はじまりは
数時間前
白い森。フィオールの街の外れにある大きな美しい森である。
足を踏み入れることのない街の人々は知らないが、静謐なその森の最奥には一年中雪の降り積もる白銀の場所があった。そこに佇む美しい城。その一室に彼はいた。
窓の外を眺める瞳は淡いブルーグレー、肩にふわりと掛かる柔らかなパールの髪は光の加減によっては微かにグリーン掛かったようにも見える。まるで無感情のようなその顔は白く、驚くほどに幻想的な美しさを湛えていた。それは、この世のものとは思えぬほどに。
ふと窓から目を離した彼が顔を動かすと、柔らかな髪のあいだから耳がのぞいた。
とがった耳が、のぞいた。
この世のものとは思えないほどの美貌。とがった耳。
そう、彼は人間ではない。彼はこの美しい城の主であり、白い森の主であるエルフだった。
彼の名はエル。正式にはエルファレイド・レサト・ヴィエライースという。最も、普段からエルで通っており正式な名は長らく名乗ったことすらないのだが。
エルはエルフとして多くの能力を有し、この白い森で静かに悠々自適な生活を送っていたのだが、このところ彼はずっと憂鬱だった。
一週間前頃からなんとなく調子が良くなかった。それでもちょっとした不調程度だったのだが、昨日から頭痛がひどいのだ。食欲もわかない。何もやる気が起きない。大人しく眠ろうとしてもまったく寝付けないという有様。
エルフとしての彼の能力のひとつ、癒しの治癒・浄化能力をもってしても何一つ変わらない。薬も魔法もどういうわけかまったくもってさっぱり効かないのである。
そういうわけでエルは為すすべもなく虚ろに窓の外を眺めていたのだ。
「……気分転換に街に出てみるか」
思い立った、というよりも半ば追い詰められたエルは長いローブを着てフードを深くかぶった。
寒い森に住んでいる彼は寒さには滅法強いが反対に暑さには弱く、現在夏である街に出る際には中に冷却の魔術を施したこのローブが欠かせない。
準備を整えて城から足を踏み出した瞬間、
「……!?」
激しい眩暈に襲われた。
遠のいていく意識の中エルの瞳にはただ降りしきる雪が映っていた。