3、告げられる世界破壊
闘也、乱州は、的射、秋人、由利の三人の合流し、一連の事件について、サイコスト協会の協力を得て、調査を開始した。
今回の事件について、まず五人はおさらいした。
「第二次超能力戦争」の終結から二ヶ月、九月の終わりごろ。炎天駅前に、突如黒い亀裂が出現した。一時、辺りは騒然とし、サイコスト協会や警察は、これに近づくことのないよう指示を出した。幸い、好奇心に負けて誰かが突っ込んできた、などということはなかったが、それでも、この亀裂の正体を確かめなければならなかった。闘也と乱州は、二人でこの黒い亀裂へと身を投じた。
亀裂の先にあったのは、炎天とは全く別の場所であった。しかし、そこにいたのは、サイコストやエスパーのような超能力者はいなかった。だが、それと似たようなオーラを放つ者達がいた。彼らの正体も、今後の調査課題となるかもしれない。
「気になったのは、北暦という、こことは違う暦のことだ。別区域とも考えられるかもしれないが、オーラが違う者達の存在が、この考えを否定している」
「確かに・・・・・・」
闘也の状況説明に、的射が相づちを打つ。闘也は続ける。
「そこでもう一つ気になったのは、二ヶ月前、カスタマーの司令官の闇亜が言っていた世界破壊だ」
全員が息を呑んだ。闘也は、どこか沈鬱な表情を浮かべながらも、四人に対して続けた。
「もしこれが、あいつの目論んでいた世界破壊なら、確かにやつの言っていた通り、人々は混乱し、国家は乱れる。またも内紛が起こりかねない」
「第三次・・・・・・ってことになんのか?」
「可能性は」
秋人の意見を、闘也の横にいた乱州が答える。「そこで」と闘也が続けた。
「この中の一人を、調査員として、向こう側に送る。むろん、俺でも構わない。だが、適任者なら、ある程度情報は聞き集められるはずだ」
「なら、俺が行こう」
乱州が答えた。闘也は僅かに驚愕に目を丸くしたが、すぐに戻した。
これでまずは、戦争阻止の第一歩を踏み出せそうだ。乱州なら、口を滑らせて、余計なことはいわないだろうし、逆にその話術で、いろいろ聞き出せてもおかしくはない。人と話すのがあまり得意ではない闘也や、前述のようにうっかり口を滑らせそうな秋人よりなら、よっぽどいいはずだ。よもや乱州一人でも、監禁されるなんてことはあるまい。
「頼む」
闘也は一言、乱州にそういった。
「来週、装備整えてから出発する。見送り、ヨロシクな」
軽口ではあったが、乱州の顔は笑ってはいなかった。彼もまた、開戦阻止に本気であることが、闘也からでもよく分かった。
亀裂から出てきた少年に敗北してから一週間が経過していた。潤は単独行動であった。一人、ぶらぶらと街中を歩き回り、特に何もせずに過ごしていた。今日は特にミッションもなかった。何かミッションを与えるのは、上の仕事であり、潤たちがどうこうする必要はない。
住宅街をうろついていた時、目の前を歩いていた、中年かそれより少し若いか、三十代後半の男が声を掛けてきた。
「久しぶりだな、潤」
その声に、潤は体を硬直させた。やや野太い声、体格、細かな仕草、まるで労わるような口ぶり、だが、皮肉られた感覚を覚えさせる。
いや、そんなはずはない。潤はかぶりを振った。まさか、そんなはずはない。頭の中で、「そんなはずはない」と復唱する。
「我が息子よ」
「お前は・・・・・・!?」
潤を息子だと思っているのは、潤の思考の中では、一人しか存在しなかった。
「父さん・・・・・・?」
「五ヶ月ぶりだな」
その瞬間、潤の中の怒りの血が煮えたぎる。腰に携行していた剣の柄を握りしめるが、向こうはそれを手で制止た。
「あー待て、今回はそんな気はない」
「何だと!?」
男――矢倉正男は、潤の父親で『あった』。五ヶ月前、ブレイカーによる地球進攻作戦、「エイプリルベース」の中で戦った。
「――にしても、生きていたのか」
「世界は俺を見放してはいないからな」
潤は、目つきを険しくし、正男を睨みつけた。生きているはずがないのだ。なぜなら、自分は、この手で・・・・・・。
「あんたは死んだはずだ。僕に殺されたはずだ!」
「同じことを言わせるな」
正男は、懐から缶ジュースを取り出すと、潤に向かって放り投げてきた。顔面に直進してきたが、潤は難なく受け止めた。オレンジジュースであった。
「世界は、神は、俺を見捨てなかった。それだけだ」
二人の間に、沈黙が流れていったが、そのうち、正男が口を開く。
「黒い亀裂のことは知っているだろう?」
「何か知ってるのか?」
潤は逆に聞き返す。正男はうろたえることなく、答えを返してきた。どうやら、待ってましたと言わんばかりの質問だったらしい。
「この世界は、黒い亀裂の先の世界と同時に、世界破壊を起こし、同時に融合したのだ!!」
「世界破壊?融合?」
意味が理解できなかった。しかし、そんな理解不能な僕を気にすることなく、正男は続けた。
「世界破壊を起こしたのは、お前達の血筋だ。そうだ。世界破壊を起こしたのは、貴様らだ!」
そこで、潤のはっとした。まだ自分が幼いとき、正男は自らの研究施設へと潤を連れて行き、世界破壊を阻止するために、もう一つの人格を植え付けた。そして、世界破壊阻止のため、三つの禁句を定めもした。全て解かれはしたが。
「仮に僕が世界を破壊したとして、どうしろと言うんだ!」
「決まってるだろう」
正男は躊躇することなく口を開き、潤の質問に答えてきた。
「お前の血筋を絶つのだ」
「僕に死ねと?」
「ああ、そうだ」
悪びれる風もなく正男は告げる。だが、エイプリルベースの時、いや、それよりもっと前から、それに対する答えは自分の中にあった。
自分を守り続けた人たち、かばい続けた人たち、こんな僕を、自らの身を挺して守ってくれた人たちを、今度は僕が守らなければならない。
力がある者は、人を脅かすのではなく、守っていかなければならない。何からとは問わない。
「できない。僕はまだ、死ねない」
「成長したなぁ。昔のお前なら、『死にたくない』だっただろうに」
軽口を叩いてきたのだろう。だが、笑えなかった。かわりに、睨んでいた目つきを、更に細める。
「何がお前をそこまで変えた?」
僕は変わった。確かにそうだろう。だが、その理由は何だろうか。紅い翼を手に入れたから?父親と敵対したから?唯一の親友を殺されたから?
「・・・・・・」
「まだ分からんか。まぁいい」
まだ分からん?ということは、向こうはある程度、こちらから返ってきそうな答えが予測できているのだろうか。それとも、人生経験的にだろうか。最も、親子では、足先から全く違う人生ではあるが。
「だが忘れるな。この一連が起きたのが、向こうの世界の誰かと、お前によってのものだということをな!!」
正男は、最後にそれを言い捨てると、こちらに背を向け、ゆっくりと歩いていった。呼び止めようかとも思ったが、なぜか口を閉じてしまった。なんだか、そうすることが、向こうのシナリオに乗ってしまっているようで、悔しさを滲ませそうになったからだ。
正男は、交差点を曲がって姿を消した。残暑の熱を帯びた首筋に、秋の風が吹きつけ、流れるように過ぎていく。
潤は、正男から受け取ったオレンジジュースの缶を、近くにあったゴミ箱に投げつけた。缶は、吸い込まれるようにゴミ箱に収まった。
交差点を曲がってすぐ、傍らに二人の少年が現れた。正男の側近である、紅龍と、紅竜である。二人は同じ紅という苗字を持つ兄弟あり、名前も漢字だけが違うという、大層仲のよさそうな印象を受けさせる。
「軽く報告するつもりだったのだがな。息子相手ではどうも感傷的になっていかん」
「少し甘いのではないのですか、マサ様。やつとはいずれ敵対することに・・・・・・」
「口を慎め、竜」
「しかし、兄さん!」
「黙れ二人とも」
その正男の声に、二人とも静まり返る。どちらも、反論してくることはなかった。自分も彼らも、戦闘能力でいえば、そこらの兵士よりははるか上だ。特に、後ろで先ほどまで言い争っていた兄弟二人は。
「いいか?しばらくは様子を見る。向こうもおそらく、軍部を動かしてくるだろう」
正男は、二人が完全にいがみ合いをやめ、こちらの話をまともに聞く状態になったのを見計らって、続けた。
「互いに疲弊した時こそ、我々が名乗りを上げるのだ。それまでは、やつらに表舞台は譲っておけ」
「はい」
「はい」
兄弟二人の返事が重なる。が、当の兄弟二人は、表情を一切変えなかった。こうして忠実に従ってくれているときは、かわいいものだ。
「今度こそ、我ら『ドラゴン』の時代に」