灰の祝杯
魔王が滅びて三ヶ月。
王都の喧騒から少し離れた、うらぶれた下宿の二階で、勇者カイルは事切れていた。
死因は毒。それも、裏通りの薬屋で誰でも買えるような、ネズミ退治用の安価な毒だ。
「……英雄の最期がこれか。あまりに情けないな」
憲兵オーウェンは、カイルの簡素な部屋を見渡した。壁には、彼を称えるための豪華な勲章が一つだけ、埃をかぶって転がっている。
カイルは、魔王を倒したあと、王宮から与えられた爵位も屋敷もすべて辞退していた。
捜査を進めるうちに、オーウェンは奇妙な事実に突き当たる。
勇者の死を知った街の人々の反応が、あまりに「安堵」に満ちているのだ。
パン屋の主人は、声を潜めてオーウェンに言った。
「憲兵さん、正直なところね、みんなホッとしてるんですよ。あんなバケモノみたいな力を持った人が、
隣の部屋に住んでるなんて、落ち着いて眠れやしない。魔王がいなくなった今、彼もまた、私たちにとっては『得体の知れない恐怖』でしかなかったんです」
カイルは、魔王討伐後も、困っている人がいればその怪力で荷物を運び、壊れた家を直していた。
しかし、その善意の「力」こそが、平穏を取り戻した人々には「暴力の予兆」として映り、疎まれる原因となっていた。
オーウェンが突き止めた「下手人」は、カイルに食事を運んでいた、天涯孤独の少女だった。
彼女は震える声で白状した。
「……みんなが言ったんです。あの人がいなくなれば、この街は本当の平和になるって。あの人がいる限り、いつかまた魔王が現れるんじゃないかって、みんなが怖がってるって。
……だから、あの日、スープに混ぜました。あの方は、私の手元をじっと見て……少しだけ笑って、全部飲んでくれたんです」
彼女に毒を渡したのは、特定の誰かではない。
近所の主婦たちの世間話。酒場での男たちの愚痴。そして、英雄の維持費に頭を悩ませていた下級役人の冷ややかな視線。
それらが何層にも重なり、少女の背中を「正義」の名の下に押し出したのだ。
「誰も殺したかったわけじゃない。ただ、自分たちの小さな幸せを守るために、邪魔な『異物』を少しだけ排除したかった。……それだけなんだろう?」
オーウェンは、少女を連行する手錠の冷たさを感じながら、沈みゆく夕日に照らされた王都を見上げた。
そこには、英雄の死を祝うかのような、穏やかで残酷な日常が広がっているだけだった。
『灰の祝祭』
燃え尽きたあとの「空虚」
魔王討伐という巨大な「燃焼(戦争)」が終わり、世界にはただ「灰(戦後)」が残りました。
英雄という輝かしい火が消え、あとに残ったのは熱を失った冷たい日常でした




