4、反乱兵鎮圧部隊
乱州の送り込みを決定してから一週間の時間が流れた。
黒い亀裂の前で、乱州は仲間四人に見送られながら、黒い亀裂へと身を投じ、向こうがわへと飛び出した。むろん、向こうに着いた途端、銃口を向けられた。仕方のないことだとは分かっていたから、動揺はしなかった。
「矢倉潤と話がしたい。所在は分かるか?」
取り囲んだうちの一人に尋ねる。少々たじろいだ様子を見せ、しばらく続いたのだが、しばらくして、向こうはその口を開き、話し始めた。
「僕は、隊長、矢倉潤の直属の部下である、滝山修二です。コンタクトを取りましょうか?」
「頼む」
修二が乱州から距離を取り、潤とのコンタクトを取っている間にも、乱州には絶え間なく銃口が向けられていた。乱州はそれらを跳ね除けて突出しようとはしなかった。下手に動いて騒ぎを大きくすれば、対談どころではなくなる。
一筋の風が、乱州の髪を、服をたなびかせ、やがて落ち着かせた。
「ついてこい。対談を許可された」
乱州は黙って一度頷くと、修二をはじめとする兵士達に取り囲まれながら進んでいった。
闘也たちの元には、一つのミッションがサイコスト協会より届けられていた。
炎天町三丁目五番地Aブロックにて、エスパー軍反乱兵が出現、反乱クラスA、作戦開始刻限、十三時十五分。
「反乱兵!?」
「急ごう、闘也」
的射に急かされて闘也もその場所へと向かって走り出した。
目的地に着いた時には、なるほど、これはAランクだなと感じた。
辺りを埋め尽くすほどにエスパー反乱兵が暴れ、その数はどんなに少なく見積もっても六百は超えている。その集団の中の一つで、まるで噴水のようにエスパーが打ち上げられる。驚きに闘也たちが目を見張っている間にも、次々とエスパーは打ち上げられ、近づいてくる。目の前のエスパー達が吹き飛ばされると、一人の少年が姿を現した。
「闘也さん!?」
「紅蓮!?」
そこにいたのは、赤火紅蓮であった。赤火紅蓮は、第二次超能力戦争終結後も、反乱兵鎮圧部隊として、大きな戦果を上げていた。炎天の反乱兵の多くは彼が受け持っている。だが、彼の援護をするということは、相当な量のスパーだということを、改めて認識させられる。
「援護要請を受けた、これより援護を開始する」
「援護、感謝します」
それだけ言うと、紅蓮は両手の先に金属製の爪を装備し、敵陣の中へと突撃していく。闘也もまた、ダブルソードを生成するやいなや、敵陣に切り込む。他の三人も、それぞれ攻撃を開始する。
秋人が翼を展開し、大仰に横に一回転する。鋭いその翼に斬られ、一気に正面が開ける。周囲のエスパーを的射や由利が牽制する。その間にも、闘也はそのど真ん中に飛び込み、剣を振り回す。これだけ密集しているだけあり、一振りだけでも数人を一斉に先頭不能に追い込むことができた。
「数が多い! 何だってこんな時に・・・・・・!!」
不満を漏らした闘也であったが、そうそう文句を言ってばかりもいられない。理由はこれだ。
「闘也、敵増援よ!」
由利が知らせてきたのは、事実であった。戦闘領域上空に現れたヘリからは、一機につき十五人ほどのエスパーを吐き出し、戦力に加えてくる。しかも、それが絶え間なくくるのだ。十秒に一回ほどの投下だが、その数は百を超える。それでは消耗戦だ。こちらの体力も著しく削られるし、向こうの被る被害も並大抵ではないだろう。できることなら、死者は出したくはない。それは単に、自分が人殺しになるのを恐れているということもあるし、こんなことで自分の命を無駄にはしてほしくないと思うからだ。それはむろん、他の者も同じだ。
だが、紅蓮だけは、闘也達が貫く不殺のスタイルを身につけてはいない。ただ戦力削減のために、敵を切り、心臓に粒子を撃ち込んでいる。それだけは、どうにもならなかった。紅蓮には、敵の四肢を順々に斬りおとして苦しむ敵の姿を楽しむ、なんて趣味はない。ただ任務を完遂させること、それだけのために剣を振るい、爪を振り回し、粒子を放つ。兵士としては、これほど求心力のあるやつは他にいないだろう。
だが、人としての心を失えば、心まで兵士になってしまえば、いずれ人は人でなくなり、ただ殺戮を繰り返す兵器になってしまう。兵器の思考、兵器の肉体、兵器の心を持った人間は、もはや世間から人としては見られなくなってしまうのだ。戦うためだけに存在するのは、絶対におかしいのだ。だからこそ、闘也は殺さない。これに懲りて、まっとうな道を進んでくれれば、これほど嬉しいことはない。
「サイコ・クロウで一気に攻めます!」
紅蓮が、両爪から爪を分離し、それをエスパーに向けて飛ばした。
冷たかった。物ではなく、空気そのものが冷たく感じられた。実際そうであった。無機質なまでに、まるで廃墟のような場所の至るところに、昔牢獄であったことをまざまざと伝える檻が並んでいる。そして、その檻の中に備わっている、今にも壊れそうな椅子に、乱州はもたれかかっていた。目の前には、先日対峙した、あの紅い翼を持った少年が、剣を傍らに置いてこちらを見据えている。敵意はむろん感じられたが、襲い掛かってくるような気配はなかった。
「話がしたいということだけど、何が聞きたい?」
子供らしい口調がちらつく喋り方に、乱州は一瞬、苛立ちを覚えた。自分をそんな風に軽々しく扱って欲しくない。せめて、「話がしたいということだが、何が聞きたいのか、言ってもらおうか」みたいな、厳正な感じで問われた方が、こちらの話が、逆に切り出しやすいのだが。今は仕方なかろう。
「そちらの世界について、詳しく聞きたいのと、何故こうなったのかということについて、だ」
「・・・・・・分かった」
潤がゆっくりと返事を返すと、その口を開き、この世界について話始めた。話し方は極めて丁寧であり、逐一、聞き返してくるようなもので、聞いていて心地よかった。
「この世界は、北暦という暦を使っている。今は二〇一〇年の九月十五日。金曜日だ。時刻は、午前十時二十五分」
「学校には行ってるのか?」
「当たり前だ。授業中にお前のためにわざわざ来たんだ」
「なるほど。時刻はこちらと同じだが、その暦と月日はこちらとは違うみたいだな」
「そちらの世界ではどうなっているのか、分かる?」
またも子供っぽい口調で尋ねてくる。乱州は、自分達の世界の詳細を明確に伝えた。
「東暦で、二〇一一年十月二日だ。曜日は土曜日。時刻は同じだ」
「・・・・・・」
一度、潤は黙り込んだ。だが、乱州が何かいいかけようと口を開いた時、向こうは再び話はじめた。
「こちらでは、今年の四月一日に、ブレイカー達の組織、ブレイクによって、地球侵攻作戦、『エイプリルベース』が行われた。冷戦終結後、初の戦闘だったんだ」
「冷戦?アメリカとソ連のか?」
「うん。もちろん、その前には太平洋戦争もあったし、世界大戦や戦国時代もあった」
何故だ?何故そこまで同じなのだ!?乱州の思考が乱れる。どうにか落ち着きを取り戻そうと努力したが、その努力が実る前に、言葉を口から吐き出されていた。
「何だよそれ・・・・・・こっちと同じじゃないか!!」
「は?」
「その『エイプリルベース』とやら以外は、全てこちらと同じ歴史がある。こちらでは、二〇〇八年と九年をまたいで、戦争が起こった。『第一次超能力戦争』と呼ばれている。一一年の五月から七月までは、『第二次超能力戦争』もあった。どちらも、人類の記録には目新しいものだ」
今度は潤が目を丸くして困惑の表情を浮かべた。だが、こちらが聞きたいのはそのことだけではなかったし、これを言うために来たのではない。まだ一つ、聞かなければならないことがあった。
「それは置いといて、どうしてこうなったのか、そちらは知っていることはあるか?」
その質問をぶつけられた潤の顔が引き締まったのが、乱州には印象的に映った。
乱州がぶつけてきた質問は、潤にとっては、最も言い返しづらい質問であった。
実際のところ、誰がどのようにしてこのようなことを起こしたのかは分からない。自然現象の可能性も否定できないのだ。だが、正男は潤に対して、「お前のせいで」と決め付けた。世界破壊を起こし、異世界と融合させた、と。だが、世界破壊をすると一言に言っても、何をどうすれば世界を破壊することになるのか、潤には想像がつかない。だからこそ、この質問は答えづらいのだ。
「世界破壊・・・・・・というのが起こったらしい。僕の父によるとね」
「こちらでも、ある男が、世界破壊を目論んでいたことがある。すでに亡者だがな」
とすれば、向こうにもやはり世界破壊が起きたのだ。こちらと同時に行ったらしいが、その男はそんなことをして何をするつもりだったのだろうか。今はどうでもいい。問題は、こちらの説明だ。自分の血筋が世界破壊を起こしたと父が言ってやまない、そう説明して、向こうが納得してくれるだろうか。場合によっては、こちらに食ってかかるかもしれない。それは嫌だった。怖くもあった。
だが、言わねば何も始まらない。それは確信できていた。
「僕の父は、僕に流れる血筋が、世界を破壊したと言った。僕だって、その真意は分からない。自分が世界を破壊することなどできないし、どちらかといえば、その破壊に翻弄される側だと思っている」
相手の反応を知るのが恐ろしくて、しばらくは乱州の顔を直視できなかった。だが、その予測を大きく裏切って、乱州が静かに口を開いた。
「分かった。ちなみに、民衆の様子を聞きたいのだが・・・・・・やはり混乱しているのか?」
潤に衝撃が走った。まさか、自分の一番いいたくないことに対して、たった一言で片付け、別の話題を切り出すとは思っていなかったからだ。
「あぁ・・・・・・当たり前だ。マスコミも絶えない」
「こっちもだよ」
苦笑交じりに乱州も同調する。それを言ったところで、乱州は立ち上がった。潤もつられるように、もたれかかっていた壁から身を起こす。
「俺は帰らせてもらう。時間とって悪かったな」
「こちらもいろいろ聞かせてもらって感謝する。今、鍵を開ける」
「あー、いいよ別に」
「は?」
鍵を開けないで出るつもりであろうか?無理だ。荒廃しているとは言え、ここもかつては牢獄であった場所だ。そう簡単には崩れない鉄格子だ。この男が通れるはずもない。
しかし、乱州は先ほどのように、またも潤の予想を大きく裏切った。目の前の鉄格子に身体が触れたと同時に、乱州の身体は分断されたのだ。まさかと思った。いくら鉄格子とは言え、殺傷能力なんてあるはずもない。
「え、ちょ・・・・・・」
混乱している潤にお構いなしに進んだ乱州は、その強固な鉄格子に囲まれた檻の外で、再び体を蘇らせた。見たところ、出る前となんら変わりない。
「あんた、手品師か?」
「いいや」
乱州は、首を横に振ると、ドアを開けた。地上へと続く階段である。階段の先の光が眩しく感じたのは、潤もであった。
「超能力者だ」
それを言い終えると、一度顔に笑みを浮かべた後、乱州は地上へと続く階段を上っていった。
ドアが閉まると、そこはまた、薄暗い牢獄へと戻った。
戦況打開のために紅蓮が放ったサイコ・クロウは、予想通りの働きをした。エスパーの間を駆け抜けていくサイコ・クロウは、その腹を、胸を貫き、新たな敵へと接近する。無駄のない華麗な動きにより、すでにエスパーの数は半減していた。
闘也の眼前へと切りかかってきたエスパーの斬撃を軽々とかわすと、すれ違いざまに右足を切断する。その勢いのままに、目の前のエスパーの足を一気に薙ぎ払う。すでに数は、当初の六百ほどから、百にも満たないものになっていた。追撃隊も来ない。
「勝ちは・・・・・・見えたっ!」
鋭い刃先が、また一人、エスパーの腕を斬りおとす。背後から躍り出たエスパーを、的射が撃ち落とす。
「はぁぁぁっ!!」
闘也は、新たにソウルブーメランを生成すると、それを残った一人のエスパーへと投擲する。ブーメランは吸い込まれるようにエスパーの右肩を斬りおとし、戻ってくる時にも左肩を落として、戦闘は終了した。
「紅蓮。森羅万象はどうした?」
戦闘終了からそう時をおかず、闘也は訊ねた。
「あります。そして、この戦闘でも使いました」
森羅万象。オールと呼ばれるその能力は、数ある能力を一つにまとめた、伝説的な能力である。紅蓮はそれを手に入れるため、闘也達と共に、第二次超能力戦争を戦ったと言ってもいい。正直、こいつには戦争など関係なかったのだろう。ただ、森羅万象の超能力者になること。それだけが、彼の戦う理由であり、全ての行動概念の根底であることを、闘也は知っていた。
「呑まれてはないか?」
「問題ありません」
以前、初めてその能力を手にした紅蓮は、そのあまりの強大な力に呑まれかけ、精神を崩されかけた経験を持つ。だが、紅蓮はそれすらも超越して、今ここで戦っていた。ある意味、強い。
紅蓮が、通信機を使って通信回線を開き、サイコスト協会との連絡を取っていた。
「・・・・・・戦闘終了。待機命令、受託」
紅蓮は、自らの用件と相手の命令だけを聞くと、すぐに通信回線を閉じた。
「では。またどこかで」
「・・・・・・ああ」
紅蓮はその一言を言い終えると、後は何も言わずに、戦場を後にした。