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白い森の使者  作者: ゆきおんな
第三章
30/36

フラワー・ベルの午後

 アロンの街。

 北の端のお洒落な通りに店を構える花屋、「フラワーベル」。

 大盛況というわけではないがそれなりに人の来るお洒落なこの店は、昨日とある高級レストランで行われるパーティーのために花を届けるというこの店にしては中々な大仕事を請け負い、そのために一日閉店休業。晩は無事に大仕事をやり遂げた打ち上げと称して遅くまで飲んで食べて、したがって翌日の今日は昼からの開店予定である。


 女店主のヴェロニカ・ベルはまだ眠たい気怠い体を無理やり起こし、居住スペース(私室)としている二階から一階の店へとストロベリーブロンドの髪を揺らしながら降りてきた。紅茶色の瞳を閉じ、大きく伸びをすると軽く朝食…時間的にはもはや昼食を簡単に作りはじめる。この店、イートインというわけでもないのにどういうわけか店内にキッチンが存在するのである。

 トーストが焼きあがると、もうひとつの居住スペースである奥の部屋から住み込みで働く店員の少年、ユウタが大きなあくびをしながらふらふらとやはり眠そうに入ってきた。


 「おはようございます、ヴェロニカさん」


 「おはよう。トースト焼けたわよ」


 「どうもです。…あんまり食欲ないですけど」


 「そうよねえ、私もあんまり。昨日すごい食べたし。でも一応朝ごはんは食べないとしっかり働けないわよ」


 「もう朝ごはんの時間じゃないですよう」


 なんだかんだ喋りつつ共に朝食、もとい昼食を食べると開店準備に取り掛かった。





 「ちょっと昨日はっちゃけ過ぎたかしら、しっかり寝たのになんか怠いわ。眠いし」


 「ヴェロニカさんすごい飲んでましたからね。後片付け大変だったんですよ、もう」


 「ごめんごめん。ちょっとテンション上がっちゃってたのよ」


 口を動かしつつ手も動かし着々と準備を進める二人。そう大したことのない準備はあっという間に終わった。

 しかしユウタはまだ半分眠っているかのようにふわふわしている。見かねたヴェロニカは苦笑しながら起きてる?と肩を叩く。




 「今日はもうお休みにしたら良かったのに」


 「…………」


 眠そうなユウタの言葉に心を動かされたか、ヴェロニカの動きが止まる。顎に手を当て、考えるポーズ。

 数秒間停止。のち、晴れやかな笑顔。




 「そうね!今日はもう店お休みにしちゃいましょう!」











* * *


 こうして、準備はしたものの結局「フラワー・ベル」は本日休業となり。

 ならば今日は一日睡眠に費やそうとヴェロニカは二階の私室に戻ることにした。

 同じく眠りに行くであろうユウタを一階に残し、ゆっくりと階段を上っていく。上りきり、あくびをしつつ扉に手をかけゆっくり開いた。



 「ただいま、私のベッド……?!」


 ゆらゆらとベッドに向かったヴェロニカ。しかし目的地、ベッドに目をやった彼女は一気に目が覚めた。覚醒した。

 


 誰もいないはずの彼女のベッドには、見知らぬ男が横たわっていた。











 「うそうそうそ、なにこれ、誰これ。どうしよう。え、誰?」


 混乱のあまり心の声が出てしまっているヴェロニカ。その声にも謎の男は目を覚ます気配はない。まるで起きない静かな様子に、少し、少ーしだけ落ち着いた彼女はゆっくりと謎の男を観察してみた。


 全体的に黒い服に身を包んだその体はすらっとしていて、身長が高そうだ。袖口から覗く手は白い、というよりむしろ青白いと言ってもいいくらいで、その指は長く男にしてはやけに綺麗だ。

 そして、最も印象的なのは緩やかに波打つ闇色の長い髪。ハーフアップにされたその髪はとても長く彼が立てばおそらく膝程まであるだろう。このあたりには黒に近い茶や灰の髪はいても真っ黒な黒髪はほとんどいない。ヴェロニカも店員であるユウタ以外に黒髪の人は見たことがなかった。ちなみにそのユウタは異世界人である。

 彼の顔は残念ながら髪がかかってよく見えないが、間違いなくヴェロニカの知り合いではない。

 謎の彼は、無防備に眠っているにも関わらずどことなく触れ難い、近づきがたいオーラを纏っていた。


 どうしようもなく、謎の男をただ見つめるヴェロニカだったが、なんだか急に鼻がむずむずして、思わずくしゃみをしてしまった。割と大きな音で。




 彼女のくしゃみに、ベッドの上の謎の男が微かに身動ぎをした。

 ヴェロニカの心臓が止まりそうになる。固まったまま彼を注視した。

 

 謎の男が微かに、ではなくしっかり動いた。どうやら目覚めたらしい。ん、と小さく声を漏らし体を起こした。ヴェロニカの方に顔を向ける。顔にかかっていた髪がさらりと落ちた。



 「!!」


 ヴェロニカは今度こそ心臓が止まるかと思った。

 こちらを向いた彼は、息を呑むほど美しかった。青白い肌に、薄い灰色の瞳。血も凍るような白皙の美貌。

 ヴェロニカと目が、合った。



 「……誰?」


 静かな声で彼が問う。そして、部屋をゆっくりと見渡した。そして眉をひそめる。


 「ここは、一体どこだ?」







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