6、開かれた戦端
潤は、チーム・スレイヤー隊長としてロントから呼び出されていた。新たなミッションであろうか?
このところ、モンスターも凶暴化し始め、彼らが生息する『魔界』では生態系の崩壊が予想されてきている。これの原因は不明のままである。そのことについてなら、まだ納得はできた。
潤は、提示されたミッション内容に目を見張った。
『クリエイター、ひいては人類全体の脅威となりうるサイコキネシストの殲滅。ミッション開始時刻九時五十三分』
「殲滅・・・・・・」
空中戦となるであろう今回の戦闘では、ロントは明らかに不利に思えるかもしれない。だが、ロントでは、エイプリルベースをきっかけに、様々な空中戦用ユニットの開発が進んでいる。一番古いタイプは、『SB―01 ツバメ』だ。SBとは、スカイバトル、つまりは空中戦の意である。最も空中での安定性があるとして、空中戦に不慣れな者の練習ユニットといってもいい。
最新型は『SB―04 オオワシ』である。『03 ワシ』の特徴たるスピードを引き継ぎ、その加速力と最高速度は、シリーズ内の最新型を名乗るには相応しい。
作戦開始の一時間前。すでにチーム・スレイヤーは集合完了していた。今頃は、別の部隊も、作戦前のブリーフィングに忙しいのだろう。隊員は、一人も欠けなかった。奈々、海、修二、光の四人は、しっかりと集合を果たし、すでに話を聞くことのできる状態であった。
「ユニットの整備は?」
「完了しています」
潤の質問に、修二が答える。
「銃弾の補充は完了しているか?」
「はい」
「問題ありません」
銃撃者たる修二と光が答える。二人の返事は対照的であった。修二は大きな声で、問題ないと答え、光の方は消え入りそうな声ではいと答えた。
「予備の分は用意してあるな?海」
「むろんです」
端的に、それこそ、当たり前だというように海が答える。
「じゃ、これから現場での作戦内容を説明します」
奈々が立ち上がり、壁面モニターを表示させ、ミッション内容を具体的に説明し始める。潤はしっかりとそれを聞くと、ゆっくりと立ち上がり、四人へと言い放った。
「行こう。あの世界へ」
人類の脅威を、取り除くために。
クリエイター達によって行われる作戦「オペレーション・サイコキル」の開始は、唐突であった。
まるで虫の集団のように黒い亀裂から飛び出したクリエイター達が、一斉に海まで飛んでいき、海上で反乱兵を見張っていたヘリを撃ち落としたのである。太平洋のど真ん中である。綺麗にヘリを落ちていき、海面すれすれで黒煙と赤い爆発で消え失せた。
その報せはすぐさま闘也達にも届けられた。すでに、太平洋に面した各協会支部から、飛行能力を持ったサイコストや、空中戦用のホバーブーツを装備したサイコストたちが次々と迎撃行動を開始した。闘也達も、全員が、ムゲン覚醒を行って、太平洋へと向かう。さすがにフルスピードで行くわけにはいかなかったが、焦る気持ちは、抑えるのに苦労した。
「かなりの数だな。これは」
ぼそりと呟いたが、誰も反応はしなかった。向こうが撃ってくるなら、なんとかそれを阻止しなければならない。倒すのでも、殺すのでもない。止めるのだ。
すでにサイコスト協会炎天支部との通信を開いている。闘也は通信機に向かって言い放つ。
「魂波闘也、目標を討つ」
引き続くようにして、四人も続く。
「波気乱州、目標を叩き潰す」
「遠藤的射、目標を狙い撃ちにする」
「風見秋人、目標に突っ込む」
「白鐘由利、目標の殲滅を開始する」
五人は、爆発の光芒がひしめく戦闘空域に突っ込んでいった。
海岸線から、数多のサイコストたちが、こちらに向けて飛翔してくる。中にはこちらのようになんらかの飛行ユニットを装備していたが、ほとんどは、背中に羽や翼を生やしていた。
「空中戦型のサイコスト・・・・・・ということですか?」
修二の質問には答えようがなかったが、「おそらく」と一言返してはおいた。
今回、修二と光は、『SB―01β ツバメ・ターン』というユニットでの出撃であった。『ツバメ』の安定性に、旋回能力を大幅に上げた改良型である。奈々は最新型『オオワシ』、海は一つ前のタイプたる『ワシ』による出撃であった。
潤は剣を強く握り締める。本格的な対人戦闘は、エイプリルベース以来初である。潤は剣を銃形態――ガンモード――に変形させ、その銃口からビームを発射させる。エイプリルベース時は、レーザー兵器として用いていたが、その後、改良を施し、より出力の期待できるビーム兵器にしたのである。
ビームが、ユニットを装備していたサイコストの心臓部を貫き、ゆっくりと落ちていく。立て続けに放ったビームがもう二人のユニット装備のサイコストを撃ち落とす。
「世界を脅かすなんて・・・・・・」
奈々が出撃前にぼそりと呟いていたことを思い出す。
「させるかっ!!」
その不安を振りほどき、構えた銃口からビームを迸らせる。今度はあの翼を生やしたやつだ。
しかし、放ったビームは容易くかわされる。さすが、ユニットを装備したやつよりも、空中戦では動きが速い。潤が剣形態――ソードモード――に切り替えた時には、すでに間近まで接近し、握っていた剣を振り下ろしてくる。反射的にそれをかわすと、袈裟懸けに振り下ろした剣で頭部、右腕、右翼を一気に体から斬りおとす。いつの間にか後ろに迫っていたサイコストに、鞭が巻きつく。そして、間髪いれずに槍が頭部に突き刺さり、そのまま力なく落ちていく。奈々と海だ。見事な連携プレイは、そのまま戦果に反映されていた。
その時、鈍い頭痛と同時に、遠くに見える五つの光点が見えた。
「あいつらが来た・・・・・・!!」
闘也、乱州、秋人、的射、由利という五人の英雄が、この戦闘に介入、というよりは、増援であろう。おそらく、これによって戦況は一気にひっくり返される。
「けど、もう誰もっ・・・・・・」
今まで、身近な存在を次々と失ってきた。エイプリルベースで、二人。潤の記憶には、五ヶ月前とはいえ、真新しい。
「やらせるかぁぁぁっ!!」
接近してきた闘也とほぼ同時に剣を振り下ろす。二つの剣の間で、火花が飛び散った。
一つの戦艦では、現在太平洋で行われている戦闘に介入しようと、三人の青年達を送り込もうとしていた。
「エクロ、初戦闘だけど、大丈夫?」
少年のような面影の残る青年は、サブモニターに映る少女に問いかける。
『緊張してないと思う?』
『分かってて聞いたんだよ。心配性だからな、こいつは』
彼の親友が苦笑まじりに言う。今年、十九歳となる青年二人は、エイプリルベースすら生き延びた歴戦の戦士だ。そのせいか、この新参の十七歳の少女は、あまりにか弱く、頼りなく映ってしまうのだ。
『発進シークエンス開始。各コアフライヤー、射出位置にスタンバイ。パイロットは、装備パーツを選択してください・・・・・・』
アナウンスと同時に、サブモニターは閉じられる。アナウンスに従い、青年は目の前に並ぶボタンを順番に押していく。その後、ボタンを押していた指はめまぐるしくキーボードを叩き、戦闘機のシステムを立ち上げていく。一連の作業を、彼は今までに幾度となく経験してきた。その作業に、僅かな狂いもなかった。
『コアフライヤー、発進開始』
その一言と共に、三つあるうちの中央のカタパルトの戦闘機に乗っていた青年は言い放った。声と共にスロットルを開く。
「ジャスティス・ファイア、コアフライヤー、行きます!!」
視界が開け、青い海が前方に広がる。
『ジャスト・キライス、コアフライヤー、出る!』
『エクロ・ライド、コアフライヤー、出ます!』
青年に続いて、二機の戦闘機が飛び出す。後方から、先ほど指示したパーツがついてくる。遠くに映る戦闘の光芒が、青年には忌々しく感じられた。
「行こう。戦いを止めるために!!」
三機は。一斉に機関砲を発射した。
交じり合った剣から生じたスパークを挟んで、彼らは互いに叫んだ。
「潤! 何故こんなことを! こんな無意味な戦いを!」
「その力は、僕達には脅威以外の何でもない!!」
「だからといって、力に力で対抗するな!! それでは、脅威など取り除けない!」
「黙って滅ぼされろと言うのか!」
「俺達は、滅ぼしてはいない。滅ぼすつもりも、ない!!!!」
一度互いに飛び退き、激しい剣戟の後、再び二つの剣がつばぜり合いを開始する。
「世界はこれ以上、混沌に陥っては駄目なんだぁぁぁっ!!!」
「混沌は力ではなく、言葉でなくせ! 力に頼っても、逆戻りだ!!」
「くっ・・・・・・でもっ!!」
その瞬間、潤と闘也は、同時に飛び退く、一旦距離を置くためではない。二人の間を、機関銃の弾が通り抜けたからだ。潤は咄嗟にその弾が飛んできた方を見る。
三つの戦闘機が轟音と突風を起こして通り過ぎていく。そのうちの一つ、青くカラーリングされた戦闘機の中から一人の青年が飛び出す。そして、戦闘機の後をついてきたパーツが、青年に追いつく。
背中に蒼い翼がゆっくりと装着される。胸には、中央にへこみのある兵器が取り付けられる。さらに、わき腹の左右に、鞘のようなもので包まれた物体が装着される。腰には、二丁拳銃が収められ、手は剛鉄のようなグローブに包まれる。脚部にもなにやら砲塔が取り付けられ、肩にも白く塗装された砲台のようなものが取り付けられる。その後に続いてきた灰色の円盤状のパーツが、翼に取り付けられる。その体が、ゆっくりとこちらを振り向く。
潤に衝撃が走った。まさかとは思い続けてきたが、ここにきて疑問は確信に変わった。引き続いて、紅色にカラーリングされた戦闘機からも青年が飛び出してくる。
背中にはまるで風を象徴するようなパーツが取り付けられ、胸、腰は先の青年と同様のパーツが取り付けられる。肩には、持ち手のついたブーメランのようなものが取り付けられる。手には爪型のパーツが取り付けられた。
暗緑色の戦闘機からは、少女が飛び出した。奈々よりも大分年上だが、少女という感覚は拭いきれない。
少女の背中には、何か不思議なものが装着される。円盤のような形をしているが、先ほどのとは違い、まるで剣が刺さっているような外観である。さらに、胸部にはへこみのあるあの兵器が取り付けられるが、こちらも変わった外観をしており、周囲が尖っており、鎖のようなもので固定されている。鎖ではないと思うが。
脚部には、ホバリング用と思われるエンジン排出パーツが取り付けられる。わき腹には、前述の鞘に包まれたものが装備される。そして、さらに腰部分にも、まるで予備のように同じパーツが取り付けられる。肩にはブーメランのようなものが取り付けられ、手にはグローブがはめられる。
「あれは・・・・・・?」
闘也が率直な疑問を呟く。だが、潤にはそんな声など一切聞こえていなかった。自分がこの手で討ったはずの者が、目の前で生きている。こんな経験をしたのは、正男に引き続いて二度目だ。
「まさか・・・・・・そんな・・・・・・」
そんなはずはないと信じたかった。戦闘中でなければ、錯乱し、もだえても良かった。それくらい衝撃的であったのだ。
「生きていたのか・・・・・・」
怒りが体の中で渦巻く。五ヶ月前、親友を殺した張本人。絶対に許さない。絶対に倒す。そして、それが成し遂げられたと思っていた。
だが、違った。
目の前の敵はその蒼い翼を堂々と広げ、こちらを見下ろしている。いや、違う。
見下している・・・・・・!
「ジャスティス・・・・・・」
亡き親友、勇の仇。許されざる存在。
息が荒くなる。目をつむり、思考の中で一つの動作が行われる。
「なんでまた、お前はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
潤の中で、究極覚醒システム、『ノヴァ』の発動を知らせる拡散音が鳴り響く。
潤とジャスティスは、ほぼ同時に突撃した。