大聖都 舞踏会の始まり
白銀の大広間は、シャンデリアと魔法の光に照らされて眩しく煌めいている。
年に一度、この国王会議にしか、もっと言うと一度だけの舞踏会にしか使わないというのがもったいないレベルの美しさだ。
一片の埃も汚れもない鏡の広間。
そこには既に、多くの人達が集まり、楽しげに談笑をしていた。
舞踏会は政治の場なので、楽しいだけではないともう解っているけれど。
一年ぶりの舞踏会。
去年初めてこの場に立った時、現実世界とも、それまでの異世界での生活とも違いすぎる輝きに驚いたことを思い出す。
入場と同時に感じる人々の視線の集中も去年と同じ。
ただ、完全に好奇と挑戦の塊であった去年と違って、今年はかなり柔らかさと好意を宿しているのは、自分で言うのもなんだけれど努力の成果かな、と思う。
七国を巡って、全ての王族と親しくなったからね。
まあ、それはそれとして、挑むような、狙うような狩人の視線は感じるのだけれども。
舞踏会の広間に七国が全て揃ったからだろうか。
BGMの曲調が変わったのを聞き取って、皇王陛下が私に命令する。
「マリカ。踊って参れ」
「はい。皇王陛下」
私は促されて、深いカテーシー。
その後、一歩前に進み出たリオンの手を取った。
始まるのは開幕の円舞だ。
一番注目されるので、各国、ダンスの名手や目立たせたい人物などを配置するのだと後で聞いた。
去年は私の皇族としてのお披露目。
デビューだったから絶対にこの場で踊らなければならなかったけれど、今年は義務ではないと聞いていた。
でも。
「お前にはリオンというパートナーがいることを強調しておきたい。踊ってこい」
とお父様に命じられれば是非もなし。
リオンと踊るのは楽しいし好きだから、イヤじゃないしね。
「久しぶりに一緒に踊るダンスだね」
「精霊は来ないように押さえておけよ」
「うん」
ホールの真ん中のスペースが用意されているのはいつもと同じ。
ここを務めるにはまだ技術とか華やかさが足りないので役者不足だと思うけれど、子どもらしい可愛らしさで勝負だ。
自分で言ってどうする?
今回作って貰ったドレスはお気に入りだし。
最近、豪華なドレスは『聖なる乙女』イメージだから白ばっかりだったけれど、今回の服は濃い赤。
金糸の縫い取りもたっぷりなのに、とても軽い。
肩を出しながらもふっくらとしたパフスリーブの袖が、お姫様心をくすぐる。
一方のリオンは、黒のインナーに蒼いチュニックを重ねた戦士の礼装。
リオンの凛々しさを引き出していると思う。
精霊達に来ないように祈りを捧げてから、ステップを踏み出す。
踊りやすさが優先されるのか。
この世界の円舞曲も三拍子。
一・二・三。
一・二・三。
目の前にはリオンがいて、微笑みかけてくれる。
数えるようにステップを踏むと、身体と心が勝手に動き、踊り出す感じ。
やっぱり、私は好きだ。
この瞬間。
くるり、とターン。
リオンの掲げた手の下でくるりと回ると、楽しい気分になる。
一人で踊る舞も嫌いじゃないけれど、あれは自分との勝負というか、ストイックな感じ。
誰かに心と身体を預け、音とリズムを楽しむダンスはまったく違う高揚感があるのだ。
人々の騒めきを遠くに聞きながら、リオンだけを見て踊る。
その気づかいと優しさを感じて。
大好きな人との二人きりの時間。
私は、久しぶりの幸せを満喫していた。
円舞曲が終わり、楽しい気持ちで戻って来てみれば。
「あれ?」
既にアルケディウスの席に来客があった。
去年のように一番乗りを狙ったプラーミァかな?
と思ったのだけれども、どうやら違う。
白を基調にした豪奢な祭服の集団。
そしてマイアさん。
あれは……大神殿の人達。
神官長だ。
「ですから、何度も申し上げております通り、マリカはまだ大神殿にお預けすると決まったわけでは無い。
今日の舞踏会でも、アルケディウスの一員としてお客様を迎える役目がある。
そのような強引な話は困りますな」
「『聖なる乙女』に将来の婚約者とはいえ、男子を近づけられるのも困る。
『聖なる乙女』は『神』の花嫁。
少なくともその役割の間は、汚れなき乙女で無ければならないのだから」
うーん、何か勝手な事を言っている。
「ただいま戻りました。皇王陛下」
「うむ、ご苦労だった。申し訳ありませんが、神官長。どうかお引き取りを……」
「大聖都に輝く宵闇の星。『聖なる乙女』マリカ様にご挨拶を申し上げます」
皇王陛下は一応礼儀を守った対応をしていたのに、何やら押し問答をしているように見えた神官長は、私が戻ってきたと知るや否や。
あろうことか皇王陛下を無視して、私に向けて膝をついた。
なに?
「席の御移動をお願い申し上げます。
中央の大神殿の区画に『聖なる乙女』の場をご用意いたしました。
本日はあちらの席にて、人々の挨拶をお受け頂きたく」
恭しく頼んでいるように見えても、かなり強い圧、本気を感じる。
「どうしてですか? 私はアルケディウスの皇女です。
皇王陛下がおっしゃったとおり、本日はこの席でお客様をおもてなししないと」
「『聖なる乙女』に客のもてなしなど、俗世に関わることをさせる訳には参りません。
『神』の寵愛深き星の姫君は高き場所から、人々にそのお力と微笑みをお授け下さればよろしいのです」
思わぬ話に、私は思わず目をぱちくり。
要するに上座に座って良きに計らえ、していろと?
え?
私、何様?
「加えて……優れた護衛にして将来の婚約者であろうとも、男子を『聖なる乙女』の側に置くのも褒められたことではございません。
『聖なる乙女』はその任の間は『神』に身を捧げた『神』の花嫁となるのですから」
「ちょ、ちょっと待って下さい。私は嫌ですよ。
私がいなくなったら『新しい食』や精霊の知識の説明が……」
「それらは、どうぞ大神殿の席にて……。
さあ、皆が待っております」
「お父様!」
護衛騎士が私の手を掴もうとする。
このままだと強引に連れて行かれちゃう。
そう思った私は、必死で逃れてお父様の背中に隠れた。
「娘に触れるな!」
お父様は私の背中に護るように手をかけ、一喝した。
ビクン! と人々が慄くと同時、唸る獅子のような怒りを宿したお父様が前に進み出る。
騎士は気迫に押されて後ずさった。
その隙に、リオンが私の手を引いて前に立ちふさがってくれる。
「皇王陛下を無視し、強引に皇女を連れ去ろうとは神官長らしくもない。
大神殿は『信仰』を司るもの。
政治、俗世の事は王族が預かる。それが決まりではなかったのか?」
「『聖なる乙女』は信仰の領域にある者。
その輝きは一国では無く、大陸全てを照らす太陽と同じ。
皇子こそ手出しは御無用にございます」
挑むような神官長と、お父様の視線が合っている。
言葉こそ丁寧だけど、神官長も引かないぞ、って感じ。
バチバチという火花が目に見えるようだ。
「マリカはアルケディウスの皇女、俺の娘だ。
どうしても、と請われたから『聖なる乙女』として大神殿に貸してやっているにすぎん。
『神』が気に入っているから象徴として祀り上げたいのかもしれんが、止めろ」
「アルケディウスこそ、『星』の宝たる皇女を一国で独占するのはいかがものかと」
「独占ではない。それに自分の娘の動向を父親が決めて何が悪い。
度が過ぎるようならマリカは外に出さず、神殿への貸し出しも行わない。いいのか? それで」
「『神』の御意思に逆らうと? ライオット皇子?」
「俺が、『神』に信愛を示して自分から従ったことが一度でもあったか?」
「そういえば、そうでしたな。
貴方は冒険者であった頃から、信じるのは自分の力と腕とアルフィリーガだけ。
兄が良く申しておりました」
どこか寂しそうに笑う神官長は、それでも下がろうとせず、暫く私達を見つめていた。
何かを決意し、言葉を発しようと顔を上げる。
だが、その瞬間。
紡がれる筈だった声は封じられた。
「そこまでにしておいて欲しいものだ。神官長」
「そうそう。せっかく待ちに待った新年の舞踏会。
マリカ皇女との再会なのだからな」
ふと右と左からかけられた声に、神官長が身体を震わせる。
誰だろう?
この緊迫の場に割り込めるのは?
私は左右に首を振る。
そして見つけた。
「元気にしていたか? リュゼ・フィーヤ」
「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
「ベフェルティルング様! スーダイ様!」
火国と地国。
昂然と立ち、私達を見る二人の国王陛下がいらっしゃったから。




