魚のために
美味しい魚のためにクルトの森を目指す一同。
その足取りは軽い。
「美味い魚だってよ!こんないい情報が手に入るなんてなあ」
「もう待ちきれないね!わくわくが止まらないよリック!」
「捕まえたら宿屋で料理してもらいましょう」
まだ緑の谷も抜けていないというのに、皆のテンションは高い。
一方エルは先ほどから無言だ。別に怒っているわけではない。ただ、彼らのテンションについていけないだけだ。食に大したこだわりを持っていないエルからすると彼らのテンションは若干恐怖にすら感じる。
(この人たちは、食に対してすごい執着があるんだよな…絶対金銀財宝の山とか古代の秘宝より美味しい魚に食いつくよ…)
「冒険いいね!」
「本当、エルいい事言うよな!お前が冒険って言わなかったら俺ら絶対ずっとアロンの街だぜ」
リックがそれはもう楽しそうにエルの肩を抱く。
「…冒険する気なかったんだ、君たち」
自分が軽はずみに冒険だなんて口にしなかったらこうならなかったのか、とエルが思っていると、フランデルが当然というように頷く。
「まあね。宿屋のご飯がそれはもうあまりにも美味しすぎて。僕たちはあそこから離れられなかったんだ」
「そうそう。冒険といったら野宿だからな。あの美味い飯を食い慣れた俺たちには耐えられまい」
「だからまあ、この冒険もぶっちゃけ軽いピクニック的な気持ちだったんだよな。日帰り冒険」
なんという。日帰り冒険というとんでもない発言にエルがげっそりする。
…しかし、そのほうが、そのほうがよかった。
「でも美味しい魚だなんて情報聞いちゃったら行くしかないじゃない?そんなに美味しい魚が食べられるなら野宿だって耐えられる!」
「魚のためなら野宿だってできる!」
「魚!」「魚!」「魚!!」
「…………」
彼らのモチベーションは食にあった。魚のために、美味しい魚を食べるために、彼らはクルトの森を目指している。美味しい魚を食べたい。その思いだけが彼らを動かしていると言ってもいい。
「魚!魚!……あ、マルクさんに名前言ってなかったね、僕ら」
「そういえば。名前聞くだけ聞いてこちらは名乗らないとかどんだけ失礼なんだ…」
皆もう魚で頭がいっぱいでそのときは頭が回っていなかったようである。終始無言だったエルは論外だ。
もっとも、マルクさんの名前はしっかり聞き出しているのだが。
「無事魚を手に入れた暁にはマルクさんにお土産でも渡しに行きましょう」
「それがいい!その際にしっかり名乗れば大丈夫だ」
それよりも、一同の頭は魚でいっぱいなのである。
クルトの森への道のりは長い。