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オープニング

 挿絵(By みてみん) 

香箱座りで店前に座り込んだゼンがゆっくりと反芻をしながら道を眺める。


 大きいだけの草食動物。という事はそれなりに知れ渡ったのかゼンを見て悲鳴を上げて逃げる人間は居なくなったが、大き過ぎる故に近づいてくる者はいない。存在だけで怖い。どう見ても草食獣、強いて言えば一番近い動物が羊。そんな大きいだけの白い羊でも大きすぎれば大きいだけで怖い。香箱座りでも頭を上げれば普通の男の胸程度の高さになる。胴の長さは普通の男の身長より長い。


 立ち上がれば身長が180cmを超えるカイムの頭より高い位置にある肩。羊のように逆三角形の長い顔。立ち上がると引きずるすれすれの長いストレートのアンダーコート。そしてその下に隠れている柔らかく暖かいインナーコート。太く長い角は螺旋を描いて背中に流れている。体毛は年に一度刈り取り、角は2年に一度剪定、蹄は2ヶ月に1度削蹄しなければ日常生活に問題が起こる。ゼン的にはもう少し短い間隔で刈り取りや剪定を行っても問題はない。問題はないが商品価値が落ちてしまう。だからカイムと二人で話し合い刈り取りと剪定の時期を決めている。


 ゼンの体毛も角も一度市場に出せば恐ろしい程の高値がつく。角1本売れば兄弟二人、働かずに1年以上生きていく事が出来る。毛に至っては一年分を市場に出したら争奪戦の上、兄弟二人真っ当に働くことが馬鹿らしくなる値段で取り引きされる。


 だからカイムに頼まれて毛を伸ばし角を伸ばしている。カイムがお願いしてゼンがそのお願いを聞いている限り何の問題も起こらない。


 因みに年に一度刈り取っているインナーコートで作った外套は、防寒どころか魔法防御、防刀機能までついている軽装備の最高峰と言われている。が、ここ数年売りに出していないので今売れば恐ろしい値段になるだろう。今一年近く伸ばしっぱなしの毛は茶色く汚れているが刈り取り洗えば真っ白になる。きちんと処理さえすれば最高級の織物になる。


 まだ人間は肌寒い早春…… 晩冬の為店の入り口の戸は閉められているが、入り口は腰つき格子戸に風を防ぐために格子部分に紙を貼っているだけ。寒さはかなり直撃になる。そんな状態でも紙と板で外界と隔てているだけなのは夏の暑さと湿度のせいだった。シザリオン下下(しもした)区は冬期は寒く乾燥し、夏は暑く湿度が上がる。そして同じ町なのに上上(かみうえ)区は夏は熱く乾燥し冬は暖かく湿気っている。一つの町中でこれ程まで気候が変わる。それはもう昔々に人工的に魔法的に作られた街。というのは誰が見ても誰が聞いても判る事。だから同じ街に暮らしていても暮らしている地区によって建物から服装、生活スタイルが違う。下下(しもした)区は夏の暑さと湿気に対応する為に木造住宅に徹底し、上上(かみうえ)区は夏の暑さに対応するように布製建築になっている。下上(しもうえ)区は夏は暑くて冬は寒いが一年中乾燥しているので石造りの建物で、上下(かみした)区は夏暑くて冬暖かく、一年中湿気が多いので通気優勢な建物。と言う位中央大通りで区切られた4区画で生活様式がガラリと変わる。それがシザリオンだった。


 だから草食獣のゼンが少し耳を澄ませば店内の音は全て聞こえる。聞こえると言うより店の中に物理的に入れないのでここにいるだけでカイムとゼン的にはゼンは中の会合に参加している。


 それに、こんな大きなゼンが入り口前に座り込んでいると他の人間は店には行ろうとは思わない。有る意味最高の人払いだった。


「では確認をとりますが、イラクサさんは行く行くは魔術師になりたい」


 入り口前にゼンが香箱座りをしているせいで客が入らない居酒屋。6つ有る4人掛け卓の一つに向かい合って酒樽の上に座っているカイムが自分の前に座っているイラクサに確認をとりイラクサが大きく頷く。


 その頷いた姿に残りの5卓に座っている4人×5卓の人間が身じろぎする。そう、20人の人間がカイムとイラクサの会話に聞き耳を立て真剣に聞いていた。


「でも、借金はしたくないんですよねぇ」


 言いながらカイムが立てた右人差し指を唇に当てる。


 細く長い白い指。当てられた唇は桜色。透けるような白い肌に小振りの鼻に露草色の伏し目がちの大きな目。顔と細い首元だけ見れば儚げな幸薄い薄幸の美女。艶やかな露草色のストレートの髪は肩でまっすぐ切りそろえられ、前髪はセンターで分けられている。


 しかしひょろ高いだけの吹けば飛ぶような細身の身体には女らしい膨らみが一切なければ、声はちょっとと高めだがテノールと言うには低いし、バリトンと言いきるには高い。どう聞こうと男声。ただゆっくりとした喋り方と仕草が女性を思わせるそれなので慣れないと戸惑うだけの話。


「そう。でも爺の見立てでは俺は魔術師に向いているんだろう?」


 カイムの向かい、酒樽の上で片胡座をかいたイラクサが聞き返す。


 有る意味、性別がはっきりしない美人のカイムよりイラクサの方が目を引くし印象に残る。とても鮮やかな露草色の髪の毛はほとんど生えていない。代わりに引きつった頭皮が見えている。ひきつっているのは頭皮だけではなく顔面も引きつり斑模様に痣が出来ている。大きな露草色の瞳の輝きは鋭くカイムを見つめている。そう、カイムとイラクサは同じ髪の色、同じ瞳の色をしていた。瞳の色だけならゼンも同じ色だが。


「勿論。このシザリオンに留まる限りあなたはシザリオン一の魔術師であり続けます」


 イラクサの鋭い視線に真っ向から答える形でカイムが答え


「そのシザリオン限定って言うのが意味が判らない」


 イラクサが甲高い声を上げながら頭を抱える。


「限定というのか、シザリオンから一歩でも出た瞬間、本当に普通の、至極真っ当に平均的の、誰もが想像する魔術師になるだけです」


 カイムが真顔で答え頭を抱えたイラクサが呻き出す。

 何故シザリオンにいる限りシザリオン一の魔術師でいられる。と地域限定なんだ? いや、シザリオン一の魔術師なんだからシザリオン限定の称号なんだろうが、シザリオンからでると至って普通の魔術師になるというのはどういう意味なのか


「そんなに難しく考えずに、そういうものだと思っていただけるといいだけなのですが」


 悩むイラクサを眺めてカイムが言い周りを見回す。


「ええと…… カイムさん」


 周りで見物している人間達代表で声を上げたのはフタバだった。


「俺達もあんたの言っている話は全く判らないんだが。イーラは魔術師の素質が有るんだな?」


「はい」


 フタバの質問にカイムが大きく頷く。鮮やかなオレンジ色の髪、日に焼けた浅黒い肌、普通なら隠しているのだろうがカイムに向ける視線は露骨にきつい。敵意むき出しのオレンジ色の瞳。カイムと並ぶとカイムよりは背が低いが肩幅や胴回りはカイムよりは厚い。太っている訳ではなく鍛え上げられた筋肉の塊。


「あなた様方…… 道草組の方々が今思い描いている一番の魔術師よりも強い魔術師になる事が出来る素質を持っていらっしゃいます。シザリオンにいる限り。と言う条件が付きますが」


 カイムが言い切り、にらみ合っているカイムとフタバ以外の見物人が息をのむ。


 にらみ合う視線で火がつくのなら火柱を上げて燃え盛っている。程ににらみ合っていたカイムとフタバで先に視線を落としたのはカイムの方だった。


「問題はイラクサさんが魔術師学校に通学するための学費を、私に借金したくないと言っている処なんですよねぇ」


 フタバの鋭い視線から逃げるように下を向いたカイムが呆れたものだと首を横に振る。


「だな」


 溜め息とともにフタバも吐き出す。


「俺も断られたからな」


 困ったものだと呆れがこもった視線でフタバがカイムを眺めカイムはため息をつく。


「そうなるとイラクサさんに働いて頂く事になりますが」


 二人がイラクサを眺める。一体どんな仕事が出来るのだろう。


 引きつっている、毛が生えていない、ぶちのように色が変わっているのは頭と顔だけではない。頭の上から足の裏まで。全身が引きつって、毛が生えず、ぶち模様に色が変わっている。


 火傷は火傷でも火で焼かれたのではなく何か強い薬を全身に塗られたのだろうというのが、エードの呪術師、養い子のゲンノの見立てだった。勿論身体に残った傷はそれだけではない。両の乳首は引きちぎられていたし、陰茎は半分しかない。陰嚢は引き裂かれ睾丸はなくなっていた。悪意の虐待、それも性的虐待。イラクサの身体に残っているのはそんな痕だった。


 5歳年上の…… 約5歳年上のフタバが初めてイラクサを見たのは9歳の時。初めて見たイラクサは小さく痩せ細り、骨格標本のようだった。でもそれ以上に印象に残っていたのは瞼が縫い付けられていたことだった。それも乱雑に。


 唇も裂けていた。後で大人達に聞いたら唇も縫われていてその糸を大人達が切って唇をこじ開けたら腐れて落ちてしまった。らしい。だから瞼の糸は切らなかったと。無理矢理開けなかったと。


 なんとか薄く開いた唇の間から栄養のある汁を流し込んだ。抱いていたのはキミカゲだ。夫のスギナ以外にイラクサを触らせなかった。キミカゲは泣いて叫んだ。イラクサを抱きしめて。キミカゲはスギナの声しか聞こえていなかった。屋敷中に響くキミカゲの泣き声に子供達は怯え、でも好奇心は止められなかった。


 当時の子供達の一番の長はフタバだった。だから代表で屋敷に忍び込み泣いているキミカゲとキミカゲが抱いているイラクサを見つけた。同時に大人達に見つかって捕まえられた。


 本気で怒っている父を見たのは初めてだった。そしてスギナに本気で謝っている父を見たのも初めてだった。


 父に殴られた。襟首を持って振り回された。本気で怖かった。きっとスギナが止めなければその場で殺されていたに違いない。


 怖くて怖くていい訳も謝罪も出来なかった。口から出たのは…… 心の奥から湧き上がった言葉を叫んでいた。


「俺が守る! 俺のだ! それは俺のだ!」


 キミカゲが更に叫んで泣き出した。父のハツホはフタバを殴りつけた。何度も何度も地面にたたきつけられた。フタバは叫ぶ。


「俺のだ! 俺のだ! 俺のだ!」


 殴られ、たたきつけられ、叫び続け。ハツホを仲間達が止めフタバはひきづられ屋敷に閉じ込められた。


 座敷牢、閉じ込められていてもフタバは落ち着かなかった。俺のだ、俺のだ、俺のだ。あれは俺の物だ。誰にも渡さない、俺の物だ。


 食事を持ってくる者に俺の物はどうしたかと聞いた。誰も答えてくれなかった。時間がたって母が来た。自分の様子を問われる前にあれの居場所を問うたという。


「あれはどこだ、あれは俺の物だ、返せ、返せ、返せ」


 母は怯え、父は憤怒から困惑に変わったという。


 答えをくれたのは遙か離れたエードの養い子のゲンノだった。「養い子」の二つ名の由来はエードの守護精霊、豊穣の精霊タラチネが「養い親」だから。そしてゲンノ自体が医者として高名な呪術師だった。だからその治療費が法外に高いと噂が聞こえていたがキミカゲが泣いて縋って、それに負けてスギナが連れてきた。


 イラクサを診察したゲンノが


「この子のはえにしを結んでしまった子供がいるな。もう断ち切れないえにしだ。この二人のえにしが結ばれている間はシザリオンは安泰。諦めろ」


 と、イラクサを抱いていたキミカゲとその後ろに立っているスギナに交互にペンで指しながら言い、二人は顔を見合わせた。二人の脳裏に浮かんだのは狂ったように叫んでいたフタバだった。


「そのえにしというのは自然に結ばれる……」


 スギナの問いにゲンノがペンを横に振る。鮮やかな緑色のストレートの髪を肩につくところで切りそろえて前髪はセンターで分けている。大きなエメラルドのような瞳、吹つくようなきめの細かい白い肌。


「自然というより外的な力で無理矢理結ばれたもの、何だが人間のことわりとは全く関係ないというのか……

 何というか、天災だと思って諦めてもらえ」


 二人の態度で心当たりがあると判ったゲンノがペン尻を咥えて天井を見る。


「少なくともシザリオンとこの小僧には全く不利益はない」


 その言葉の意味はこの無理矢理結ばれた(えにし)はフタバに不利益をもたらす可能性がある。と言うことだった。


「どんな不利益が……」


「ん~ この小僧の生涯の相棒になる。程度で済めば丸く収まるんだが、口うるさい過干渉系保護者になるとか、押し掛け上から目線嫁になるとか」


「相手、男の子なんです」


 天井を眺めたままゲンノが答えおずおずとキミカゲが説明する。


「ん~ じゃあ、小僧が成人した途端に嫁に下さいと挨拶にくるから、お前等が心の準備をしておけば良いだけだな」


 顔を動かし二人を正面から見据えて軽い口調でゲンノが言いキミカゲとスギナは顔を見合わせた。らしい。


 らしいというのは1回目の治療が済みエードから帰ってきたスギナがフタバの父のカタバミ以下腹心の部下達を集めて説明したのを後からカタバミから聞かされたからだった。


 何せスギナの屋敷の座敷牢から出されたフタバはそのまま自宅ひきづられて戻り、仏頂面のまま一番大きな部屋の真ん中で正座をさせられ、正面に不機嫌な父と悩んでいる母が前に座った。


「オヤジの坊ちゃんの名前はイラクサに決まった」


 不機嫌な父が言い不機嫌なままフタバが頷く。


「そして」


 父が大きくため息をつく。


「お前が暫定婚約者になった」


「ざんてー?」


「仮の許嫁(いいなずけ)


「いいな…… 俺の? あれが?」


 父親の言葉の意味が判ったフタバが身を乗り出す。


「あれと言うな。坊ちゃんか、イラクサさんと呼べ」


 窘める父親の言葉はフタバの耳には入っていない。


 い・い・な・ず・け


 なんと感動的な単語だろう。(実際、こう表現出来るようになったのはもう少し年を重ねてからでこの時の実感的には「やった! 俺のだ! 絶対、俺のだ!」だったのだが)


「そのため、この家の家督を継ぐのはハツハになる」


「はへ?」


 父親の続けた言葉にフタバが間の抜けた声を上げる。


 今更何で当たり前の事を親父は言っているんだ? ハツハ兄が親父の跡を継ぐのは決まっているだろう。自分は次男、跡目を継がないからこそ9歳にもなって好き勝手している。ハツハのように努力なぞしていない。


 意味が判らない。一切判らないという表情のフタバの顔に父親が大きく落胆のため息をついた。そして母親が安堵の息を吐いた。


 そんな諸々の末に正式に許嫁認定を受け、誰からも物言いを挟まれないように、イラクサを嫁に貰うために努力を重ねイラクサを預けてもよいとスギナからもお墨付きを貰ったのに、イラクサの成人の儀の後日、正式にプロポーズを行う予定だったのに。


 成人の儀の当日に通りかかっただけのこの訳の判らない、背が高いだけの、顔なんか女、それも美人にしか見えない吹けば飛ぶような男が


「この子、魔法使いの素質があるので私が預かりたいです」


 と言い出して、その後ろを追いかけてきたシザリオン魔術師学校の校長が


「この方の言う事は本当です」


 とか言い、当のイラクサが


「魔法使いになりたい」


 と言いだしたから話がややこしくなっている。


 フタバ個人的には「お前は俺の嫁だから、魔法使いになるな。俺のそばにいるだけで良い」と言いたいのだが、イラクサの「フタバ兄(ふたばにぃ)の横に立って恥ずかしくない人間になりたい。少しでもフタバ兄(ふたばにぃ)の役にたちたい」と言う真剣な眼差しと共に発せられた希望を否定することはフタバには不可能だった。


 イラクサの一挙一動、一発言、全てが愛しい愛くるしい。愛でるためにだけ存在する愛でるべきもの。


 勿論イラクサも自分達の「(えみし)」を知っている。知っているからこそ、フタバを慕って後を追い身体を鍛え…… 身体を鍛えても自分の限界が人より低いと自覚をしてからは料理や裁縫、掃除洗濯と言う家事労働の向上に梶を切った。それを見ていた、黙って隣にいた。イラクサの家事能力が飛び抜けて高いことを知っているのは自分だと自負している。他の同門達が「嫁に貰うならイラクサ」とか「嫁はイラクサ、愛人は公娼」と陰で言っているのも知っているが両親公認、それも両両親公認の幼なじみ婚約者。それなのに突然現れたこの綺麗なだけの性別不明な見た目な小父さん(イラクサ曰く爺)がイラクサの横にいるのが許せない。イラクサの力になっているのが許せない。


「それで思ったのですけれど、イラクサさん、高利貸しになりません?」


 いつの間にかフタバからイラクサに向き直ったカイムがイラクサに尋ねていた。


「高利貸し?」


「正確に言えば少額高利貸し。朝に100ヌーブを貸して夕方に110ヌーブを返して貰うんです」


 カイムに言われイラクサが頭の中で計算する。100ヌーブは一般的なその日暮らしの人間が余裕を持って暮らせる金額、日雇いのそこそこ良い仕事の一日賃金、4人家族が満足な食事を食べ、ほんの少しだけ貯金が出来る金額。


「朝100ヌーブを貸せば満足な食事を食べて満足な仕事が出来る。残したお金とその日の賃金で110ヌーブを返せば家族に一日分の食費を持って帰る事が出来る」


 突然のカイムの高利貸し発言に逡巡を巡らせていたイラクサにカイムが説明し合点がいったイラクサが大きく頷く。


「一日で返せなかった場合10日で111ヌーブを返して頂いて20日で返済の場合は121ヌーブ、1ヶ月30日で返済の場合は133ヌーブ」


「10日で1割の複利?」


 ニコニコと笑いながら説明するカイムにイラクサが問い、更にニコニコしながらカイムが頷く。


「貸し金は100ヌーブのみ。固定で返却日と返却金額を書いた紙を貼りだしておけば誰でも一目で判ると思います。日付と金額だけは誰でも判りますからね」


 カイムが続け今度はイラクサが頷く。文字が読めない民でも殆どの者が日付と金額は判別出来る。それは生活に直結するものだからだ。


「でもそうすると種金が必要だけど」


「私にもフタバさんにも借りたくない」


 頷くイラクサに大きく微笑んだカイムがこう続ける。


「ゼンさんに借りるのがどうでしょう?」


 カイムの提案にイラクサの顔が呆ける。ついでにフタバと耳を澄ませて話を聞いていた19人の顔も唖然とする。


 ゼンさん、ゼンさんて店の外で座っているあの大きな獣だよな。獣に借金? 獣なのに金を持っている?


 誰からも金を借りたくない。と言う頑なな誓いを持っていたイラクサは大きなゼンから借りるという考えていなかったので思考が回る。


「反対はないようですのでイラクサさんはゼンさんからお金を借りて少額高利貸しを行う。私はゼンさんからお金を借りてこの町に家を借りる。これでよろしいですね?」


 思考が回っているイラクサにカイムが確認をとり


「爺ぃも金を借りるのかよ」


「ゼンさんはあまりお金を使わないので貯まる一方なんです」


「うん、ゼン……さんがお金を使うのは想像出来ない」


 至極真面目にカイムに答えられたイラクサも真面目に答える。


 首から財布をぶら下げたゼンが買い物をする。大体あの大きさだと店に入れるのだろうか? 店の入り口に角が引っかかるよなぁ。中に入れないよな。それより買うとしたら餌? というのか食事だろうから八百屋の軒下で買い物が済むから買い物は出来るのか。でも買った物はどうやって運ぶんだ? その場で食べるなんて行儀の悪いことはしなそうだし。 やっぱり大根とかほうれん草を買うのかな?


「ええ、ゼンさんが好きなのは西瓜(スイカ)真桑瓜(マクワウリ)です。あとは糸瓜(ヘチマ)などが好きですね」


「夏野菜だな…… じゃあなくて、ゼンさんて自分で野菜を買うのか?」


 普通に説明されたイラクサが納得した後自分の疑問を尋ねる。


「さすがに昨日今日では無理ですが1ヶ月も暮らしているとゼンさん一人で買い物に行けますね」


 しみじみとカイムが答え


「ゼンさん、草食獣だもんなぁ」


「その上子供好きで面倒見が良いですからね

 ほのぼのと会話をした後イラクサが止まる。子供好き、面倒見が良い。ゼンさんはどう見たって大きな羊だよな。羊にしたら毛がストレートで角がとても大きいけれど羊だよな。 羊が子供好きで面倒見が良い? 犬とか猫とかではなく羊が子供好きで面倒見が良い?


 イラクサが疑問に沈み込む。素直にカイムに尋ねればいいのだろうが、答えを聞いたらきっともっと悩むに違いない。


 カイムはゼンのことを当たり前に人間扱いしている。大体、自分に紹介したときも「弟のゼンさんです」とにこにこと紹介してくれた。その紹介に驚いて見つめ返したら「あまり似ていなくてすいません、異母兄弟なんです」と続けられた。 確かに容姿が似ていない事が一番聞きたかった事だが、望んだ答えはそれではない。万に一つその答えが正しかったらゼンの母親は羊になってしまう。いくら何でもそれはないだろう。


「……呪いか何かでその姿なのか?」と言うフタバの問いには


「まさか、違います」


 とにこにこ笑って顔の前で手を振って否定するカイムの横でゼンが大きく頷いていた。


「呪い?」


 再度フタバが尋ねゼンが大きく首を横に振った。初めに頷いたのはカイムの対応に同意したという意味だったらしい。その後、フタバがいくつかゼンに質問しどうもゼンは完璧に人間の言葉を理解している。表情は変わらない代わりに頷く、首を横に振る。で、肯定、否定の意思表示が出来る。頭突き、蹴りでカイムに適切な(かなり過激な)つっこみが出来る。と言うことが判明…… その場にいた道草組の組員とその家族達が理解した。そしてカイムとゼンの後ろに隠れていた魔術学校校長が嬉しそうに何度も大きく頷いていた。


「ゼンさんは人間じゃあないから……」


 そういいながらイラクサが上目使いでカイムをみる。弟を人間扱いしないと怒るかも。と思ってカイムを見たがカイムはにこにこ微笑みながら頷いている。人間扱いをしなくても怒らないらしい。


「お金を借りても良いかな」


 イラクサの言葉ににこにことカイムが頷いた。 

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