魔物不在につき
冒険二日目、朝。
緑の谷で野宿した冒険者御一行。
今日こそは緑の谷を越えて平原に行きたいところである。
「いやあ、よく寝たよく寝た。今日も頑張るぞ!」
「そうね。今日中には谷を抜けたいわ。いい加減緑も見飽きちゃった」
そう、緑の谷はその名の通り果てしなく緑色なのだ。フランデルは昨日の時点で既にゲシュタルト崩壊を起こしている。
緑の谷を抜けるとマリント平原だ。
「そういえば、昨日から魔物らしきものに全く出会ってないんだけど、ここにはあまりいないのかな?」
全然魔物に出会わないことを不思議に思ったエルが尋ねると、そうでもないらしい。リックが答える。
「いや?そんなことないはずなんだけどな。前に来た時にはちょいちょい出てきたぜ。ちっさい魔物」
「うんうん。いたよねえ。ちっさいの。可愛くて対して害のない魔物が色々いるはずなんだけどな」
「そう…?いないじゃないか」
「確かにいねえなあ。何かあったのか…?」
唸るバージルにマリアが閃いたとばかりに手を打つ。
「エルじゃない?原因!」
「え、私?」
いきなり原因として指名されたエルには全く心当たりがないわけで。
「私何かしたかな?」
「何もしてないわ。そうじゃなくてね、貴方の存在が原因じゃないかと思うのよ」
「エルの存在?どういうこと?」
「エルフ!エルフじゃない、エル」
「エルフです。私」
はい、と頷くエルにマリアがそれよそれ!と笑みを深くする。
「小さな魔物たちね、きっとエルフである貴方に怯えているのよ」
「エルフに怯える、か。なるほど!」
リックたちはなるほどと納得するが、一方当のエルはというとなんだか納得がいかない。
「エルフは『森の人』だよ。人間より動植物と共存して暮らしているのに…」
エルは白い森でも多くの動物と共に自然に共存していた。怯えられるなんて勝手な話であるとばかりに顔をしかめる。
「しかたないわよ。この世界にはエルフなんていないもの」
「そうだね。それにここは森じゃなくて谷だよ。『森の人』じゃなくて『谷の人』だったら大丈夫だったに違いない。残念だったねエル」
たぶんそれは関係ない。
「でもさ、それだったら俺たちラッキーじゃねえか?」
「ラッキー?」
「そ。魔物に出くわさずに安心安全に冒険できるぜ」
リックがにこにこ笑いながら言う。だがバージルが否定する。
「しかしだ、リック。それはここの魔物が小さな弱い魔物だからじゃないか?平原に行ったらそこそこの魔物がいる。彼らは容赦しないだろうさ」
バージルの言葉にリックはしょぼんとする。
「……確かに、そうか」
「いいじゃんリックー、このままずっと魔物出てこなかったら僕たち困るよ。ご飯が木の実とか果物ばっかになっちゃうじゃん。狩りができないなんて、肉が食べられないなんて!」
「そうよ。マリント平原には池とか川とかあんまりないからクルトの森まで魚も食べられないんだから」
「なるほど、それは大変じゃねえか!じゃあなおいっそう今日中にここを抜けねえと。また緑の谷で野宿ってなったら食い物に困るな」
「そうだな、というわけでちょいと急ぐか」
さすがはグルメ集団。進むペースがなんだか速くなった。これなら昼頃には緑の谷を抜けられそうである。