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皇国 母親と皇女の約束

 次の週末。


 私はアルケディウスに戻る、という名目で魔王城に向かうことになった。


 戻ってきたら、プラーミァに舞を捧げに行く予定がある。

 各国を順番に回って舞と力を捧げるのは、今の大神官としての私の大事な仕事の一つだから。


 その前の休暇を兼ねて、お母様やお父様と打ち合わせをし、できる限り情報収集してくるつもりだ。

 転移陣の前で見送りに来てくれたフェイとリオンに、私は声をかける。


「いつも通り、留守はお願いします」

「かしこまりました。どうぞごゆっくりなさってきて下さい」

「俺も同行しますか?」

「護衛はカマラがいますし、大神殿を空にすると、また魔性が出た時に後手に回る可能性があります。リオンはこちらに待機でお願いします」

「解りました」


 リオン奪還作戦の為に、フェイと話をしたいのだけれど、なかなか機会が無い。


 側にいつも『魔王(マリク)』がいるからだ。

 表向きは神官長の護衛で不自然さは無いけれど、監視されているような気分になる。


 勿論、魔王城には連れて行けない。

 逆に連れて行って、結界内で強制捕獲、治療、という方法もなくはないけれど、『魔王(マリク)』だってそれくらい想定しているだろう。


 まずは魔王城に行って、魔王城の守護精霊と相談してからかな。


「何かあれば、通信鏡で連絡を。こちらからもかけて状況確認をするかもしれません」

「解りました」


 大聖都と私の連絡用には、小型通信鏡の第一号が与えられている。

 使用権利者は基本、私とフェイだ。

 それを使えば、秘密の話ができるだろうか?


 でもリオンは、フェイのことを監視しているっぽい。


 さて、どうしたものか。

 そんなことを考えながら、ふと顔を上げたら視線が合った。


 フェイと。

 何の言葉を交わしたわけでは無いけれど、気持ちは通じた気がする。


 話がしたい、と目で問えば、解りました、と頷いたような。

 気のせいかもしれないけれど。

 とりあえずは、フェイの動きを待ってからかな?

 そうして大神殿の転移陣を使用して、私はアルケディウスに戻った。


「リオン様のご容体はいかがでいらっしゃいましたでしょうか?」


 出迎えてくれる神殿の皆。

 代表して、神殿長のフラーブが気遣うように声をかけてくれた。


「身体的にはもう回復しているようです。心配してくれてありがとう」

「それは良かった」


 皆も少し、安堵の笑みを浮かべた。

 まあ、肉体じゃないところが大変なんだけれど。

 とりあえず、なんとか笑顔を維持したことは、自分を褒めたいと思う。

 大神殿を出た後は、まず第三皇子家へ。


「マリカ!」

「お母様」


 私が家に着くなり、お母様は私を強く抱きしめた。


 見上げれば、なんだか泣き出しそうな表情。

 言葉を探して揺蕩う瞳。


 そっか。

 お父様がどの程度までリオンの事を伝えたか解らないけれど、お母様には当然話すよね。


「ご心配をおかけしてすみません。私は、大丈夫……」


 ぱちん。

 私の頬っぺたが優しい音を鳴らす。


 お母様が、私の頬を両手で軽く打ったのだ。

 打ったというか、挟んだというか。

 平手打ちとは違う、優しい衝撃と手の温度が、私の心に伝わってくる。


「子どもが、女の子が。

 そんなやせ我慢をしてはいけません。

 貴女、ここ暫くちゃんと眠っていないでしょう?」

「え? あ……はい」

「目が赤いし、頬も少しこけた気がするわ。食事も碌にとっていないのではなくって?」


 リオンを助け出した初日はともかく、リオンが変なことに気付いてからは、確かに気が休まらなかった。

 魔王との会見以降は、リオンを助け出す為に色々考えていたし、そもそもリオンの事を考えると眠れもしなかったし。


「カマラ。館の中では私が責任を取ります。

 厨房に、マリカの為の料理を頼んで。それから少し休憩していらっしゃい」

「……かしこまりました」


 カマラは気が利くから、お母様が私に話があるというのを察したのだろう。

 そっとお辞儀をして、応接室を出た。

 それから手を繋いで、二階のお母様の自室へ。


「双子ちゃんは? 留守ですか?」

「保育室に行っているわ」


 そう言えば、平日の昼間だ。


 中に入り、門の外の見張りをミーティラ様に任せ。

 鍵を閉めたお母様は、もう一度膝を折り、私の肩に手を回す。


「辛かったわね」

「お母様」

「リオンを奪われ、救う為に貴女が必死なのは解っています。

 愛する男が奪われた。それは何にも勝る一大事。

 絶対に取り戻す。

 それを止めはしません」


 流石戦士国出身のお母様。

 頼もしい。


「でもね。泣きたい時は泣き、怒りたい時には声を上げなさい。

 貴女はリオン救出の要。

 潰れ、倒れてしまったら、助け出せるものも助けられなくなってしまうわ」

「は、はい……」

「リオンと貴女の為に助力を惜しむ者などいないのだから、遠慮なく助けを求めるのですよ」

「ありがとうございます。心します」

「そうして。貴女の大丈夫は油断できないですが、信じてはいますからね」


 ぎゅっと、優しく抱きしめられる。

 お母様のぬくもりは、私にとって元気の源だ。

 胸の奥から、暖かさと、熱と、やる気が湧いてくる気がした。


 私の内面は成人した女性なのに、お父様とお母様には弱いし、甘えたくなってしまう。

 不思議なくらいに。


「私、この休みはリオンの救出の為の情報収集に専念しますので、他の事はすみません。手が回らないと思います」

「解ったわ。皇王陛下達の呼び出しは上手く躱しておきます。

 あの人が簡単には説明しているようですし」

「お願いします。『精霊の秘密』とか、人間の生命の根幹とか、あんまり大っぴらにできないことなので」

「知れば、皆、リオンを助けたいと思うでしょうけれど」

「下手に『魔王』を刺激して、騒ぎになって。

 リオンを消されたりしたら大変なことになりますから」


 リオンが勇者の転生、というのは、もう公然の秘密のような感じだけれど、魔王の魂に身体を乗っ取られた、などと知られたら大騒ぎだ。


 魂と肉体と精神とか、私達でさえよく解っていないし。


「ねえ、マリカ」

「なんですか? お母様?」

「貴女が今、色々やるべきことを抱え、いっぱいいっぱいなことは解っています。

 でも、これから魔王城に行き、秘密について学ぶのであれば、少し頭の隅に入れておいて、調べておいて欲しい事があるの」

「なんでしょうか?」


 お母様の私を見つめる空色の瞳が、微かに陰っているように見えて、私は息を呑む。


「貴女が、リオンと同じことにならなくても済むのか。

精霊の貴人(エルトリンデ)』の役割と知識とはどんなものなのか?」

「え?」


 お母様の質問に、頭がフリーズした。

 私?


精霊の貴人(エルトリンデ)』?


 ちょっと、一瞬意味が解らなかった。


「リオンが『魔王の魂』によって、別人格になってしまった日から、あの人はずっと機嫌が悪いの。

 親友が乗っ取られた、と。

 同じ顔、同じ声、同じ姿であるからこそ、違いがはっきりと解るのですって」


 うん。それは解る。

 お父様、それはもう、どえらく怒ってた。

 本気で殺すって言ってたくらいに。


「そして、同時に心配もしていたの。

『魔王』と『精霊の貴人(エルトリンデ)』は同種の存在である、とあの人は聞いたそうです」

「はい。クラージュさんはそう言っていました」

「貴女は『精霊の貴人(エルトリンデ)』の生まれ変わりで、人型精霊。

 貴女も、いつかリオンのように、役割を持つ『精霊の人格』に意識を呑まれ、別人になってしまうのではないかと」

「あ、ああ……」


 お母様に説明されて、やっと理解できた。

 お父様とお母様の危惧が。

 そして気が付く。


 ヤバい。

 なる。


 私は今までに何度も、成人し『精霊の貴人(エルトリンデ)』になれば間違いなく別人格になる、と言われている。

 っていうか、もうなっていても変ではなかったのだ。


『精霊神』様達のガードと、『星』の強制はしない、というご厚意で先延ばしにしてきただけで。

 今まで、深く考えずに流してきてしまったけれど。


 本当にそうなった場合、一体どうなるのだろう?


『魔王』の人格を被せられたリオンのように、『精霊の貴人(エルトリンデ)』の人格で今の私を上書きされてしまうのか?

 それとも、前世の記憶のような感じで『精霊の貴人(エルトリンデ)』の記憶が刷り込まれるのか?


 考えてみれば、相当に怖いよ。これ。

 どっちにしろ、今の私ではいられなくなるということだ。

 下手したらリオンと同じで、今の私の人格は死ぬ?


 魔王が言っていたことは、こういうことなのか。


「精霊は、言えないことに関しては沈黙すると聞きました。

 聞いたからと言って教えて貰えるものかどうかは解りませんが。

 自分の事です。できる限り情報を集めていらっしゃい」

「解りました」

「そして、どうか、リオンのように今の貴女の人格が消されることのないようにしてね」


 お母様は微笑した。

 とても哀しそうに。

 私の頬を撫でながら。


「精霊として貴女が生まれたのであれば、使命も役目もあるのでしょう。

 でも、私は貴女という一人の人間の意識を消し去ってまで為さなければならないことではないと思うのです」

「お母様……」

「私は、貴女が約束した通り、素敵な大人になって花嫁として、愛する人と結ばれる姿を見ることが夢なの。

 どうか、叶えさせて」


「はい」


 私は静かに頷いた。

 もしかしたら、嘘になるのかもしれないけれど。


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