1、壊された世界
道路をはさんで、住宅が立ち並んでいる。それぞれの家が、色とりどりで、鮮やかであった。
そんな鮮やかな住宅街に不釣合いな色をした一つの家があった。古びた外見の家は、別に富豪じいさんとかが住んでいるわけではない。もし、この家が、首都東京を救った英雄たる少年の家だと言われて、信じる者はいるだろうか?
いないだろうな。少年は内心、寂しさを覚えたが、すぐにその感覚は、窓から吹き付けてくる風に流されていった。
少年の部屋の片隅には、彼の愛剣が静かにたたずんでいる。この剣は、轟翼という。自分でつけたわけではなかったが、少年はこの名前が気に入っていた。轟く翼。まさにそれが、五ヶ月前の自分と重なっていて、懐かしくさえ感じている。
五ヶ月前、日本の首都、東京は、ブレイクによる地球侵攻作戦の第一目標として襲撃を受けた。その撃退、殲滅に成功し、今では復興作業も終了していた。
残暑の象徴たる夏と秋の中間の太陽が照りつける中でも、風は日に日に冷たさを増し、確実に季節が進んでいることを伝えていた。
机の上に置かれていた特異な形状をした携帯電話が鳴り出す。その携帯を開き、応答する。
『もしもし、潤? 今友達と駅前着たら、なんか大変なことに!!』
柔らかな少女の声。潤はその反応に聞き返す。
『だからぁ! 大変なんだってば!』
「ブレイカーなの?」
『そうじゃないんだけど。とりあえず来て! 話はそれから!』
いつにもない慌てぶりから、結構状況的には大変なことになっているということは、すでに分かりきっていた。鞘に納まっている剣を持ち、家を飛び出す。家の鍵をしっかりとかけた後、少年が使っている専用のホバーバイクに飛び乗る。日本で現在流通しているバイクとは違い、排気ガスを全く排出しないクリーンな構造になっている。その理由は、この機内に取り付けられている、反重力磁場発生装置によるものだ。地球の重力、及び磁界に対し、全く正反対の力を加えることによって、機体を地面より僅かに浮かせ、自由に超低空飛行ができるというわけである。ちなみに、エネルギー源は、機体に埋め込まれた、太陽光発電用の小型パネルだ。特殊な措置により、通常よりも遥に太陽光を採取しやすいらしいが、原理は分かっていない。
住宅街を抜け、駅前にたどり着く。駅前は騒然としていた。そこの広場には、巨大なブラックホールのようなものが出現していたからである。
「これは・・・・・・一体!?」
すでに警察が、危険だからと包囲網を作り、周囲百メートル以内には近づけなくなっている。少年の存在に気づいた少女が、こちらに向かってくる。
「潤!」
「奈々。これって・・・・・・」
「私に分かると思う?」
「・・・・・・いや」
二人は黙って顔を見合わせた後、その黒い亀裂のようなものを見続けていた。
闘也は三人に向かって、厳しい顔つきで伝えた。三人は反論も、否定もしなかった。そのことが、闘也にとっては自信と喜びにかわる。自分のかわりに、守ってくれる者達がいる。そのことが、こんなにも心強い。
「行ってくる」
「気をつけてね」
「ああ」
闘也と乱州は、三人の期待を背中で受け止め、黒い亀裂へと飛び込んだ。
亀裂に警戒を強めていた潤は、奈々に、収集をかけるよう頼んだ。チーム・スレイヤー。それが、潤と奈々が指揮する隊の名前であった。隊員は、二人を含め、五人。小隊としては、十分な人数である。
しかし、彼らの到着を待たぬうちに、目の前の亀裂から、見知らぬ少年が飛び出してきた。二人の少年は、目の前に地面が現れたにも関わらず、軽い身のこなしで地面に綺麗に着地する。潤と奈々は、すぐさま警戒区域に立ち入った。警官が制止の声をかけるが、止まることはなかった。潤は、肩から掛けていた剣の柄を握り締める。奈々は、携帯していた銃口を、目の前の二人の少年に向ける。
「そこの二人、動くな!!」
奈々がきつい口調で、降伏を促す。向こうの方は、事態がつかめていないのか、何も言わずに両手を上げた。が、上げた直後、すぐに口を開く。
「ここはどこだ? 言え!」
「えっ?」
奈々が困惑した表情を見せる。そして、その隙を少年達は見逃さなかった。後ろにいた少年が、腕を伸ばし、奈々の持っていた銃をいとも容易く跳ね上げる。
「お前ら! 何をする!」
潤は激昂して鞘から剣を抜き取ると、質問してきた少年へと振り下ろす。が、その剣は少年が突如出現させた剣によってあっけなく防がれる。
「質問しているのはこっちだ! ここはどこだ!」
潤は、返答に迷った。ここはどこだだと。そっちこそ何者なんだと聞き返してやりたかったのだが、目の前の少年の威圧感が、彼の口を閉ざした。
「・・・・・・」
潤と奈々は、警戒し、距離を取る。すでに銃はあちらの方が近く、向こうは手も上げていなかった。潤の中に、恐怖心が生まれ、瞬く間に成長している。
圧倒的なまでの強さ。僅かな間でも、それは十分に分かった。あんな特殊な人体など、聞いたこともなかった。何もないところから剣を作り出したり、腕を伸ばして攻撃を阻止したり。まるで手品師ではないか。
「ここは、日本の山高駅前だ」
「炎天じゃない?」
「炎天?」
少年の発した単語の意味が理解できずに、潤はオウム返しをする。炎天とは、どこかの地名であろうか。
「自己紹介がまだだったなぁ。俺は波気乱州だ。一般人なら、名前くらいは聞いたことが・・・・・・」
「誰なんだ。一体」
「俺は魂波闘也だ。そちらも名乗ったらどうだ」
乱州と名乗った少年より半歩前にいる少年が自らの名を口にする。
「僕は矢倉潤。ロントのチーム・スレイヤー隊長だ」
「同じく、桜井奈々」
奈々も潤にならって自らの名を言う。
「ロント? 何かの組織か」
「何かって・・・・・・知らないの?」
奈々が不思議そうに聞き返す。
その答えが返ってこないうちに、残りの隊員達が駆けつけてくる。隊員の一人、滝山修二が、奈々に槍を投げ渡す。
「ありがと!」
奈々はそれだけを端的に礼を言うと、五人は目の前の二人の少年に対して身構える。
闘也と乱州が、同時に動き、戦闘が開始された。
闘也と乱州は、同時攻撃を五人に対して仕掛けることにした。やや後ろに構えていた二人が、その銃口から弾丸を発射してくる。だが、遅い。闘也は、目の前に魂を出現させ、弾を防がせる。乱州もまた、体を跳ね上げて銃弾を回避する。
そのいきなり出てきた闘也の魂と、飛び上がった乱州に気を取られている五人に対し、闘也は背後に回りこむ。ムゲンを発動させずにここまでやることができるのだ。相手は相当貧弱らしい。だが、闘也の中には、微妙な引っかかりがあった。何かが訴えかけてくる。こいつらの、いや、この中の一人は、侮ってはいけない、と。
だが、そうこうしている間にも、闘也は後ろにいた二人の銃を切り裂くと、二人を爆発から遠ざけるために蹴り飛ばす。乱州が伸ばした腕が、鞭を持っていた冷徹そうな少年によって動かなくなる。闘也はブーメランを作り出すと、それを、乱州と少年の間を繋いでいる鞭に向かって投げつける。吸い込まれるように鞭に直進したブーメランは、見事に鞭を切ると、闘也の右手に戻ってくる。
闘也は、奈々に急迫すると、その頬を殴りつける。その勢いのままに、鞭を持っていた少年を殴りつける。起き上がろうとした奈々に対し、乱州が駄目押しとばかりに腕を伸ばし、地面に激突させる。潤が激昂してこちらに飛び掛ってくるのが見えた。
「よくもっ!!」
「遅い!!」
闘也は潤の斬撃をかわすと、剣を煌かせて、腹部へと滑り込ませる。確実と思われた一撃だった。しかし、剣を振りぬいた時には、潤の姿はなかった。闘也が切り裂いて、いなくなったわけではなかった。斬った感覚がない――かわされた!?
闘也は、紅い翼を広げて上空に飛び出した潤を見上げた。
潤の背中には、紅い翼が、着込んでいる私服を破って出現している。右手に握られていた剣は、見る見るうちに長くなり、その剣先は一層鋭く、また、その剣の内部には、銃口が僅かにその穴を見せ付けている。
「またこれを使うことになるなんて・・・・・・」
潤の中には、自分がまたもこの力に頼ってしまったことに後悔の念を抱かずにはいられなかった。
「なんだ・・・・・・一体・・・・・・」
だが、この姿によってか、向こうは怯んでいた。闘也の顔にも、驚愕の表情が映る。こちらを見くびっていたのだろうか。それも仕方ないだろう。自分達はどう見ても、ただの一小隊に過ぎないのだから。
潤は、剣を変形させ、その銃口からビームを撃ち放つ。真っ直ぐに直進していくビームを、潤は当たると確信した。相手は動揺している。なぜなら、こちらを見くびっていたからだ。どんな思惑があってここに現れたのかは知らないが、今は消えてもらう。
「なに・・・・・・?」
しかし、ビームは誰の体も貫かず、ただ地面をえぐっただけであった。ビームが当たる寸前に、何か黄色いものが宙に飛び立ったことしか・・・・・・。
しかし、その判断の迷いが、隙となった。
闘也がすでに背後に回りこんでいた。速い。いつの間にここまで追い詰めたのか。
「いつの間に!」
「ここがどこなのか聞く前に、死んでしまっては、元も子もない」
そう言うと、闘也は見事な剣さばきで潤の翼を斬りつける。一気に形勢を逆転された。反撃のビームを撃ちこんだが、まるではじめからあたることがないと分かっているように動き回り、こちらに接近してくる。
「くそっ!!」
潤は地面すれすれで体勢を立て直すと、闘也に向かって、勢いよく剣を振り下ろす。闘也はその剣を受け止めると、余ったもう一つの剣を投擲してくる。潤はたまらず飛び退き、ビームを撃ち出して剣を破壊する。しかし、それから一瞬の時もおかずに、闘也は懐に飛び込んでくる。潤は戦慄を覚えた。背中に気持ち悪い震えが起こり、判断力を鈍らせる。潤は、ただ後方へと逃げ出すことしかできなかった。どうにかその剣をかわしたが、すでに潤には、相手とまともに戦えるだけの気力がなかった。闘也が追撃をしてくる。傷は意図的にか、浅くしてきた。右腕、腹部、左肩、左膝、右太もも。完璧なまでの攻撃に、潤は戦闘意志を挫かれた。最後に蹴りを入れられる。潤は、すでに体勢を立て直すことは不可能に近かった。
隊員達が自分を支えた。情けなかった。
「最後に聞かせろ」
闘也が降り立ち、命令口調で言う。命令口調の闘也に、潤はかなりの苛立ちを覚えていたが、今はどうにかその感情を押し殺し、面には出さないようにしていた。
「今、ここは何日だ。暦は?」
潤は、奈々に肩を貸されながら立ち上がると、表情を変えぬまま言った。
「北暦二〇一〇年、九月四日」
「そうか」
「闘也。あまり騒がれても面倒だ。そろそろ・・・・・・」
「もう十分騒がれてるだろ」
二人の会話が聞こえてくる。すでに、警戒区域外には、すでにかなりの人数が、この戦闘を見ていた。むろん、潤の敗北する姿も。
闘也は、一瞬こちらに目をやった後、乱州に続いて、亀裂へと戻っていった。
この作品は続編の形をとっております。
シリーズのページから、この作品の前作にあたるお話を読むことができます。
なるべくは初見の読者様にもわかるように執筆するよう努めますが、
前作をお読みいただければ、より深く、内容を知ることができると思われますので
よろしくお願いいたします。