第5話 新たな出会い
『母さん…。』
墓前で静かに手を合わせる。母の死から三日が経った。辺りに散らばっていた蜂の死骸を片付け終え、何とか母も最初に出会った洞窟のそばに埋葬することができた。三日間悲しみからか、時が酷く引き伸ばされているように感じた、いや、それは今もである。
正直都合がいいようにも思う。実際共に生きていた時間はひと月にも満たない。さらにはその間情を感じた訳でもない。最期のあの瞬間から母と仰いだところでどうにもならないのもわかっている。それでも母は俺を最期まで我が子として愛し、願いを託してくれた。だからせめてそれに応えたいと思った。それがせめてもの母への償いになると信じて。
『行って来ます、母さん。』
別れの挨拶を済ませ俺は旅立つ。母さんの願いを、『広い世界を知る』を果たすために。
『…と言ってもどこに向かおうか?』
出立したのはいいものの肝心なことを忘れていた。土地勘ないわ俺。
『うーん、仮にこの世界に四季があるのなら辺りの環境を見るに今は春だろうか。』
周りの威嚇も込めて考察を口ずさみながら歩く。
『なら、冬になる前に出来れば新しい住処を見つけて備えをしたい…。』
この体がどの程度の飢えに耐えられるのか、いや或いは冬眠のような機能が備わっているのか。詳しいことは分からないが、ひとまずは。
『川を下ってみようか。』
川に着いた。母が作ってくれた道があって助かった。生物である以上水は必ず必要となる、故に生物は水源を中心に繁栄しやすい。
『よし、これで少なくとも食料と水に困ることは無いだろう。あとは…。』
ひたすらに川の流れを辿る。理由は様々な生物と会う為だ。世界を知るとは生物、生態系を知ることだと俺は思う。我ながら直接的すぎて笑えてくるが、俺にとっての世界は『ムシ』を中心としたものだ。前世で両親が残したあの本を開いた時から。それに、もしかしたらインセクター以外のそれこそ人間の集落なんかに行きつけるかもしれないしね。
川を見つけてから俺は三日間歩き続けた。水辺にはやはり生物が集まるらしく、鹿や熊、鳥、インセクター多くの生物に出会った。彼らの観察は有意義なものであった。しかしそれでも会話の出来る生物はいなかった。
『インセクターは一応反応はあるんだけど、なんて言ってるのかわかんないんだよなぁ…。』
おそらくは意味の分からないあの言葉が本来のインセクターの言葉なんだろう。母さんも蜂との会話の際用いていたし。
『てなるとやっぱり会話ができる可能性があるのは人間だけってことなんだろうか。』
自分の立てた仮説にため息が出る。人に出会うなかなか骨後折れそうだ。
その時だった。近くで獣が吠える声が聞こえた。
『この声は…。』
すぐに声のした方へ向かう。そこには数匹のインセクターに襲われている子狼の姿があった。
(あれはハンミョウか?それになんでこんな所に子狼が?)
息を潜めて思考する。あの数のインセクターに襲われては子狼では助からないだろう。可愛そうではあるがこれも自然のこと、なるようになるしか…。いや、あれは…。
それはその場を後にしようとする俺の目に写った。子狼の後ろにもう一匹、おそらくは親であろう狼が横たわっている。かなり弱っているらしい、だがまだ息はあった。
考えるより先に体が動いていた。自然だなんだと語りながら自分勝手なことだ。ただ、自分と重ねてしまった、おこがましくも助けたいと思ってしまった。
あとは簡単だった。俺は力の限り蟲に襲いかかった。突然襲いかかって来た俺に戸惑う蟲達に構うことなく俺はそれらを蹂躙した。
気づけば眼前にはバラバラになった蟲の死骸とそれを見て怯えながらも母を庇おうとする子狼の姿があった。
優しく語りかける。
『もう大丈夫、僕は君の味方だよ。』
しかし、子狼はその言葉を聞いて噛み付いてきた。ので俺も咄嗟に手が出てしまった。
どれほど眠っていたのだろうか。暗闇の中目が覚める。ピシッ、身体が軋むのを感じる。だがどうやら私は逃げのびたらしい。
「あの子は…。」
辺りを見回す。どうやら私は何処かの洞窟の中らしい。誰かが連れてきたのか?一体誰が。
『起きたのかい。』
不思議な声が頭の中に響いた。これは…。
『でもダメだよ。まだ寝ていないと、身体にかなり疲労が残っているようだしね。』
私は声のする方に顔を向ける。
え…、な、なんで。
そこには私の子を咥え、こちらを見つめる巨大なインセクターの姿があった。
ハンミョウについてあまり聞きなれないと思うのでザックリ解説します。
ハンミョウ(ナミハンミョウ)は赤、青、緑の光沢をおびた斑紋に覆われた体を持つ肉食昆虫です。見た目は美しいですがかなり獰猛で鋭い大顎でアリなどの小型昆虫を捕食します。
また本文では群れでいるような描写をしていますが基本的には単独行動です。
以上説明終わりです。これ以上気になる人は自分で調べてもらえると幸いです。




