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空国 神殿長視点 閑話 閉ざされた栄光  

 笑いが止まらない、とはこういうことを言うのだろう。


 目の前にいくつも積まれた袋には、どれも金貨が詰まっている。

 そして同じように重なった『新しい食』のレシピの数々は、どれも値千金。


 これからのヒンメルヴェルエクトにおいて、間違いなく大金を生むだろう。


「神殿長様、子ども達の用意ができました。

 連れて行きますがよろしいですか?」

「ああ、任せる。荷物なども全て持たせて何も残すな」

「はい」


 子どもと引き換えなら安いもの、ではない。

 ぼろ儲けだ。


 神殿孤児院という面倒で厄介なものを押し付け、より楽で金の入る事業を手に入れたのだから。


 気に入りの大聖都の葡萄酒をグラスに入れると、ロッサにも似た赤紫の色が揺れる。

 それが私には、まるで私のこれからの薔薇色の人生を映しているように思えて、また笑みが零れたのだった。


 数日前。

 アルケディウスの皇女、マリカがヒンメルヴェルエクトに来て一週間が過ぎようとしていたある日の事、私に面会と神殿訪問の依頼が届いた。


「ヒンメルヴェルエクトでは、神殿で寄る辺の無い子ども達を集めて、教育を与えていらっしゃると聞きました。

 その先見の明と、優しさに感動いたしました。ぜひ、見学させて頂きたいのですが」


 宮殿で顔を合わせてから、本当に直ぐの事。


 大公閣下や公子に圧力をかけるまでもなかったか。

 と、私は密かにほくそ笑んだ。


 せいぜい、客寄せに使わせて貰おう。


 そう思い、受け入れの許可連絡と共に各所に連絡、通知する。


「明日、皇女マリカ様が神殿においでになります。

 礼拝にご参加下さる予定ですので、ぜひおいで下さい」


 と、大店などにも声をかけておいた。


 勿論、孤児院の子ども達には、


「掃除と入浴をしっかりとしておけ。余計な事を言うんじゃないぞ」


 と言い含めておく。


 別に孤児院の子ども達に対して我々が何をしようと、文句を言われる筋合いはない。

 ないが、相手は大聖都で『神』の巫女を務める『聖なる乙女』。


 しかも子どもの保護育成に、常識外れの情熱を注いていると聞く。

 アルケディウスでは部外者の癖に神殿長を務め、訪問した初日に帳簿類を監査していったという噂まである。


 とはいえ相手は子どもだ。

 おそらく裏に皇王や親の差し金があったのだろう。


 表向き『綺麗』にしておけば、文句は付けられない筈だ。


 私は神官や下働き達に命令して、準備を整えた。


 翌日。

 彼女は大神殿にやってきた。


 服装は復活の儀式の時のドレスでは無かったが、白に金糸、銀糸の縫い取りのある美しいものだ。

 おそらく、神殿における『神殿長』の礼服だろう。


 なかなかに解っている。


 公子に公子妃、オルクス。

 それに噂に高い護衛騎士も連れていた。


 皇女の護衛士リオンは、かの勇者の転生を倒す実力者だと聞いている。

 子どもだが、実際、隙のない様子が見える。かなりの実力者であることが解った。


 まあ、私にはどうでもいいことではあるが。


「ようこそお越しくださいました。マリカ様。

『精霊神』を復活させた『聖なる乙女』に一目会いたいと、多くの者が礼拝に参っております。どうか、その顔と麗しのお姿を皆にも」


「解りました。私のような者が姿を現すことで、皆様が喜んで下さるなら。

 外ならぬ神殿長様の頼みでもありますし」


 少し、驚いた。


 勝手に決めるなと怒られるかと思ったのだ。

 でも彼女は私を、敬意を籠めた眼差しで見つめ、美しく微笑むと、請われるままに礼拝に出てその役目を果たしてくれた。


 彼女が讃美歌を歌い、微笑むだけで、礼拝に来た者達が息を呑むのが解る。


 なるほど。


『神』と『星』の寵愛を受ける『聖なる乙女』。

 ただものではない。


『聖なる乙女』効果でこの日の献金はとんでもない額になった、と聞いたのは後の事である。


 何せその後、私は忙しかったから。


 皇女に神殿を案内する。

 と言っても、大して見せるものはない。


 一番の秘密というか見所である『精霊石の間』は、既に彼女は入ったことがある。

 大聖堂は礼拝の時に入った。


 後はアルケディウスとの違いを見たいというから、儀式用の装飾品や参拝客に販売するアミュレットを作る工房、衣装などを整える裁縫部屋、厨房に図書館などを見せただけだ。


 その中で、孤児院も請われて案内した。


「現在、成人前の子どもは男児十二名、女児五名です。成人しても、買い手や引き取り手が付かなかった者が子ども達の世話をしております」


「この人数、全員がこの孤児院で過ごすのですか?」


 孤児院の部屋は男子部屋、女子部屋各一つずつ。

 後は全員が仕事や勉学を行う広間が一つあるだけだ。


 役立たずの子どもらに、そんなに金をかける余裕はない。


「日中は神殿内の掃除や雑用などをしておりますので、ここに来るのは夜寝る時くらいですから十分でしょう」


 孤児院の視察など、皇女の道楽かと思っていた。

 だが、思う以上に真剣な眼差しで皇女は部屋を見回した後、子ども達、一人一人の前に膝を折り、視線を合わせて声をかけたのだった。


「名前は?」

「何が得意ですか?」

「好きな事、やってみたいことはありますか?」


 皇女に声をかけられたことに慄き、まともに返答を返せない者が殆どであった。


 だが、側でオルクスやマルガレーテが手伝い、根気強く声をかける事で、皇女は子ども達の凡そから答えを引き出すことに成功したようだった。


「神殿長様」


 話を終えた皇女は私に視線を向ける。

 その眼差しはどこか潤んだようで、慈しみと敬愛を宿しているように、私には思えた。


「何ですかな?」

「神殿長様は、とても有能で先見の明をお持ちですね。行き場のない子ども達を集め、教育や仕事を与えておいでとは。私、感動致しました」


 案内後、皇女はそう言って私を随分と褒めてくれた。


 悪い気はしない。

 そして、さらに。


「子ども達の将来性を見込んで育てる優しさと聡明さを見込んで、お願いしたいことがあるのです」

「何でしょう」

「ヒンメルヴェルエクトにおける料理のレシピを管理する役割をお願いできないでしょうか?」

「なんと? 神殿にレシピをお預け下さると?」


 思いがけないことを提案してきたのだ。


「はい。勿論、お預けするレシピは神殿長様の裁量で運用して頂いて構いません。

 厨房を広げて、参拝客などに売るのもありかと思います」


「それは、ありがたいお申し出ですが……その代償として姫君は何をお求めなのですかな?」

「特に求めるものがあるわけではありません。この件は、私が同じ神殿長としてパレンテース様を尊敬し、貴方なら公家よりも上手く運用して下さると見込んでお願いすることですから」


 にっこりと皇女は私を見つめ微笑む。


 神殿の子どもらや神官達が私を見る目は、いつもどこか怯えたような、機嫌を伺うようなものばかりなので、こういう敬意と称賛の籠った眼差しは悪くない。


 本当に。


「それはありがたいお話ではありますが、今、神殿には余分な人でも場所も……」

「ならば、孤児院の子ども達を一時的に城で預かろう」

「公子?」

「実は新しく発見された技術を運用するにあたり、細かい細工が必要になる。

 その為に子ども達を雇用したいと考えていたのだ。無論、その分の代金は支払おう」

「そうですか……。国の事業の為とあれば仕方ありませんな」

「其方は有能だ。姫君が我らよりも見込むのも無理はあるまい。食に関して其方に任せよう」


「かしこまりました」


 私は内心で声を上げたいくらいの喜びを、平静に隠して頭を下げる。


「子ども達を手放すのは痛恨の極みですが、いずれ食の事業が軌道に乗ったらお返しいただくという事で、今はお預けいたしましょう」

「お願いいたします。信頼しておりますわ」


 そうして、わずか数日で事は進む。


 孤児院の子ども達を城に預け、代わりにレシピと大金を受け取る。

 近いうちに孤児院だった部分を食堂にして、大儲けさせてもらう予定だ。


「ハハハ、ハハハハハッ!」


 本当に笑いが止まらない。


 今までのように、大聖都への徴税を操作しても、これほどの金額は手に入るまい。

 ようやく運が向いてきた。

 この金額を元手に大聖都に戻れるようにするのもいいが、この国で伸び伸びと、私の王国を広げるのも悪くない。


 夢は広がる。


 私がそんな思いと共に葡萄酒を干すと、ほぼ同時、部屋の扉が叩かれた。


「どうした? 何があった?」

「大変です。神殿長。大聖都から査察官の方がお見えで」

「何?」

「何でも、神殿の会計に大きな不備が見つかったから話を聞きたい、とのことです。

 それから、公家の『精霊の遺物』盗難の訴えがあったとも……」


「……な……」


 ガシャン。


 周囲が一気に光を失っていく。


 思わず取り落とした葡萄酒のグラスが割れる音が、やけに遠く聞こえていた。

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