めざめ
「…………」
「!気づいたか?」
エルが目を覚ましたのはベッドの上だった。
視線の先は見覚えのないくすんだ茶色い天井。声のする方へ視線を下げると一人の男が心配そうにエルを見ていた。見覚えがない。知らない男だ。
年の頃は20代中頃、明るい茶色の髪に緑の目をしていた。
(……知らない場所、知らない男。一体何がどうなったんだった?)
(とりあえず目の前のこの男は悪い人には見えない。…様子を見てみよう)
状況が掴めていないエルはとりあえず様子をうかがうことにし、男の顔を見つめた。
「よかった。急に現れたと思ったらいきなり倒れるからさ、もうどうしようってすげえあせったんだからな!」
「現れた……倒れ…?」
「そうだよ。お前急に現れたんだ。石畳が当然光りだしたと思ったらよ、長いローブの人影がな。異世界から人が来ることがあるって聞いたことはあったけど実際にそんな場面に遭遇するなんて夢にも思ってなかったからさ。もう心臓止まるかと思ったわ」
心底驚いた、と体全体を使ってオーバーに表す男。
不意にエルは自分が倒れる前のことを思い出した。
城を出た途端にひどい目眩に襲われ、気付いたら知らない場所に立っていた。…そういえば、そのときに目の前にいたのはこの男だったかも知れない。緑色の目に既視感を感じた。直後に再び眩暈に襲われたのであまりよく覚えてはいないのだが。
「あ……ここは、異世界…?あの眩暈が何らかの原因を…」
「ん?何ぶつぶつ言ってんだ?……おっと俺の名前言ってなかったな。俺はリック・ブラン。冒険者をしている」
リックと名乗る男は親しげににっこり笑って親指で自分の胸を指した。そしてエルにも名乗るよう促す。
「……私は、エル」
「エル?それだけか?」
「いや、正式名は長いのでエルでいい」
エルはベッドから身を起こし、とりあえずエルとだけ名乗った。未だフードはかぶったままである。どうやら彼はフードを被せたままベッドに運んでくれたようだ。
リックはうなずくと、エルの顔、正しくはフードをじっと見つめた。
「エル……お前、そのフードはなんだ?まるで顔を見せねえように深くかぶってるから一応そのままベッドに運んどいたけどよお」
やはりフードが気になるようで不思議そうにエルに問う。
別に顔を隠しているわけではないのでフードを取ろうとしたところで、
「あー!フードの人起きてるじゃん!なんか話し声するとおもったら!リックずるいよ。起きたんなら僕らに教えてくれてもいいのに」
「本当!起きてる!待って待ってわたしも混ぜなさいよ」
「抜けがけはいけないなリック」
怒涛の声が。三人の男女がエルたちのいる部屋に押し入ってきた。
金髪の中性的な男と茶髪の美女と鳶色の髪の壮年の男。三人の視線がエルに集中する。
「…………」
「あー!もう!一斉に来るな!エル今起きたばっかでまだ混乱してるから。とりあえず先飯だ飯!ほら、さっさと食堂行くぞ!話はそれから」
リックの一言で渋々部屋から三人が出て行く。エルは内心ほっとしながらリックを見ると、彼は困ったような呆れたような表情で「悪いな」とウインクした。
「よし、俺らも飯行くぞ」
時計の針は昼の12時半を指していた。