2、敗北の英雄
闘也と乱州が黒い亀裂の中に逃げるように帰っていった後、潤は一人、呆然としていた。
圧倒的な存在感、それに比例した強さ。あの時、潤は確かに、恐怖を思い出していた。それだけではない。まさか、この紅き翼を持ってしても敵わないとは、思っていなかった。侮っていたわけではない。奈々の銃が弾き飛ばされ、自分の剣がいとも容易く押し返された時から、強いとは感じていた。でも、負けるとは思っていなかった。
今思えば、クリエイターとして知覚した頃からは、敗北の二文字を叩きつけられたことはなかった。ずっと戦い続け、恐怖の中でも、それでも、自分の中にある、かすかな勇気を、力に変えて戦ってきた。それが、いとも容易く弾かれた。彼らが遠く及ばない存在に感じられた。
潤は、目の前でいまだ渦巻くように誘う黒い亀裂に目をやった。彼らは、なぜあの亀裂から現れたのだろうか。彼らの方にも、同じような亀裂があったというのだろうか。
「潤、どうしたの?」
「え・・・・・・あ、いや・・・・・・」
奈々が気遣わしげに声を掛けてくる。だが今は、そんな優しい言葉も、何の慰めにもならない。
「・・・・・・」
言葉が出てこない。どちらかといえば、声を出したくなかった。声を出すと、座り込んでしまいそうだったからだ。本当にそうだった。今でさえ、あの恐怖の余韻か、膝が笑っている。
何故負けた? 相手を侮っていたから?
自分ではとても勝てないと諦念したから?
それとも、自分なら勝てると、油断していたのか?
英雄だ神だと言われ、その期待によるプレッシャーか?
今の潤には、その答えは分からなかった。
黒い亀裂に飛び込んだ闘也と乱州は、元の駅前まで戻っていた。
闘也は、先ほどまでいた場所が、まるで夢のように感じられた。傍らにいる乱州も、おそらくそう思っているだろう。
「北暦・・・・・・か・・・・・・」
「別の区域というのは考えづらいな。五人とも、何かオーラを放ってはいたが、サイコストやエスパーの感じじゃなかった」
乱州の言っていることは正論であった。しかし、別区域でなければ、あそこは一体どこだと言うのだろうか。全く別次元の話だ。
「別世界みたいだぜ、全く」
乱州の呟きの中に、闘也は今回の一連のことに関する手がかりを掴んだ。
「世界・・・・・・破壊?」
「え・・・・・・あ!」
二人の考えが合致した。
「まさか、ホントに起こったのかよ・・・・・・」
「分からない。でも、可能性は考えられる」
二人の中に、沈鬱な空気がよぎった。
的射達に連絡して、このことに関する調査を始めなければならない。下手をすれば、いらぬ緊張を創ることになってしまう。そんなことをすれば、ちょっとした刺激で、また戦争が起こってしまう。
それだけは食い止めなければ。サイコストとしても、英雄としてでもなく、一人の人間として、戦争を拒絶し、未然に防ぐことに尽力することを、闘也はこの日、堅く胸に誓った。




