帰還
美味しい魚を捕まえた冒険者御一行。
思いのほか簡単に釣れて、それはそれは大漁で。とにかくすっごく美味しくて。
「宿屋で料理してもらったら…」
そこからの彼らの行動は素早かった。目にも止まらぬ速さでテキパキと片付けて魚を四次元袋に収納して、はい準備万端。
「さっさと帰るぞー!」
おー!かくして冒険者御一行は帰還の旅に。いざ出発進行。
火の中水の中草の中森の中、風のように駆け抜け、あっというまにアロンの街にたどり着いた冒険者御一行。
宿屋で美味しい魚を美味しく料理してもらう、そのことだけで頭がいっぱいの御一行のペースはそれはそれはもう、驚く程速かった。目にも止まらぬ早さとはこのことか、とそれ程速かった。
「帰ってきたぜアロンー!」
「ただいま!」
「やっとだね!はやく宿屋に帰って美味しい魚料理してもらうよ!」
ただいまとアロンの街に帰ってきた一同。一様に腹ぺこである。
「ほんと、ここまでの道のり、どれだけ長かったことか…」
いかにも長くて辛い道のりだったかのようにしみじみと呟くマリアにエルは目を剥く。
嘘だろ、あっというまに一日でたどり着いたじゃないか、と。そう、彼らのペースは本当に速かった。襲い来るモンスターをガン無視し、食事も後回し、文字通り脇目も振らずに帰ってきたわけである。
本気を出した彼らは、もとい食を前にした彼らは最強だ。怖いものはない。彼らのポテンシャルは計り知れない。
* * *
そんなこんなわけでただいま御一行は活動拠点・宿屋である。
「ただいま。美味しい魚いっぱい獲ってきたよ!」
「料理たのめるかな?親父さん」
リックたちの声に宿屋の主人が顔を出した。焦げ茶の髪の中年の男性だ。薄い茶色の目が細くなる。
「おお、おかえり。久しぶりの冒険は楽しかったようだな」
「ええ、とても有意義な冒険だったわ。なんせ美味しい魚がたっくさん!」
上機嫌なマリアの言葉に主人がにっこり笑う。彼らの食への熱い情熱はよくご存知である。
「任せな。その美味しい魚とやらをもっと美味しく料理してやろう!」
宿屋の主人に美味しい魚を渡し、美味しい料理が出来上がるまで一同は談話室で談話中である。
談話室は大きな暖炉を中心にソファが円状に並んでいる。ランタンの灯りが優しく揺らめくあたたかい空間だ。ミントがエルの膝の上で喉をごろごろ鳴らしている。
「いやあ、久々の冒険は実に楽しかったなあ」
「そうね、なんといっても美味しい魚があんなに手に入ったんだもの。冒険最高!クルトの森最高!マルクさん最高!……あ」
マリアが思い出したとでも言うようにハッと口を押さえる。
「マルクさんにお土産忘れていたわ」
彼女の言葉に一時停止する一同。皆一様に、ああしまった…!の顔である。
脇目も振らず帰ってきたわけで、当然マルクさんのことなど頭になかったわけで。
「すっかり忘れてた…!ごめんよマルクさん!」
「私がいながら…ああ」
嘆きの声をあげるフランデルに、自らの至らなさを悔いるエル。エルは彼らのように魚で頭がいっぱいだったわけではないので尚更である。最も、あまりに猛スピードで進んでおり余計なことを考える暇などまるでなかったのだが。
「仕方がない。マルクさんへのお土産は後日ということで…」
眉を下げ、ぺろりと下を出すリックにうんうんと頷く一同。
どうやらマルクさんのお土産は後日になるようだ。
厨房からなにやらいい香りが漂い始めた。美味しい料理が、もうそろそろで出来上がりのようだ。
いつの間にやらまどろんでいたミントの目がぱっちり開いた。ニイ。鼻をくんくん。
一同も目に見えてそわそわし始める。
待ちに待ったごはん。
とりあえず今は美味しい魚、である。
* * *
そのころ
緑の谷
「ハックション……なんだ?」
小さな小屋でマルクさんはくしゃみをしていた。
「噂でもされているかね?…そういえばあの冒険者たちはどうしているだろう。やっぱり魚捕まえに行ったんだろうか…」