ハルヴェル
「こ、公爵!?」
フラワー・ベル店内にフランデルの声が響き渡った。
…………、
「驚くとこそこじゃないだろ!いや、公爵も、すごいけども!」
「吸血鬼!!」
フランデルのちょっとズレた発言にリックが思わず突っ込んだ。
そう、ハルヴェルなる黒髪の男は吸血鬼と宣ったのだった。
「ここって、吸血鬼もいないの?」
驚く一同に、エルはのんきに尋ねた。ハルヴェルは静かにみんなを見渡している。
「吸血鬼こそ、伝説のっていうかおとぎ話の存在よ」
マリアの言葉にへえ、とエルはハルヴェルを見つめる。
「吸血鬼いないんだって。私と同じだね。エルフもいないらしい」
「ああ、らしいな。ヴェロニカから聞いている。…もっとも、私たちのいた世界でも吸血鬼は伝説の存在みたいなものだったが」
「そうだっけ。…まあ、ハルヴェルがいるからそんな感じはしないけど、確かに他の吸血鬼って知らないな。会ったことも聞いたこともない」
普通に会話するエルとハルヴェルの様子に、マリアが口を開いた。
「え、本当に吸血鬼なの…?」
どうやら信じていなかったらしいマリア。その様子にヴェロニカとユウタが頷く。
「びっくりよねえ。でも本当に吸血鬼みたいよ。なんか昼は基本寝ているし」
「ね、僕のいた世界でも吸血鬼はファンタジーな存在でした。…ハルヴェルさん夜になるとふらふら起きてきますよね」
「じゃあじゃあ、吸血鬼って、太陽の光浴びたら灰になっちゃうって本当なの?」
ちょっとわくわくした感じのフランデルの言葉にハルヴェルは首を振った。
「いや、ならない。もしそうなら今頃私は灰になっているだろうな」
だいぶ日も暮れてきたとはいえまだまだ明るい。吸血鬼の活動時間にはまだ早いだろう。
「でも、夜の方が過ごしやすいには違いない。我々吸血鬼は夜の国の住人だからな。しばらく血を飲んでいないときなんかは結構辛い」
ハルヴェルのいかにもな吸血鬼的発言にリックたちが反応する。
「血!やっぱり血飲むのか!牙で、グサッと?」
「…リック、テンション高い」
テンション高めなリックにエルが苦笑し、ハルヴェルは表情を変えずに頷いた。
「ああ、吸血鬼だからな。牙で、グサッと」
そう言うと口を開いてみせた。犬歯というには少々尖りすぎな、つまり牙がのぞく。一同がざわっとした。
「うわ、吸血鬼だ。ホンモノだ…」
「牙…」
わりかし冷静だったバージルも牙に目が釘付けである。
「すごいですよね。もう、ほんと吸血鬼!って感じで。すっごい綺麗だし。吸血鬼っていったら美形なイメージだけどそれにしても綺麗です」
ユウタが感心したように言う。
ハルヴェルは美しかった。エルも綺麗だが、エルの美しさが妖精のような幻想的さであるのに対し、彼の美しさは妖艶な、どこか影のあるダークな美しさだ。エルがいかにもエルフであるように、ハルヴェルはまさに美しい吸血鬼だった。
「本当に吸血鬼なんだな。…お前らふたり揃って怖いくらい綺麗だよな。異世界人怖い」
エルとハルヴェルを眺めながらしみじみと言うリックに、ユウタが呟いた。
「僕も異世界人ですけどね。怖いくらい綺麗じゃないです、全然」
「……いや、ユウタもあれだ、あれ。…黒髪カッコイイ」
「大丈夫です。リックさん」
ふたりの様子にハルヴェルが苦笑した。
「エルフはそもそも皆美しい生き物だ。吸血鬼もしかり。それに吸血鬼が整った容姿を持っているのは、吸血行為に有利なためだ。人は美しいものに惹かれるだろう?」
吸血鬼は、美しい容姿で人間を誘惑しその血を飲む。つまり、吸血鬼だ。
「なるほど…」
「まあ、ハルヴェルは特別綺麗でしょう」
「私以外の吸血鬼を知らないくせによく言う」
エルの言葉にハルヴェルは肩をすくめた。その様子にヴェロニカが口を開く。
「でも、否定しないのね」
「さあ、どうだろうな」
* * *
「そういえば、ハルヴェル。あなたここに来てから血、飲んでないでしょう?大丈夫なの?」
ふと思い出したとばかりにヴェロニカが問う。店内の目が一斉にハルヴェルに集まった。
「ん、ああ。別に毎日飲まないといけないわけではない」
「そうなの?」
「普通に人間と同じ食事もする。まあ、全く飲まないでいられるわけではないが。一度たくさん飲めばしばらく飲まなくても平気だ。質の良い血を飲んだ場合も同じく」
「へえ、じゃあハルヴェルはここに来る前にいっぱい飲んでたわけか」
「いや」
「え、じゃあ上等な血液を摂取していたと…」
「別にそんないい血も飲んでいない」
目を見合わす一同。
「え、それって、じゃあ」
「そろそろ血が欲しいころだな」
えーー
ハルヴェルの言葉に騒ぎ出す一同。
「ちょ、え、俺の血は美味くないぜ。コイツ、フランのが絶対美味い。なんかほら、甘そうな」
「えー!リック僕を売らないでよ。痛いのやだよ死にたくないよ」
阿鼻叫喚とまではいかないがそれなりにパニックな状況にエルが楽しそうに笑っている。
「何も死ぬまで血を飲み干すわけじゃないからな。それは吸血鬼じゃなくて殺人鬼だ。…ああ大丈夫、別に飲まれたからって吸血鬼になるわけでもない」
ハルヴェルの言葉にフランデルが顔を上げる。半泣きだ。
「え、ほんと…?」
「ああ。それに痛くない。はじめだけチクッとする程度だ。あとはむしろ快感を感じる仕組みになっている」
「快感…?って、え、快感?」
なんかいろいろ考えて百面相なリックにエルがくすくす笑う。
「まあ、そうだよね。獲物が痛がっちゃ美味しく食事できないだろうし」
「そういうことだ。……ちなみに、男の血は飲まないからな」
「え、そうなの」
惚けたようなリックにハルヴェルは息を吐き、
「自分の腕の中で男が荒い息を立てるとかぞっとするだろう。それにまず、男の首筋に牙を立てたくない。頼まれても願い下げだ」
心底嫌そうな顔で言い放った。まあそうだろう。
ハルヴェルの言葉を聞いて安心した様子のリックとフランデル。
「ああ、よかった。俺ら血飲まれてみんな吸血鬼になっちまうかと思った」
「よかった痛くないよ死なないよ。それに僕は男だから飲まれないよ!」
わーいと喜ぶ二人の様子にエルがくすくす笑いながらハルヴェルを見る。
「すごい嫌がられようだね、吸血されるの」
そんな男たちに、ヴェロニカとマリアが顔を見合わせた。ちょっと待てよ、と。
「ということはよ、男の血は飲まないんでしょ、じゃあ、私たち大変じゃない」
「ご馳走じゃない、もしかして」
「まあ、そういうことだな」
さらりと言ったハルヴェルに女性ふたりが固まる。
そんなふたりにエルがのんきに宣った。
「大丈夫、全然怖くないよ。痛くないし、気持ちいいだけ。でしょう?」
「ん、ああ。傷も一瞬で消すことができる」
「別に減るもんじゃないしあげちゃいなよ、血」
完全に他人事なフランデルはのんきで楽しそうである。ただし、血は、減る。
「別に、お前たちの血を飲もうと思っているわけではないから気にするな。適当に夜街に出て飲もうと思っていたから」
「街の女の子を誘惑するのか……、羨ましいな」
リックがなにやら思い巡らせているよそで、女性二人もいろいろ思うところがあるらしい。ふたりしてなにやらぶつぶつ言っている。
「吸血……いや、でも。あの美形に血を飲まれるのはちょっとアリかも」
「…吸血鬼って乙女のロマンよね」
「美しき吸血鬼、なんて背徳的な響き…」
「美形吸血鬼に攫われて」
「強引に抱き寄せられて首筋に…」
「「どうぞお飲みください!!」」
”美形吸血鬼”は乙女心を撃ち抜いた。