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閑話 大神官就任の裏側 4 前編 魔王城にて

「わあ、マリカ姉! おかえりなさい!」

「うわー、エリセだ~!」

「お姉ちゃんもおかえり~!」


 私が大聖都の大神官に就任してから、魔王城に戻るまで約一か月の時間を要した。

 新年の儀式に行く前に少し早めにアルケディウスを出てから、丸っと二か月くらい経っている。


「また長かったね。寂しかったよ」

「リオン兄もフェイ兄もアル兄も帰ってこないからさ。

 もしかしたら、もう帰って来ないんじゃないかって心配だった」


 久々の魔王城。

 私がエリセ、セリーナ、カマラと一緒に帰り着くと、子ども達はいつもと同じように笑顔で迎えてくれた。


 あ、笑顔ではないか。

 みんなちょっとうるうるしてる。


「ごめんね。急にアルケディウスからお引越しすることになっちゃったの」

「お引越し?」

「そう。大聖都ってところに、みんなでね。それで、ちょっと忙しかったんだ」


 本当に、アルケディウスの王宮に挨拶に行く暇もないくらいの怒涛の展開で、私は大神殿の大神官になることになってしまった。


 就任式までの時間も少ししかなかったし、その後はその後で、新環境を整えるのに大忙しだった。


 今日もまだ完全にフリータイム、というわけではない。

 アルケディウス王宮に就任と別れの挨拶。

 ゲシュマック商会の残務の引継ぎ。

 など、やらなくてはならないことがあるから、と一週間の期限付きで帰国の許可を貰っただけなのだ。


 大神官特権で神殿間の転移陣を使わせて貰ってきただけだ。

 私が留守の間は、フェイとリオンが大神殿に目を光らせてくれている。

 ホントは一緒に帰ってきたかったのだけれど、仕方がない。


「お帰りなさいませ。マリカ様」

「おかえりなさい! マリカさま!」

「エルフィリーネ。ティーナも。リグも大きくなったね」


 子ども達の後ろから、魔王城の守護精霊と保育士が微笑む。

 ティーナの足元でこちらの様子を伺うリグは、もう二歳半になるだろうか?


「私の事は、マリカ姉でいいんだよ。リグ。

 ただいま」

「私がマリカ様、と呼ぶので移ってしまったのかもしれませんね」


 私が手を差し伸べると、少し迷った様子を見せながらも、ぽすんと私の胸に飛び込んできてくれる。

 かわいい。そしていい子だ。


 少し困ったような照れた笑みと共に、ティーナ。

 魔王城を預ける私の親友は、優雅なお辞儀と共に迎えてくれる。


「お帰りを皆さまと共にお待ちしておりました。

 前にも増して美しくなられたようで、見違えました」

「え? 何も変わってないでしょ? 身分は、それは少し変わったけれど、他には何も……」

「いいえ。マリカ様は他国に行かれたり、何かを成し遂げたりなさる度に強く、美しくおなりになっていると私は感じます。

 それはまるでロッサの花が固い蕾を開くように」

「褒めすぎ、言いすぎ」


 私はリグをティーナに返すと、周囲に集まる子ども達に目線を合わせた。


「今日はやらなくてはならないことがあるから、ちょっとお出かけしてくるけど、夕飯には戻ってくるから。一緒にご飯食べて遊ぼう。

 明日もちょっと遊べるからね」

「やった! じゃあ、お話いっぱい聞いてね!」

「いっぱい、いっぱい遊ぼう!」

「お花の油、いっぱい作ったよ。お土産にもっていってね」

「お絵描きも見てくれる?」

「勿論」


 飛び跳ねる子ども達を見てから、視線を一緒に来たセリーナとエリセへ。

 カマラは魔王城に入れないから、外で待ってくれている。


「鉱山にはカマラといっしょに行ってくるから、セリーナとエリセはゆっくりしてて」

「よろしいのでしょうか?」

「うん。ファミィちゃんも待ってるでしょ。

 明日の夜は王宮で食事会があるので、そんなには遅くまでいられないし。子ども達の面倒をティーナと一緒に見てくれると嬉しいな。エリセもみんなと一緒に遊んできて」

「ありがとう! ネアちゃんとファミーちゃんにお土産渡してくる!」


 エリセが満面の笑みを浮かべ、喜んで見せたので、セリーナもそれ以上は言えなくなったようだ。


「解りました。お言葉に甘えます。何かあったら直ぐにお声掛け下さいませ」

「ありがとう。じゃあ、行ってくるね」

「行ってらっしゃいませ」


 いつも変わらぬエルフィリーネ。

 その笑顔を背に受けて、私は魔王城を後にした。


 今回、魔王城に来た一番の目的は、カレドナイト鉱山で鉱石を採取してくることだ。


 フェイに、


「通信鏡の簡易版と運搬用転移陣の実験用にカレドナイトが欲しいのです。

 できるだけたくさん。あればあるだけ色々な実験ができます」


 そう頼まれているから。


「うわー、まるで満天の星空の下にいるようですね」


 カレドナイト鉱山にやってきたカマラは、そういって目を輝かせていた。


 漆黒の洞窟の中、青く星のように煌めくカレドナイト。

 最初に見た人は大体同じような印象を持つようだ。


「外では内緒にしていて下さいね。カレドナイトの流通を乱してしまいそうなので」


 私はカマラに向けて、唇に一本指を立てた。


「解っております。何かお手伝いできることはありますか?」

「じゃあ、カンテラを持って側にいてください」


 カマラに灯り役を任せて、私は周囲の壁に手を触れてカレドナイトを抽出する。


 前は掘り出したり、壁から剥がれ転がったりした石などからしか採れなかった。

 でも今は少し力が上がったようで、岩壁に手を当てれば、吸い取るようにその周辺のカレドナイトを集めることができる。


 大体、畳一畳分くらいの壁から出てくるのは、小指の先の半分の半分くらいの大きさ。

 向こうの単位だけれど、一カラット(〇・二g)くらいかな?


 転移陣を作るのには百gとか必要になるので、とにかく頑張る。


 壁に触れては集中してカレドナイトを抽出。

 周辺から出てこなくなったらまた奥へ、の繰り返し。


 出てきたカレドナイトは、カマラに瓶に入れて集めておいてもらう。


「大変ですね」

「普通に採掘しようと思うと、石を砕いて細かくして、カレドナイトだけ集めないといけないから、まだ楽な方だとは思うんだけどね」

「それはそうですが……」


 かなり含有量のいい鉱山ではあるのだけれど、それでも纏まった量を集めるのは大変。


 苦笑し、壁に向かいながら……。


「ごめんね」

「え?」


 私はそっと囁いた。


 実は、セリーナやエリセを置いて二人で鉱山に来たのはこれが理由。

 危険の少ない魔王城の島で、カマラに数kmの距離を歩かせて付き合わせたのも。


 他の人が誰もいない、誰にも聞かれない二人だけの空間だから。


 大神官、皇女、マリカ姉。

 そのどれでもない私に戻って、カマラに謝る。


「ノアール」

「あっ……」


 自分で言っていて、眦に雫が浮かぶ。

 私も思った以上に、ノアールのこと。キてたみたいだ。


「ノアールを助けられなくて、盗られてしまって、ごめんね」

「それも、マリカ皇女のせいじゃないです。むしろ、もっと早く気付いて止めるべきは私だった」


 うん。

 カマラも、ノアールが攫われた魔王襲撃以降、そのことを気に病んでいるのは解っていた。

 表向きは顔に出さないけれど、ちょっとした時にふと、寂しそうな様子を見せる。


 ノアールはカマラと仲良しで、魔王城の島に来ると、一人にするのは気の毒だから、と魔王城に泊まらず、一緒に城下町に泊まったりしていたのだし。


「……私、感じていました。ノアールがマリカ様に嫉妬心を抱いていた事。

 ノアールは本当にマリカ様のようになりたい。

 特別で、皆に愛される存在になりたい。そう思っていたと思います」

「プラーミァから救い出して、連れ出したのはノアールにとっては迷惑だったのかな?」

「いえ、そんなことは絶対無いです」


 私がずっと胸に抱いていた後悔という名の棘を、カマラは即座に否定してくれる。


「男に身を弄ばれるだけの生活から解放され、仕事と衣食住を与えられ。

 ノアールが私達との生活に幸福を感じていたのは間違いないと思います。でも……」

「でも?」


 私の問いに、カマラは言い辛そうに俯く。


「それでも、やはり羨ましくはあったのだと思います。

 優しい両親に、自由に使えるお金。

 側にいて愛し支えてくれる男性に、類まれなる美貌と才能。


 地獄のような生活の中から救われて、自分は十分に幸運だと解っていても。

 人が望み欲する全てを持つマリカ様を間近に見るにつけ、自分もああなりたいと。

 なんで自分はああなれないのだろうか? と」

「それは……解るかもしれない」


 今の、異世界転生した私はかなりな美少女をさせて貰っているけれど、向こうにいた頃の私は十人並みの容姿で、決して美女ってわけではなかった。

 お金持ちでもなかったし、運動神経も良くなかったし、健康と記憶力だけが多少の取柄。


 でもそれだって、たくさんいる人の中では目立つでもない普通の人間だった。


 才能あふれた人を羨ましいと思ったし、自分が認められない、思うようにならない日々に泣いたりもした。


 この世界のスタートも決して順風満帆では無かったけれど、リオンがいて、フェイがいて、アルがいて。

 魔王城に暮らすことができて、エルフィリーネもいて、能力もあって。


 その後は、ガルフやお父様、お母様に出会って、皇王家の養女になって。

『聖なる乙女』とか『精霊の貴人』って話になって、ついには大神官だ。


 あまり気にしても自覚してもいなかったけれど、今思えばけっこうなチート。


 そういえば昔、エリセも私のようになりたいと泣いたことがあったことを思い出す。

 歳が離れて届かないと解っていたエリセよりも、ノアールの方が多分、いろいろ辛かったのだろう。


「私の勘でしかありませんが、ノアールはあの炎。人を変化させ、力を与えるという魔炎に、自分から身を投じたのだと思います」

「自分で?」

「勿論、マリカ様を守ろうという意図もあったでしょう。

 でも、特別な自分になりたい。このままでいたくない。

 何より、マリカ様をこれ以上『特別』にしたくない。

 そんな意思が、あの行動に繋がったように思うのです」


 そうか。


 私は心の中で納得する。

 と同時に悔いもする。


 そこまで彼女は追い詰められていたのだろうか?


 もし私が、ノアールの嫉妬や孤独に気付き、何か手を打ってあげることができていたら、違う結果になっていたのだろうか。


 いや、それ以前に、リオンを語る我儘な子どもとしか思っていなかった魔王エリクスも、心の葛藤や苦しみを理解し、大聖都から離してあげることができていたら、魔王にせずに済んだのだろうか?


 していれば、していたら。


 そんな仮定に意味は無いと解っているけれど。


「私、ね。ノアールを助けたい。って思ってる。

 魔の世界ではなく、人の世界に連れ戻したいって。

 でもそれは彼女にとって迷惑な事、かな?」

「迷惑だと、多分言うと思います。

 彼女がどんな扱いを受けているかによりますが、魔王エリクスが言い残した通り、魔女王として大切にされているのなら、なおのこと。

 でも……」


 カマラはぎゅっと掌を握りしめるように力を入れる。


「私も、ノアールを助けることに全力を尽くします。

 何としても魔王エリクスから取り戻し、本人が嫌がっても人間の世界に連れ戻すつもりです。

 彼女はそう思っていなかったかもしれないですが、私は彼女の友達だと思っていますから。

 一緒に光の中を歩いていきたいと思っていますから……」

「カマラ……ありがとう」


 カマラの気持ちを聞けてホッとした。


 ノアールについては国王陛下達も意見もそれぞれで、魔王エリクスと同じ人外に堕ちた敵対者と見るか、それとも誘拐され操られた犠牲者と扱うか、はっきりと決まっていない。

 最終的に向こうの出方を見てからのことになるだろう。


 でも、なんとかして助け出したい。

 その思いをカマラと共有できたなら、私は少なくとも救出の為に全力を尽くす。


 助け出した後の事は、それから考えればいいのだ。


「うん。なんとかしてノアールを助けようね。

 まずはノアールがどんな状況に置かれているか調べたいな。それから救出方法を考える」

「エリクスは今、どこを拠点にしているのでしょうね?

 大陸にあれば解るでしょうから、魔王城のように、どこか孤島とか?」

「他国とも連携をとって調べてみるつもり。だから……その時はよろしくね」

「はい。お任せ下さい」


 手を差し出し、しっかりとカマラと握りあう。

 手を、思いを。

 主と騎士ではなく、同じ目的をもつ仲間として。


 カレドナイトの採取を終えて、街に戻ってきたのは夕刻近かった。

 私は城下町に戻るカマラを見送る。


「おやすみなさい。カマラ。また明日ね」

「おやすみなさいませ。マリカ様」


 カマラはきっと、今日、一人で泣くのだろう。

 私と多分同じで。


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