルはなんでもないように言ってのける。彼には植物由来の毒系の作用は効かない。
「ええーずるいなぁ。それもエルフのなんかそういうあれなのよね?」
「そう。エルフのなんかそういうあれです」
人間たちが羨ましがるなか、ツキニコ草採集がはじまった。