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魔王城 保育士の誓いと誇り

「マリカ、たまにはちょっと、来ないか?」


 リオンに言われて、私は一緒に森に出てきていた。

 フェイも一緒だ。

 狩りに同行している――とも言える。


 畑仕事や採集も、冬が深まり一段落。

 それに何より、クリスが考え込んでいる。

 だから今日の午前中は、子ども達には自由なお休み時間にしてあげるつもりだった。


「うん。一度、リオン兄たちの普通の狩り、見てみたい」


 アーサーも今日は留守番。城でナイフと盾の手入れをするという。

 アレクはリュート。エリセとミルカはお料理自主練習。

 シュウは新しい道具作り。ヨハンはクロトリたちと遊んでいる。


 ギルやジョイも最近はヤギの世話やオルドクスと遊ぶのが好きみたいだし、最年少のジャックやリュウでさえ、二人で仲良く積み木遊びを楽しめるようになった。


 それぞれ、自分のやりたいことを見つけられるようになってきた。

 それは、とてもいいことだと思う。


 なので私は、子ども達をエルフィリーネやティーナ、アルやオルドクスに頼んで、リオン達と一緒に森に出てきたのだ。


「クリスのこと、どう思う?」


 森の中を歩きながら、リオンがそんな声をかけて来た。

 やっぱり、外に誘ってきたのはその辺の話があったからか。


「うーん、クリス次第かな?」


 日和見だけど、今のところはそう答えるしかない。

 クリスが、自分はどんな風になりたいのか。

 それを考えて決めてからでないと、多分、私達の介入は“おせっかい”になる。


「本当は、もっとゆっくり考えさせてあげたいんだけど……」

「その辺、マリカは過保護だと思うんですよね。

 向こうの世界の子ども達は、本当に幸せに守られているのですね。羨ましい」


 どこか吐息交じりのフェイの言葉に、私は苦く笑うしかない。


 五歳で『自分が大きくなったら何になりたいか』を本気で考えるなんて、向こうの世界では、あまりしない。

 させない。


 でも、この異世界では確かに、そうはいかないのだと解っている。


 五歳となれば何でも自分でやらされる。

 将来を選ぶ選択肢も、ほとんどない。

 子どもが人権のないこの世界だから、なおのこと顕著だ。


 のどかに見えても厳しい、中世ファンタジー世界の実情。


 保育士()がいる以上、せめてできるだけ守って、選択肢はあげたい。

 ――そう思ってしまうのは、きっと私の業だ。


「ゆうびんやさん、でしたか?

 伝令をやりたいってのが、クリスの願いだったと覚えていますが?」

「うん。足の速さを生かすにはいいとも思う」

「だが、伝令ってのも、そう簡単じゃないぞ。色々と危険だし」

「危険?」


 首を傾げる私に、リオンとフェイがそれぞれ頷く。


「伝令というのは単独で動くことになるでしょう?

 基本は足の速さを生かして逃げるにしても、ある程度の戦闘力は身に付けさせないと」

「たまに、こういうのもいるからな……」

「こういうの?」


 静かに、と指を立てるリオン。

 その視線の先を見て、私は絶句する。声も出ない。


(く……くまああ!!)


 そこにいたのは、巨大な熊だった。


 動物園で見た、のんびり可愛い熊さんのイメージと、森の中で見るそれは、本当に、まったく違う。

 口を開け、飢えた印象でのそのそと徘徊している。

 すごく大きい。


 百キロとかでは効かない気がする。

 私なんか、あの大きな片腕と並んでも負けそうだ。


(こ、この世界にもいたのか……)


 っていうか、ここ割と水場と城下町の近く!

 イノシシとか鹿とかだけでも危ないのに、熊もいたの?


 ――子ども達を割と油断して遊ばせてたけど。

 けっこう危険だったんじゃ?


 背中がぞわりとする。


 フェイに目で合図をした、その瞬間。

 リオンの姿が、ふっと“かき消すように”消えた。


 少しして、杖を出して軽く振るフェイ。

 その視線の向こうで、ガサッと茂みが揺れる。


 熊の視線が、くっと音の方へ向いた。


 ――そこに、リオンがいた。


 一直線に、まるでダンプカーのように突進していく。凄いスピードだ。


「危ない!!」


 私が叫ぶのとほぼ同時。


 ガツン!

 鈍い音。


 リオンに向かって突撃した熊が、ドスンと大きな音を立ててひっくり返った。

 気が付けば熊の正面ではなく、真横にリオンが立っていた。

 足払いか、罠か。


 ジタバタと暴れて起き上がろうとする熊の首筋を、リオンは一切の躊躇なく切り裂く。


 ザシュッ。


 皮と肉と、命を深く裂く音がして。

 微かに手足をばたつかせた後、熊は絶命した。


「うっ……」


 思わず口を押さえる。

 鳥やイノシシを捌けるようになっても、目の前で命が消える瞬間を見ることは、今まであまり無かった。


 ――無いように、二人がしてくれていたことも解っている。

 でも、解っていても。覚悟をしていても。


 あんまり気分のいいものではない、と実感した。


「普通の熊なら、城の側に来ない限りは放っておくんですが。

 中には屍肉の味を覚えた獣もいるんですよ……死者の肉とか。

 人の姿を見て襲ってくるのは危ないですね。

 ただでさえ、人の手が何百年も入っていなかった森ですから。熊やオオカミなど危険な獣は飽和状態だと思いますよ」

「オオカミもいるの?」

「オオカミは賢いので、人里の方には滅多に来ませんよ」


 本当に背筋が寒くなった。


 反省する。

 油断しちゃいけない。

 子ども達から目を離しちゃいけない。

 ここは安全な日本じゃないんだ。


「まあ、城下町や畑近辺には、ほとんど来ないさ。

 人里に近寄るのは危ないって、奴らも解ってる。俺達もいるしな」


 短剣を拭きながら、リオンが戻って来た。


「ありがとう……リオン」


 私は熊の側に立ち、手を触れる。

 この熊も、私達が生きるために奪った命。無駄にはできない。

 皮と肉、できれば骨も。無駄なく使う。


「ねえ、リオン」

「なんだ?」


 ギフトを使って熊を解体しながら、私はリオンを見た。


「二つ、お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」

「なんだ?」


「一つは宝物蔵に、クリスが使えそうな武器があったら見繕ってあげて。

 多分、どんな道を選んでも、足の速さを生かすならクリスはリオンと同じ軽戦士系になると思う。

 使いやすいの、選んであげて欲しいの」

「ああ、それくらいならお安い御用だ。あと一つは?」


 大きく深呼吸。私自身にも言い聞かせて。


「冬の間、私達に、アルみたいに武器の扱い方を教えて」

「私達?」

 首をかしげたのはリオンじゃない。フェイだった。

「クリスとアーサー。

 あと、あんまり積極的にはやらないと思うけど、他の子達も興味があるなら。

 それから、私にも……」

「……マリカ」


 ロッカーの上に預かって、飾ってあるだけの剣がある。

 いざという時、それをちゃんと使えるぐらいの力を身に付けたい。


 子ども達に武器を取らせるなら、何よりもまず私が戦えるようにならないと。


「俺は、お前にはあんまり戦わせたくないけどな」


 息を吐き出すリオンに、私は頷いた。


「うん。頼りにしている。

 不老不死で体が傷つかないなら多分、戦闘も捕縛とか罠とかメインになってそうだし、対人関係ではそんなに役に立たないかもしれない。

 でも、それでも勉強して、身に付けておきたいの」


 一人で伝令をするクリスのことだけじゃない。

 いつか、リオンもフェイもいない局面は必ず出てくる。


 二人は必ず助けに来てくれる。

 だからそれまで――生き残って、子どもを守る力量を身に付けないと。


「冬は時間があるから。

 去年やった鬼ごっこや運動遊びと一緒に、剣の訓練もしよう。

 戦いごっこ。チャンバラ遊びは定番だし」

「解った」

「それなら僕も参加します。

 最高峰の騎士から戦士としての戦い方を学んだリオンの技術を学んでおきたいですからね」


 フェイの言葉に頷きながら、リオンは私を見る。


「ただ、一つ、約束だ」

「何?」

「命を守ることを優先するんだ。マリカも、チビ達も。

 積極的に敵を倒そうとか、殺そうとか考えるな。

 危険な目に遭ったら命を守り、その場を凌ぎ、逃れることだけ考えるんだ。

 ……必ず、俺が助けに行くから」


 真剣な目と、思い。

 口に出すまでもないけれど――私は頷き、微笑んだ。


「うん。リオン。

 私達の勇者『アルフィリーガ』。信じてるから……」


 戻って来てから、クリスの顔を見る。

 朝よりも、ずっと表情が晴れ晴れしていた。


 ――どうやら、答えは出たらしい。


「マリカ姉!」


 夕食の後。

 勇気を振り絞って話しかけたであろうクリスに、


「なあに? クリス」


 私は視線を合わせて話を聞いた。


「ぼく、ぶきは……まだいらない」


 戦わない。

 戦うための武器が欲しいわけではない。


 そう答えを出したクリスに、少し驚いた。

 けれどクリスの目は真剣そのものだった。


 私、リオン、フェイ、アル。

 ティーナやエルフィリーネ。

 みんなの前で、誓うように思いを口にする。


「ぼくは、みんなのゆうびんやさんになる。

 みんなに、にもつや、だいじなものをはこんであげる、ゆうびんやさんに!

 この速い足で、みんなの役にたつんだ!」


「うん。なら、いいよ」


 伝令として、言葉や思いや、願いを繋ぐ役目をしたい。

 それがクリスの出した結論なら、反対する理由は何一つない。


「クリス、これあげる」


 私は宝物蔵から、リオンが出してきてくれた短剣をクリスに渡した。

 軽量化の魔術がかかっている逸品。

 小さな精霊石がついていて、今のところは眠っているけれど、いつかクリスが使いこなせれば守護する精霊が目覚めるかもしれないという。


「それはね。

 リオン兄が魔王城の宝物蔵から選んでくれた、クリスの為の短剣。

 郵便屋さんも、かんたんじゃないよ。荷物を運ぶ間は一人だし、助けてくれる人は、だれもいない。

 だから、自分の身は自分で守らなきゃいけない。わかる?」

「うん」


 リオンに告げられたことを、私はクリスにも告げる。


 私より、リオンやフェイの側で『命のやり取り』を見てきたクリスだ。

 意味はきっと解っているはず。


 真っ直ぐな目で頷くクリスに、私は続けた。


「だから、今まで通りアーサーと一緒にリオン兄に戦い方とか、ナイフの使い方を教えて貰って。

 そして、必ず、自分の命を守る。命と荷物だったら、命を守る。これは絶対に約束して」

「うん」

「クリスは、きっと、みんなの大切なものを守って運ぶ。郵便屋さんになれるよ。がんばって!」

「うん!!!」


 ここは異世界。


 向こうの世界とは、常識も何もかも違う。

 同じ保育は、できない。


 安全に危険から守って、育ててあげることも、できない。


 でも。


 児童は、人として尊ばれる。

 児童は、社会の一員として重んぜられる。

 児童は、良い環境の中で育てられる。


 私が、胸に今も抱く、日本の誇り。

 子どもの幸福を願う、その思いだけは――

 絶対に守っていこうと思っている。

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