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大聖都 ライオット視点 『戦士』と『勇者』の思い出 後編

 俺が奴の胸倉を掴み上げた時、あいつはなされるがまま、きょとんとした顔をしていた。

 どういう意味か解らない、というように。


 そうだろう。

 俺だって、自分の言っていることが解らなかった。

 我ながら無茶苦茶を言っていると思っていた。


「たった一人、人とは違うモノで、あの光の下に入ることもできず。

 お前は……!

 こうして遠くから眺めているだけでいいのか、って言ってるんだよ!!」


 だけど、腹立たしかった。

 悔しかった。


 最初から、自分自身を幸せから除外しているこいつが。


 解っていた。

 こいつは俺と同じだ。


 精霊の力をその身に宿し、弱いモノを守れと願われ、作られたもの。


 人の中から生まれた突然変異の俺とは違って、最初から、そうあれと願われ生み出された道具。


「俺は……子どもを作れないだろうと言われている。

 俺の大きすぎる精霊の力に、母親が耐えきれないだろうと。

 俺は、あの光の下に入れない。

 一人だけ違う。そう思うのが辛かった。

 お前は違うのか? 辛くないのか?」


 思い出す。


 父方の従妹。

 澄んだ水色の瞳で、無垢に自分を慕ってくれる愛しい少女。


 だが、彼女を抱き、子を成してしまえば、殺してしまうかもしれない。

 そう思うと、触れる事さえできなかった。


 手がみっともなく震えている。

 そんな俺の手に、そっとぬくもりが重なった。


「そうか。お前は辛かったんだな」


 初めての感覚だった。

 父や母は自分を愛してくれていた。

 仲間達も、受け入れて認めてくれている。


 けれど、自分は一人きりだという思いを消し去ることはできなかったのに。

 初めて同じ立場の存在から、受容され、共感された。


 それだけで驚くほど、心の中が満たされたことを覚えている。


「大丈夫だ。お前は、あの光の下に入れる。命の輪を繋ぐことができる」


 静かに微笑む奴の笑みが、言葉が、俺の中に救いの雨のように降り注いだ。


「心配しなくても、精霊の力はお前を苦しめたりしない。お前達の大切なものごと助けてくれる」

「本当なのか?」

「もし、どうしてもダメだと思ったら精霊国に来ればいい。みんな全力で助け、力を貸してくれる。……精霊はお前を愛している。

 何より、俺達は同じ仲間だからな」

「仲間?」

「ああ。この『星』に生きる同じ仲間。『星』の子ども。そこに『精霊』も『人間』も無い。

 皆、俺が守るべき大切なもの。

 そしてその中でも、お前は、お前達は、俺の大事な……友なのだから」


 この、外見は勿論、生き方も、心も美しい男に。

 精霊の化身に。


 仲間だと。

 この星に生きる生き物だと言われた時。


 何より、友だと呼んで認めて貰えた時。


 俺は、自分が今までバカバカしく悩んでいたことが、全て吹き飛んだことを感じていた。


 自分は、一人では無いのだと。

 皆と、彼女と、こいつと、一緒に歩いていいのだと。

 思う事ができたのだ。


 ――と、同時にハッと気付く。


 さっきぶつけた怒りが蘇ってきた。


「じゃあ、お前はどうなんだ? 光の中に入らないのか?

 こんな所から見ているだけでいいのか?

 光の中に。自分が守った灯りの下に行かなくていいのか?」

「俺は、いい。皆の命を、笑顔を、喜びを守る。それが俺の『精霊の獣』としての役割だから。

 皆が幸せに笑ってくれていれば、それが幸せで……」

「ざけんな!」

「ライオ?」


 俺はもう一度、奴の胸倉を掴んだ。


 逃げようと思えば、奴の素早さなら逃れられる筈だ。

 だが奴は、相も変わらずきょとんとした顔のまま、俺に掴まれ揺さぶられている。


「いいか? 俺が光の中にいていいのなら、お前もいていいんだ。

 つーか、一緒だ。

 俺が幸せになるのなら、お前も一緒に。俺と、お前と。

 リーテやミオルも、皆で、皆を幸せにするんだ」

「一緒に、幸せに?」

「そーだ。お前、俺達は皆『星』の子。仲間だと言ったろう。

 仲間なら一緒に、みんなで、皆を幸せにして、幸せになるんだよ!!」

「俺も、幸せになれ、と?」

「ったり前だ。俺が幸せになるのを見せつけて、お前の事も俺が首根っこ掴んで幸せにしてやる」

「……そんなこと、言われたのは初めてだ」

「だとしたら、お前の親にセッキョーだな。自分が幸せで無い奴に、人を幸せにできるもんか」

「そういうもんか?」

「そういうもんなんだよ」

「そうか……ありがとう。ライオ……」

「いいんだよ。俺達は仲間で。……友達なんだからな。アルフィリーガ」


 そうして、二人で並んで星を見たのだ。


 天の星。

 地の星。


 自分達が愛し、守るこの『星』を。


 あの時から、俺は救われた。

 自分が、この世に生きていていいと知ったのだ。




「聞いているか? マリカ?」


 話しているうちに、すっかりと日は落ちた。


 地表には、大聖都ルペア・カディナの人々が灯す光が、地上の星のように煌めいている。


 腕の中の娘は、相変わらず人形のようで、身動き一つしないけれど。

『精霊神』はこちらの声はきっと届いていると言っていた。


 だから、信じるとしよう。

 この言葉も、思いも、きっと届いていると。


「お前が、もし自分が人間じゃない、とかで悩んでいるのなら気にするな。

 精霊も人間も関係ない。俺達はこの『星』の子ども。それに変わりはない」


 強く抱きしめる。


「俺は、お前を守る。力があろうとなかろうと関係ない。

 お前が俺を父と呼び、俺がお前の父であると決めた。

 その時から、俺達は親子なんだから」


 血を分けたフォルトフィーグやレヴィーナと同じ。

 いや、それ以上に愛しい俺の娘を。



『これを見ても、まだダメなんですか?』

『ダメだ。ライオットは元々、こちら側寄りの存在だからな。

 ……準備は整った。黙って見ていろ』



「お話は、終わりましたか?」

「ああ、すまなかったな」


 自分一人ならともかく、マリカを連れているのなら無理はできない。


 移動に力を借りたフェイが、静かに寄ってきた。


 俺の話の間、二人は遠ざかっていてくれた。


 けれど、フェイはともかく、きっとアルフィリーガは、俺が何を話していたか解っている筈だ。

 日は完全に落ちたというのに、薄ら紅い頬の色がその証拠。


「風邪をひかないうちに、部屋に戻そう。早く、意識が戻ってくれるといいのだが……!

 なんだ? あれは?」


 俺はもう一度周囲と、眼下を見下ろして、息を呑んだ。


 あり得ない。


 満天であった星空から、光が消えていた。

 代わりに空を埋め尽くすのは、闇と同じ色の飛行魔性達。


 一体、いつの間に?


 ここは仮にも大聖都だというのに、城壁の中に何故、これほどの魔性がいるのだ?


「アルフィリーガ! 鐘を鳴らせ! それから議場に飛んで父上達を守ってくれ。

 俺も、マリカを部屋に戻して……」

『その必要はありませんよ』


 俺達を見ていたかのように。

 いや、実際に見ていたのだろう。


 黒い飛行魔性の群れ。その中で一際大きな一匹が、俺達の眼前に舞い、声を上げた。


「「「え?」」」

『そこにいらっしゃったのですか? ライオット皇子。探しました。

 どうぞ姫君と一緒に議場へ』

「その声は……まさか、エリクス?」

『そうです。急ぎお越しください。父上を含む各国王のお命、大事と思し召されれば』


 上位魔性が、下位の魔性を使って偵察をしたり、脅迫の声を運んだりしたことは、昔もまま有りはした。


 だが、会議場に来いとは、どういうことだ?


「会議場で何かが?」

「マリカを連れてこい、とはどういうことだ?」

「仕方ない。行くぞ。二人とも」


 フェイの杖の光が俺達を包む。


 流石に会議場の真ん中に転移術で飛び込むわけにはいかず、扉の前に降り立った俺達は、息を呑みこんだ。


 粉々に砕かれ、開け放たれた扉の向こう。

 国王会議の議場、その中央で悠然と立つ男。


『魔王』エリクスが立っていた。


 足下に倒れ、鮮血の華を咲かせる神官長と共に。

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