主と使用人
新章です。しばらくエルは出てきません。
中世ヨーロッパを思い起こさせる豪奢な、しかし品のある優雅な一室。
執務室と思しきその部屋の主は、派手ではないが一見にして上等であるとわかる椅子にその身を沈め考え事をしていた。
「エル……、どういうことだ…」
何やら呟きながら、男にしてはやけに綺麗な細長く白い指で手持ち無沙汰に羽ペンをくるくる回していると、扉がノックされ使用人らしき男が入ってきた。
「失礼します、ハルヴェル様」
「ベリアス。どうだった?」
ベリアスと呼ばれた使用人は、ハルヴェルと呼んだ主の言葉に首を振った。
「残念ながら。白い森に使者を向かわせましたがエルファレイド殿は不在のようです」
ベリアスの言葉にハルヴェルは溜息を吐く。
「そうか。…一体どこに行ったんだろうな、エルは」
憂いを帯びた表情で頬杖をつく彼は、ぞっとするほど美しかった。
ベリアスはそんな様子の主を一瞥すると口を開いた。
「ハルヴェル様、貴方ならば白い森に入ることができましょう」
「ああ、確かに私はエルに許されているからエルが不在であっても例外的にあの森に入ることはできるが…」
ハルヴェルは何か考えるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ならばハルヴェル様が直接お訪ねになればよろしいではないですか。もしかしたらエルファレイド殿は不在なのではなく森にいるのかもしれませんぞ。エルファレイド殿には森に人を入れない何らかの事情があるのかもしれません」
「ずいぶんと強引だな。人を入れたくないのだとしたら私が行っても迷惑じゃないか」
「いや、だからこそでございます。エルファレイド殿が何か危険なことでもなさろうとしているとしたら…お救いになれるのはハルヴェル様しかおりませんよ」
真面目な顔をして言うベリアスにハルヴェルは苦笑を浮かべる。
「なにやら大事だな。あのエルが妙なことに、ましてや人の立ち入りを禁ずるほどのことに手を出したりするわけはないと思うが…」
机の上のグラスを手に取り、軽くくるりと回す。紅い液体がゆるりと揺れた。
「それに、エルが本気で森に人を入れたくないならいくら許されているからといっても私だって締め出されるだろう」
「いいえ、貴方様にはそれ以上のお力がございましょう?」
ベリアスの言葉を肯定するようにハルヴェルはゆっくり目を瞑ると、はあ、と溜息をついた。
「あまり気が乗らないが……、生憎と暇だ。折角エルに連絡を取ったのに全く音沙汰なし…。文句の一つでも言いに出向いてみるとするか」
グラスに口をつけるとおもむろに立ち上がった。緩やかに波打つ長い闇色の髪がひらりと靡く。
主不在となった机には、真っ赤な液体の揺れるグラスが残されていた。