風国 墓標の前の約束
私達はファイルーズ様と思しき女性の白骨を改めて布で包み直し、ザクロの木の根元に埋葬した。
不老不死世界になって葬儀などは殆ど行われていないと言っていたから、この世界の埋葬の礼は解らないけれど、居合わせた全員で土をかけ、祈りを捧げる。
周囲からできるだけ美しく咲く花なども探してきて、植えたりもした。
死者の身体を栄養として、なんて忌避するのはザクロの木の事もあるし、今更だろう。
埋葬の間、フェイは終始無言だった。
一番かいがいしく動き、仕事もしていたのだけれど、時折、服の隠しに手を当てている様子も見られ、見ているこっちの胸が詰まる。
塵となって消えたファイルーズ様の身体。
本当は王宮に連れ帰って、王妃様や王太子様と会わせてあげた方が良かったのかもしれない。
でも、白骨を連れ帰ることにシュトルムスルフトの許可が下りなかった。
必要なら後で、確認においでになるだろうとのこと。
遺体をオアシスから離すと、オアシスが枯れるかもという危惧もあったっぽい。
残った短剣と、不思議な石は証拠として持ち帰った方がいい、という侯爵の息子からの提案で、遺骨と一緒に埋葬はせず、王太子様に届けることにした。
今は、フェイが身に着けている。
「ねえ、リオン」
「何だ?」
作業のどさくさに紛れて、私はリオンに聞いてみる。
「精霊石って、人間の身体からできるの?」
「いや、そんな話は聞いたことはない。
精霊石っていうのは、精霊の力が結晶したもの。
人の助けになることを望み、『精霊神』や『星』によって容を与えられた存在――そう聞いてたし、思ってる」
「だよね?」
でも、ファイルーズ様の亡骸から出てきた石は、どこからどう見ても精霊石に思えた。
しかも雰囲気が、エリセやファミーちゃんを助けてくれている全属性持ちの精霊石とよく似ている。
男女の性別の無い精霊石の中で、女性、少女の個性を持ち、弱いけれども属性関係なく、ありとあらゆる精霊に力を届けるという。
私はふと思い出していた。エリセの精霊石、エルストラーシェ。
あの子は確か、シュルーストラムの妹石だとか、シュルーストラムはとても気にしていたっけ。
精霊石の兄妹は、同じ時に生み出された縁があるもの同士を言うらしい。
でも、それがどうにもおかしい、と言ったら、シュルーストラムとエルストラーシェの間には特殊な事情がある、と『精霊神』様は教えて下さった。
特殊な事情。
それは風の王の杖が記憶を封じられ、故郷から離れることになった事情に由来するのだろうか。
今は、シュトルムスルフト側の目もある。
シュルーストラムを出して事情を聴く事もできないけれど、後で時間を作って聞いてみたいな。
「……でも、いろいろ納得がいったな」
「何が?」
独り言のように呟いたリオンは、その言葉通り、なんだか納得した顔をしているけれど、私には言っている意味が解らない。
首を傾げる私に、リオンは教えてくれた。
「フェイが、小さな子どもが廃墟に一人でいた理由、だ」
「廃墟に一人でいた理由?」
「ああ。多分、フェイが見つからないように。
自分を探す追手や親に見つけられないように、母親が隠したんだ」
さっきの幻の映像が事実であるのなら、フェイと母親は一時期、確実に一緒に暮らしていた。
でも、ファイルーズ様が連れ戻された時は離れ離れだった。
もし、フェイを人質にすることができていたのなら、もう少し違った形で脅迫できていただろうし、何より『聖なる乙女の子』。
王位を継がせる事はしないにしても、多分、魔術師の素養がある子ども、として便利に使われていただろう。
権力がある王太子と王妃様の一族を牽制するとか。
「そういえば、娘って言ってたよね」
「ああ。多分、頭の良い方だったんだろうな。フェイの母親は。
あの一言で、フェイが捕まっていないのが解った。
自分がここで死ねば、親達はフェイの居場所を知ることができなくなる。
後から探すとしても、女と思い込んでいるから『フェイ』にたどり着くことはできない」
「うん」
他に色々と理由はあるかもしれないけれど、ファイルーズ様が自害した一番の理由はフェイを守ることだ。
最初に会った時に第一王子がフェイに「お前は男なのか?」というような事を聞いていたのも、そういう流れがあったからだと思えば理解できる。
「親に見つからないようにフェイを隠し、精霊に頼んで移動と隠ぺいの魔術を施した。
そして自分が囮になってフェイを守ったんだ」
「優しくて、強い方だったんだね。ファイルーズ様」
リオンにフェイが保護されたのも、そう考えると偶然では無かったのかもしれない。
フェイを救ってくれる人が訪れるのを、精霊達は待っていたのかも。
「出会った時に感じた強い魔術師の才能も、『七精霊の子』であるなら納得だ。
俺があいつを拾って、あいつが魔術師を志してシュルーストラムの主になったのも、運命――というか、『星』の導きだったのかもしれない」
「うん」
勿論、ファイルーズ様が見つからず、フェイを育ててくれていた方が、フェイにとっては多分幸せだったと思う。
でも、そうだったら、リオンと出会わず、魔王城に来ることもなく、私達ともシュルーストラムとも出会うことが無かった。
そうだったら、きっと私もリオンも今、この場に立っていることはできなかっただろう。
途中で間違いなく詰んでいた。
「ファイルーズ様」
「マリカ」
お墓の整備が終わった後、私は墓標代わりのザクロの木の前に進み出ると、膝を折った。
佇むフェイが、私の方を見て瞬きをする。
うん、やっぱり、これだけは伝えておかないと。
「フェイを生んで、私達と出会わせて下さって、ありがとうございます。
今までも、これからもフェイは私達の大事な仲間で、兄弟で、家族です。
一緒に生きて、必ず幸せになりますから、見守っていて下さい」
「フェイは俺の大事な相棒で、片翼だ。
死ぬまで共に生きていく。
だから、安心して任せてくれ」
「リオン……」
私達はそう、遺骨と墓標に向けて祈ったのだけれども。
「マリカ様! あれを!」
セリーナがフェイを指さした。
フェイが服の隠しから、そっと取り出したのは、さっきの石。
静かに、でもはっきりとした光を放っている。
まるで、私達の誓いに微笑んでいるかのように。
「もしかして、喜んでくれているのかな?」
「ええ、きっと……」
精霊石には意思があり、心がある。
ファイルーズ様の身体はここに埋まっているけれど、心は、きっと石に宿ってフェイを守っているのだと。
私はそう信じることにした。
オアシスでいくつか新しい食材を調達し、その後は、お願いした黒い油の採油所を見学させて頂いた。
私は油田から出てくる原油なんか見たこと無いから、はっきりとは解らないけれど、どろどろ真っ黒な液体が溢れる泉が、小さな小屋で囲われている。
なんだか鼻を衝く懐かしいような匂いは、やはり異世界地球の記憶にある石油。
ガソリン、灯油の匂い、ということなのだろう。
私は原油の匂いなんて嗅いだこと無いけれど。
「このようにして、カンテラに入れてランプとして使っています。
匂いが少し強いですが、持ちがとてもいいのです」
採油所の管理をしている人が見せてくれた。
油の側だからホントは火気厳禁、だけどね。
「何樽かお預かりしていってもいいですか?」
「どうぞ」
フェイが見つけた原油の蒸留精製法が、どの程度中世異世界で実現できるか解らないけれど、試すにも現物が無いといけないからね。
こうして私達は、シュトルムスルフト、最初で最後の休み。
いくつものお土産と共に王宮に戻ったのだった。




