野宿
魚を求めてクルトの森を目指す一行。いまだ緑の谷である。
「…緑の谷、長いね。もう結構歩いたんじゃないかな?」
歩けども歩けども視界は一面緑。中々緑の谷は長い。
「ああ。緑の谷は長いぞ。まあ今日中に谷を抜けることはまず無理だろうな」
「こうも一面鮮やかな緑色だったら緑がゲシュタルト崩壊だよねえ」
といいつつもなんだか楽しそうなフランデルである。彼らの美味しい魚のための原動力は計り知れない。
「でも私は好きだな。この風景。やっぱり緑が好きだ」
エルも一面のこの緑には愛着を感じるらしい。
「さすがエルフだなあ、お前の住んでた森もこんな緑なんだろうな」
エルのエルフ的な発言にバージルがうんうんと頷きながら呟く。が、エルは首を振る。
「いいや。私の森は緑っていうより白だな。その名もずばり『白い森』だし」
「白?」
「そう。森の入口辺りは普通だけど私の城があるところ、つまり森の最深部は一年中雪が降り積もっていて真っ白なんだ」
「一年中雪?!常冬?!」
「まあね。本当に真っ白なんだ」
「へえすごいわね。だから貴方は暑いのが苦手なんだ、そんなローブ着て」
エルの格好は例によって長いローブ(冷却魔法済)にフードだ。完全防寒ならぬ防暑といえようか。歩く冷凍庫である。いかにも大魔術師っぽい。見た目は大魔術師、中身は冷凍庫、なんちゃって。
「俺はそれより城っていうのが気になるな。お前城に住んでんのか?すごいな」
「それってもしかして氷の城とか!?」
リックの言葉にフランデルが目をきらきら輝かせる。期待に満ちた眼差しが痛い。
「え、いや、さすがにそれはない…」
いくらなんでもそれはない。エルフに夢を見過ぎである。といってもこの世界ではエルフは正真正銘夢の世界の住民なのだが。
* * *
そうこうしているうちに辺りはすっかり暗くなっていた。いまだ緑の谷である。
「もう真っ暗だ…そろそろ野宿の準備だな」
「おう。野宿久しぶりだなあ」
「なんせ宿屋のご飯が美味しすぎたからね。宿屋に出会う前の日以来だよ」
それぞれが作業をしつつ語り合う。
フランデルの言葉にエルは気になって尋ねた。
「それってつまりいつ以来?」
「半年近くだなあ」
「半年!?」
彼らは半年近くもアロンの街で足止めを食らっていた。もっとも彼らが望んでのことだが。
「そうだよ。本当に美味しいんだよね。エルもわかるでしょ?」
「まあ、確かにすごく美味しい」
「ね!僕ら特にどこか目的地があったわけじゃないし、じゃあこの宿屋を拠点にしよう!って」
「そうそう。アロンの街の近辺は結構魔物が出るから仕事には事欠かないし。わたしたち中々安定した生活しているのよ」
そうこうしているうちに夕食が出来上がった。といってもアロンの街から持参のパンとその他諸々である。当初の予定であったピクニックのための昼食がそのまま夕食に変身した。
ちなみに彼らは昼食を食べていない。魚のことで頭がいっぱいで、昼食もとらずにひたすら緑の谷を歩き続けていた。あんなに食に執着している彼らが、「美味しい魚」のこととなるとこの有様である。エルはというと割と食事に重点を置いていない。昼食抜きで昼寝など平気でやってしまうレベルには。
「いただきます」
焚き火に照らされたリックの声に皆が続く。
昼食を食べていない彼らはあっという間に夕食を食べ終えた。
宿屋の美味しすぎる食事に慣れた彼らには味気ない晩餐だった。
「それなりに美味いけどやっぱり宿屋の飯が恋しいな」
「こんなことなら宿屋でお弁当でも作ってもらえばよかったね」
「本当。でもこれからわたしたちは美味しい魚を捕まえるんだから、そしたらとびきり美味しい料理が待ってるわ!」
冒険一日目。
緑の谷で夜は更けていく…