ニホンジン、ユウタ
フラワー・ベル店内
「そうそう、一度花輪作ってあげたらね、気に入ったみたいで。次の日もまた来たの。もう可愛くて可愛くて。このままうちの子にしちゃおうかしらって思ってたくらい。危なかったわ」
「ヴェロニカさん…!だめですよミントはうちの子です!」
「大丈夫よ。でもほんとかわいい…」
「ね、可愛いですね。僕びっくりでしたよ。緑色の猫がいるなんて。しかも猫じゃなくてニコって…微妙じゃないですか!」
「ああ、ユウタは異世界からきたんだっけ?」
すっかり打ち解け和やかに談笑するフラワー・ベル店主のヴェロニカとエルたち。リックが言ったユウタという少年はフラワー・ベルの店員で、黒髪の異世界人だ。
「ネコ?異世界の魔物?」
「いえ、魔物じゃなくて動物です。魔物の魔力とかそういうのないバージョンっていうかなんていうか…うまく説明できない…」
「ユウタのいた世界には魔物はいなくて、動物っていうのがいたのよね」
「そうですヴェロニカさん!ニコみたいなああいうのぜんぶ動物です」
「へえ、魔物いないんだあ。変なの」
異世界人ユウタと魔物、動物について盛り上がる一同。ニコはユウタのいた世界の猫とそっくりというか完全に一致である。ただし色は除く。
「黒髪っていうのも珍しいわね。暗い灰色とか茶色はいるけど、あなたみたいに完全な黒髪ってわたし初めて見た」
この世界では黒髪は珍しい。どころか、ほぼいないに等しい。
「へ、そうなんですか?だいたいみんな黒髪です。僕たち日本人は。それに…」
「ニホンジン?種族名か」
「種族名…まあそんな感じです」
「それにしても、エル。さっきから黙ってっけどどうした?」
静かな様子のエルにリックが声をかけた。ヴェロニカたちの相手に疲れたミントが膝の上でまどろんでいる。
「ん……」
「ああ、異世界人話題が出たからか。お前異世界人であることあんま明かしたくないみたいだし?」
顔を上げてなにやら言おうとしたエルをリックの言葉が遮った。
「いや、そういうわけでもないけど…」
「そう?ならユウタと話してみたらどうだ?異世界人同士盛り上がるかも」
「ユウタのいた世界は私のいた世界とは違うみたいだからな…」
静かにそう言ったエルにリックは目を瞬かせる。
「え、そうなのか。異世界っていうからてっきり」
「私のいた世界には動物はいたけど魔物も普通に存在していた。それに、ニホンジンなんて種族知らない」
「へえ。異世界って言ってもひとつじゃないんだな」
「なになに?二人で何話してるのよ」
「あ、フードの人。少し気になってたんだけど、さっきから全然話してなかったでしょう?知らない間に喋ってる」
マリアと、エルに興味津々な様子のヴェロニカが二人に気がついた。ヴェロニカのとなりでユウタも控えめに様子を伺っている。
「ん、ああ。ユウタ、このフードも異世界人なんだよ」
「ええ!?」
リックの発言にユウタが驚く。
エルはその様子を見つつ、深くかぶっていたフードを外した。
「…エルです。私も異世界から来た…んだけど君とは違う世界みたいだ」
「………きれいだ」
素顔を晒したエルに、ユウタとヴェロニカの視線が吸い込まれる。
「……ってエルフ、ですか?」
ユウタが恐る恐るたずねるとエルは頷いた。
「そうだよ。エルフ。この世界にはいないみたいだけどね」
「うわあすごい、ファンタジーだ。ほんとに僕のいた世界とエルさんの世界は違うみたいですね。エルフなんていないです。うわあ、またこんなファンタジーな存在と出会うなんて…」
「ほんとねえ。今度はエルフか…。それにしても美人ね」
エルを上から下まで興味津々でながめる、というか見つめるユウタ。そしてヴェロニカ。
「『また』?」
「『今度は』?」
ユウタとヴェロニカの言葉にバージルとエルが反応した。
「あ、そういえば。『また』って言ってたわね。どういうこと?」
「うんうん。『今度は』って。前にもなんかあったの?」
「ん?」
マリアとフランデルも気付き、リックは気付かなかった。
「ああ、今度はっていうのはこの間も…」
ヴェロニカが話しかけたその時、階段を誰かが降りてくる音がし、
「エル!」
長い黒髪の男が現れた。