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閑話 大神官就任の裏側 7 大神官からの依頼 後編

 アルケディウスの孤児院にいるレオは、まだ一歳になったばかりの子どもだ。


 運動神経が良くて、一緒に育つ女の子、デイジーよりもかなり身軽。

 じっとしているのが嫌いで、あちらこちらと動き回り、油断すると直ぐに外へ出ようとする。

 そういう意味では落ち着かない子ではあるけれど、子どもというのはそういうものだ、と皇女も言うし、あたしも解っている。

 だから、他の子と分け隔てなく育てているつもりだ。


 このぬいぐるみは、シュライフェ商会が作った試作品を孤児院に貰ったもの。

 子ども達全員が一つずつ貰ったはずなのだ。

 マリカ皇女の発案でできた動物を象った玩具は、国内販売が始まり、最近では大人にも癒しとして密かに流行し始めていた。


 でも、まだアルケディウスの外には出ていない。

 あたしも見本とはいえ持ってきた覚えはない。


 なのに、なぜここにあるのか。


 レオが入れた?


 まさかね。

 あんまり玩具に興味を持たない子ではあるけれど、この人形は気に入っていたはず……。

 そう思いながら、あたしは何の気なしに服のポケットへ入れた。


「なんかの拍子に紛れ込んだんだろ?

 無くさないように持って帰って返してやろう」


 行李に戻さなかったのは本当に何となく。

 他意はなかったのだけれど。




「こっちがトランプ。遊びながら計算の練習ができます。

 こっちは文字積み木。文字を並べたり勉強に使う他、純粋に遊ぶのも好きですよ。子ども達は」


 その日、あたしは孤児院で働く大人達に知育玩具の使い方を説明していた。


「なるほど。面白そうですね」

「大人が遊んでも楽しそうです」


 興味津々の眼差しで見ているホイクシ候補達。

 遊具の使い方を教え、実際にやってみると和やかな空気が広がっていく。


「私達の子どもの頃にこういうものがあれば、文字や数字を楽しく覚えられたかもしれませんね」

「無理やりに詰め込むのではなく、楽しみながらすると勉強もよく身に付くと思いますよ」

「マリカ皇女!」


 突然の最高権力者の登場に、私達は膝をついた。

 護衛士である女騎士(カマラ女史)婚約者(リオン様)を引き連れて

 色々と忙しいだろうに、孤児院の話には時間を見て来てくれる。


 ありがたいことだ。


「アルケディウスでは、玩具を作る職人が育っていますから、アルケディウスから輸入しましょうか?」

「遊具の購入などに転移陣は使わないで下さいませね」

「えー、どうしてですか? 便利なのに」

「商人達の仕事を奪うことになります。

 旅行者全てに許可を与える訳にもいかないでしょう?

 警備の問題もございますから」

「ミュールズ女史の言う通りです。

 転移陣の存在が大人数に知られると、魔王の襲撃の二の舞になると困ります」

「ああ、そうですね。

 魔王の襲撃の時、エリクスは警備の薄いヒンメルヴェルエクトを狙ったみたいだったから、情報流出にも気を付けないと」

「大聖都の職人は優秀ですから、見本を見せると作れると思いますよ」

「はーい」


 女官長と護衛騎士に諫められて、少し不満げながらも素直に頷く少女。

 大神官とはいえ、微笑ましい。

 あたしは素直にそう思った。


「ところで、リタ殿」

「何ですか? リオン様」


 れっきとした騎士貴族に殿なんて言われると気恥ずかしい。


 けれど、この場ではあたしは孤児院について指導する立場だからね。


 一応、毅然とした態度を心掛けてみる。


「何か……持っておられませんか?

 その……子どもから何か預かっている、とか」

「リオン?」

「え? 特には何も……ああ、預かっていた訳ではないですけど、荷物の中にこれが紛れ込んでいて……」


 あたしはポケットからレオが持っていたぬいぐるみを差し出した。


「ちょっと、お借りしてもいいですか?」

「? どうぞ」


 リオン様は、あたしからぬいぐるみを受け取ると、何だか真剣な眼差しで見つめている。

 まるで、ぬいぐるみと話しているみたい。


 そして――


「リタ殿。これ、少しお借りしてもいいですか?」

「別に構いませんが、これも大聖都でお作りになるんですか?

 見本にするにはちょっと薄汚れているでしょう?」


 しばらく人形とにらめっこをした後、リオン様は掌サイズのぬいぐるみをそっと自分の方へ引き寄せる。

 彼に人形遊びの趣味があるのかと思ったけれど、そういう訳でもなさそうな……?


「いえ。そういう訳ではないのですが。

 帰りまでには多分お返しできますから」

「解りました」

「リオン、何する気?」

「大したことじゃない……です。

 後で報告します」


 皇女も理由が解らず首を傾げる中。

 彼は大事そうに、そして優しそうに、そのぬいぐるみに微笑んだのだった。



 予定された滞在期間はあっという間に過ぎた。飛ぶように。

 色々と大変なこともあったけれど、頼まれた仕事は何とか形を作ることができたのではないかと思っている。


「後は実際に動かしてみないと」

「向こうの立ち上げの時もそうでしたね。

 最初は神殿の下働きに使われていた子ども達を保護して、教育を与える形で運用を開始し、徐々にアルケディウスのように、孤児の保護や苦しんでいる母子の援助などをしていこうと思います」

「今回、アルケディウスでお預かりする子は何人います?」

「三人です。

 子どものまま不老不死になっていた小姓の中で、不老不死を外しても大人になりたい、と望んだ子がいたので神殿から離したいのです」

「かしこまりました」

「自分で選んだとはいえ、今まで持っていたものを失うと人は不安になりがちです。

 少し様子を見てあげて下さいね」

「はい」

「何か困ったことがあったら。

 お母様がいらっしゃるから大丈夫だとは思いますが……直ぐに知らせて下さい。

 何が起きようと必ず対処しますから」


 ぐっと手に力を入れる皇女の笑顔。

 胸に灯りがともった気分になった。


「ありがとうございます」


 急な魔王の襲撃。

 神官長の死去。

 私達も驚くことばかりだったけれど、久しぶりに皇女に会えて、一緒に仕事ができてほっとした。


 皇女は皇女だ。

 子どものことに対しては、驚くべき行動力と実行力を持つ人。

 実は生意気ながらも少し心配はしたのだ。


 いきなりの神官長の死亡と、皇女の大神官就任の連絡が孤児院に届いた時には。

 頑張り屋の彼女だから、無理をしていないかと。


 でも彼女は、助けてくれる人物が共にいるのならきっと大丈夫だろう。

 できるなら、あたし自身も彼女を助ける者の一人でありたい。

 そう改めて思った。


 その後も、どたばたと仕事をしているうちに、あっという間に派遣の期間は終わってしまった。

 今日、国に戻るあたしは、アルケディウスで預かる子ども達と一緒に転移陣の前で待つ。


「では、短い間ですがお世話になりました」

「こちらこそ、感謝いたします。

 お教えいただいたことをしっかりとこちらでも生かしていきますので」

「子ども達をお願いします」


 ミュールズさんを始めとする女性達が深く頭を下げてくれた。


 随分と親しくなった自覚があるけれど、本来なら皇女を始め、あたしとは身分も違う人達だ。

 少し気恥ずかしくも照れくさい。


「皇女様ではありませんが、何かありましたらいつでもお知らせ下さい。

 出来る限り駆けつけて、お力になりますから」


 口約束の社交辞令ではなく、本当にあたしはそう思っている。


「お待ちを。リタ殿!」


 転移陣を使おうとする直前、リオン様が声を掛けながら近付いて来た。


 どうしました? と言いかけて思い出す。


 レオのぬいぐるみ。


「すみませんでした。これを」


 差し出されたのは、貸した時と何も変わらないように見えるぬいぐるみ。

 少し綺麗になったかな?


「や……あの子に渡してやって下さいませんか?」

「構いませんが……何かしたんですか?」

「大したことはしていません。

 でも、あの子どもは喜ぶかもしれません」


 今回のことには皇女は関わっていない様子。

 小首を傾げる彼女の横で、あたしはぬいぐるみを受け取った。


 その後、アルケディウスも大聖都も。

 他の国の孤児院と保育所、母子施設は皇女の指揮のもと、大事にされ、子ども達と一緒に育てられた。


 あたしもその後、大聖都だけではなく他所の国にも呼ばれ、お手伝いした話はまたいずれ機会があれば。


 最後に特筆することは、リオン様から預かったあのぬいぐるみ。

 戻って来てレオに返したら、最初はちょっと戸惑っていたようだけれど。

 その後は何だか随分気に入った様子で連れ歩くようになったことくらいだろうか。


 時々、ぬいぐるみに話し掛ける様子も見られる。

 まあ、見立て遊びとかは子どもの成長、発達の大事な段階だから構わないのだけれど。

 あるホイクシは、


「ぬいぐるみに触れようとしたら目が光った!」


 と報告してきたのだけれど……。


 まさか、ねえ?


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