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空国 帰国前のひとこま

 ヒンメルヴェルエクト最終日、私はアリアン公子に呼び出された。

 出発前、少しだけでもいい。時間を取って欲しいという事で、図書室に。


 誤解を招くようなことの無いように、こちらはリオン、カマラ、フェイにセリーナが同伴。向こうもオルクスさんにマルガレーテ公子妃様や護衛の人が一緒にいる。


「なんでしょうか? アリアン公子」

「精霊の書物に記載されてあった繊維の加工技術の一つが再現できたので、お目にかけたく」


 そう言って、公子の合図でオルクスさんが出してくれたのは真っ白い布だった。


 送別会前の日は、かなり本気で近代技術の意見交換会をした。

 原油の精製による油の使い分け、石油加工精製は、産地であるシュトルムスルフトよりも火の王の杖を持ち、加工、加熱にアドバンテージがあるヒンメルヴェルエクトの方が上手くいきそうな流れだ。


 その後の実験で、石油加工製品の基礎であるナフサの分流。

 そこからさらに分離した成分に圧力をかけての凝固までは成功していた。


「綺麗な布ですね。透明感があります」

「元は一昨日、分離に成功した石油加工製品です。

 それを糸状にして、火の精霊から抽出した力を纏わせ、織り上げたものになります。

 ご覧下さい。オルクス」

「はい」


 アリアン公子の命令で、オルクスさんが掌の上に火の術を立てる。

 所謂ファイアーボール。

 それに別に用意してあったらしい布の小片を、そっと近づけ落とし入れた。


「うわー、凄い。燃えないんですね」


 炎の中に落とされても、その透明感のある白さを失うことがない。


「はい。このように火の中にそのまま放り込んでも、まったく焼け焦げることはありませんでした。

 しかも、熱、冷気に強く、この布を手袋にして炎の中に手を入れても、氷室の中に入っても温度の変化を全く感じなかったそうです」

「こんな薄い布なのに?」

「ええ。しかも柔らかいのにナイフを刺しても通らない。引っ張ったり、摩擦をかけたりしても破れない。とても丈夫な布なのです。ハサミで切ることはできますし、針で穴は開きますが」

「触ってもいいですか?」

「どうぞ」


 触らせて頂いた布は、精霊上布とはまた違う滑らかな肌触り。

 向こうの世界の防水性グローブとか、ウィンドブレーカーに似た感じ。

 カシャカシャとした感触もあって、向こうの世界のビニールやポリエチレンの加工繊維を思い出す。


「火や光に宿る精霊の力を、魔術師は物などに閉じ込めて制御することができます。

 火を発する石やエターナルライトの媒介石などもその実例ですね」


 魔王城や各国にあるエターナルライトの魔術は、クリスタルのシャンデリアのような感じで、光精霊の力の宿った石に、魔術師が命令を与えることで光り輝く。


 精霊の力というのは、いつも発動されるものでもなく、普段は無色のままあらゆるものに宿っていて。力ある精霊や、周囲の性質のついた精霊の力の増加によって変化するようだ。


 例えば……太陽が輝き、夜が昼になるのも、雨が降るのも、精霊の力の微妙な綱引きということらしい。

 自然法則も『精霊の力』が微妙に当てはまる様で、面白くも難しい。


「それの応用のような形で、布や糸に纏わせることで、どうやらその性質を宿らせることができるようなのです」


 そう言って、アリアン公子はいくつかの見本を見せてくれた。


 光の精霊の力を宿らせたものは、とにかく美しい。

 天然のスパンコールを散らしたようにキラキラ煌めいている。


 火の精霊の力を纏わせた布は、さっきも見たように、防炎、防熱に優れているそうだ。


「そこの魔術師君。君は風の魔術が得意だろう? ちょっとやってみてくれないか?」

「え? 魔術師君? 僕ですか?」


 アリアン公子の呼びかけに、私達は目を見開いた。

 君、と呼ぶということはセリーナのことじゃ多分ない。

 そもそも公子やオルクスさんの目は、はっきりとフェイを見ているし。


「そう。この布には精霊の力を纏わせていない。

 本来は糸に属性のついた精霊の力を纏わせてから織り上げた方が、しっかりと性質を取り入れられるのだけれど、布を精霊の力で覆うだけでも効果は出る。やってみてくれないか?」

「……いつからアリアン公子は、フェイが私の本当の魔術師だと気付いておられたのですか?」


 質問に質問で返すような形になってしまったけれど、怒る様子もなく、アリアン公子は小さく肩を竦めて見せた。


「それは、まあ、直ぐに。

 オルクスなどは特に、自分と同格の杖を持つ上級魔術師だと気付いたようですよ。シュトルムスルフトでの騒動も、その頃にはいくらか伝わって来ていましたし」


 確かにシュトルムスルフトでフェイの素性が認知され、明かされたのは一月も前の話だ。

 隣国の情報を集めているのなら、耳に入っていても不思議はない。


「ヒンメルヴェルエクトに対して、隠し事をしていたのがバレたと気にしているのなら、お気になさらず。強い魔術師を表に出したくないという気持ちや、彼の素性を隠したい事情も分かっていますので」

「申し訳ありません」

「セリーナ女史も優秀な魔術師であることは解っています。

 ヒンメルヴェルエクトの家臣たちの中では一番人気でしたし」


 セリーナが顔を赤くする。

 女史、と公子から敬意を込めた呼ばれ方をされて、少し照れたようだ。


 同時、私はちょっと気になることを思い出したのだけれど、その確認は後にしよう。


「まずはフェイ。やってみてもらえますか?」

「解りました」


 フェイが最初に、精霊の力を纏わせていない布というものに力をかける。


 風の王の杖を出し、術を使い始めた時には、虹色水晶が輝く様に周囲から声が上がったけれど、その後は結果の方に目が行く。


「そんなに外見の差は無いようですね。効果的には火の精霊の力の布と同じ感じでしょうか? 少し、軽量化された印象ですが」


 オルクスさんが布に火をつける。

 うん、燃えない。防炎効果あるようだ。防熱効果は少し弱そうとのこと。


 あ、そうだ。


「これらの布、水に濡らしたらどうなります?」

「普通に濡れますが……」

「フェイ」

「解りました」


 フェイに、無色の布に水の精霊の力を纏わせてもらう。


「ほう。水の精霊も使えるのですか? 流石ですね」

「基本的なものだけですが……。できました。……防水効果が高まったようですね。

 ほら、水を弾きます」


 術で精霊の力を纏わせた布は、フェイが落とした水の雫を弾いた。まるで撥水加工をかけられたみたいだ。


「これって複数属性の性質を合わせる事とかできないのでしょうか?」

「詳しく実験するには時間がありませんね。残念ですが」


 確かにタイムリミットだ。

 昼過ぎには送別の式典が始まる。そろそろ準備に戻らないと。


「見送りに来て頂けませんか? そうすれば今日の夜に宿でもう少し、試せるかも」

「大公閣下にお話ししてみます。ああ、本当に姫君を国にお返ししたくない」


 口惜しそうにアリアン公子が息を吐く。


「その知識と技術が我が国にあれば、間違いなく世界を動かし変える『新しいもの』を沢山生み出せるのに……」

「だから、私に求婚者が増えたり、随員達に接近する者が多くなったりしたのですか?」

「はい、そうです。

 なんとか姫君との繋がりを深めるように。と。

 無理にお引止めするのは反感を招く。せめて懸け橋になる者をと」


 悪びれもせずにさらっというあたり、悪意は本当に無いのだろう。


 未婚の男女総動員という形であったらしい。

 五百年の不老不死世。未婚の男女は大抵がキャリア重視だったり、身分が低くて仕事一筋だったりする人が多い。

 政略結婚とはいえ、大公閣下からの肝いりで、しかもある程度自分の好みで相手を選べるというので、随員達に求婚してきた人達は、むしろノリノリだった模様。


「私、政略結婚というものに、あまり好意的な感情を持てませんの。父母も祖父母も恋愛結婚だったから、でしょうか?」

「そうですね。人と人とが愛によって結ばれることができれば、それが勿論一番であると私も思います」

「ですので、今回は随員達への求婚などもお断りさせて頂きます」

「時間も少なく、強引でしたから。その点は理解しております」


 随員達への過剰なアプローチに対する抗議だったのだけれど、アリアン公子は素直に頷いてくれた。


「ですが、その後、関係が深まり、結婚などに話が進むことについてはお認め頂けますか?」

「そこは……人の恋愛や思いを止めることはできませんから」

「ありがとうございます。彼らには今後も、誠実な態度をと伝えておきましょう」


 でも、諦めてないぞ。

 って、笑いながらもその目は言っている。


 国同士の思惑はさておき。本当にこれがきっかけで、出会いの少ない公務随員達に出会いが生まれるのなら、それもアリかな、と私は思ったのだった。

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