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風国 黒い油と『精霊』の恵み

 その日、フェイはなかなか戻って来なかった。


 昼が過ぎ、夕方になっても梨のつぶて、鉄砲玉。


 色々あったシュトルムスルフトなので、また拉致とかされてないか心配はあったのだけれども、様子を見に行ってくれたリオン曰く。


「本を読みまくっているだけだから心配いらない。

『精霊古語の本は、ざっと見た所三十冊前後なので、滞在中に全部確認しておきたいと思います』

 だとさ」


 だって。


 三十冊前後、ってあっさり言うけど、この場合の精霊古語の本は明らかな専門書である筈だから、一冊のボリュームが相当で、しかも新しい技術が書かれていたりするんだよね。

 サークレットで、本当にフェイに何かスイッチが入っちゃったんじゃないかなって思う。

 あんまり根を詰めすぎて、身体を壊したりしないといいのだけれど。


「解った。でも無理はしないで。

 明日はファイルーズ様のオアシスに行くから、夜更かし厳禁って伝えて」

「了解。聞くかどうかは解らないけどな」


 フェイを待つ間、私達もぼーっとはしていられない。

 シュトルムスルフトでの契約や、最終日の宴席に向けての最終調整、儀式の準備など、やらなければならないことはたくさんあるからだ。


「ミュールズさんは、明後日の儀式の準備をお願いします。

 明日、私は早くに外出しますが、必ず日帰りで戻ってきますから」


「承知いたしました。

 ですが、本当にご無理はなさらないで下さいませ」


 前国王様との騒動で色々心配をかけてしまったミュールズさんは、顔を顰める。


「明日の外出には、私も同行いたします」


 そう言ったのは、やはり心配をかけてしまったミーティラ様。


「砂漠や乾燥地帯の調査、護衛は慣れています。

 お任せ下さい」


 絶対に引かない、という目をしていたのでお願いすることにした。


 ノアール、セリーナ、カマラが同行。

 プリエラは留守番だ。


「ミリアソリスや文官達は、この国に残していくレシピの纏めに入って下さい。

 あと、このメニューを清書して厨房に提出。

 晩餐会用の献立です」

「かしこまりました」

「一般商業契約の方はどうなってるかな?」


 王宮の方で手いっぱいで、アルの方を助けてあげられなかったけれど。


「シュトルムスルフトでの商業契約は、もう終わってる。

 今回は、やる気と実力のある商会に任せられたから」


 と、アルは言う。


 個室で護衛を入れての打ち合わせ。

 護衛と言っても身内だけだから、アルには普通に話をして貰った。


 その方が私は嬉しいし。


 選ばれたのは、王都の商業ギルドの長が率いる商会。

 意欲をもって手を上げてきた上に、誠実に対応してきたので、何度かの調整の後、今回は正式契約まで終えてあるという。


 それは何より。


「ただ、今のところ、この国からどうしてもって輸入したい食材とか、少な目なんだよな。

 麦は育ちにくいし、ココの実や香辛料はプラーミァが強い。

 北の緑地帯の野菜は上質なんだけれど、輸入となると鮮度が保てないから国内消費が中心になるだろうし」


 今の所、有望なのは干しナツメヤシ――デーツとピスタチオ。長粒種のリアくらい。


 向こうの世界で私が食べてきたのは、所謂ジャポニカ米だったけど、この国で見つかったお米はいわゆるインディカ米だ。

 インディカ米は、おにぎりとかには今一つ向かないけど、リゾットやピラフなどにすると美味しい。


 アルケディウスなどで流行している、おむすびなどを作るには向かないから、やっぱりこちらも国内消費が主になるだろうね。

 できるだけ、国内のもので楽しめる味を考えて残していかないと。


「北の緑地帯と砂漠地帯の中間地点で、面白いものが育ってるって売り込みもあった」


「面白いもの?」

「これ。油がかなり取れるんだって。

 女性が、シュトルムスルフト風に髪油に使ってるって」

「うわー、ヒマワリ。

 こっちにもあったんだ」


 アルが見せてくれたのは、ヒマワリの種だった。

 けっこう大きい。


 種を油が採れるくらいに育てているのなら、きっとシーズンは見事な眺めだろうなあ、と思う。

 見てみたいものだ。


「あと、オリーヴァもけっこう栽培できるみたいだから、力を入れて育ててみるように話してみた」

「ありがとう。私も王太子様に話してみる」


 ただ、やっぱりシュトルムスルフトは、外に輸出できる食材は少ない印象だ。


 リアや小麦も、豊かな北方面が栽培の中心になる。

 今後、『精霊神』様によって砂漠地帯が少しずつ力を取り戻していくにしても、国内分全部の食糧を賄うのはかなり大変そうだ。

 各国から輸入する為には、交換できる産業、もしくは資源が必要になると思うんだよね。


 シュトルムスルフトだけの武器がいる。

 何があるだろう。


 この国の特産は染色と聞いていたけれど、それだけでは今後難しいだろうなあ。

 私はアルのレポートを見ながら、新体制に移行するこの国の為に、何か助けになる武器はないだろうかと考えていた。


「そうなると、やはりカギを握るのは黒い油、かもしれないですね」


 深夜少し前。

(リオンに半ば強引に引っ張られて)戻ってきたフェイは、ばさりと書類の束を机の上に落としてそう言った。

 ミュールズさん達は、早く寝ろと睨むけれど、明日は明日で朝早いから、今でないとフェイの成果を確認できない。


「これ何?」

「めぼしい本の翻訳です。

 思った通り、シュトルムスルフトには黒い油の活用方法が色々と載っていました」


 ちらっと見せて貰ったけれど、かなり専門的で私にはわけわかめ。

 ただ、図解もいくつかあって、石油精製の蒸留かな、って思うものもあった。


 油っていうのは植物油もだけど、最初絞った時には不純物がいっぱい。

 それをろ過したり、蒸留って形で精製したりして綺麗な油にする。

 オリーヴァ油など、精製しない方がいい油もあるけれど。


「以前、エクトール領で聞いた蒸留――油や液体を加熱して気化させ、それを再び冷却することで不純物と分離させる技術があれば、それぞれに特色のある油を得ることができ、現在、接着剤、もしくは灯火にしか使っていない石油を、さらに色々なものに活用できると思います」

「でも、蒸留の為の施設を作ったりするのは大変じゃない?」

「そうですね。

 特に石油の蒸留の為には、かなりの高温加熱が必要なので。

 一度気化させてしまえば、風の術を上手く応用することで分離はかなり楽に行けると思うのですが」

「この国の『精霊の力』だけでいける?」

「どうでしょう。

 火を風の力で高めれば行けるかもしれませんね。

 とにかく高温が必要なので、普通に火を燃やしただけでは難しく、設備が必要です」

「やっぱり『精霊神』様を復活させてからの話かな?」


「そうですね。

 食用には向かないですが、この油が実用化できれば、灯火などに使っていた植物油を食用に回せますし、特殊な機械を作り、その燃料として活用することもできるかもしれません」

「特殊な機械……その設計図っぽいものもあったりする?」


 もしかしてガソリンエンジンとか、蒸気機関などかな? とちょっと思った。


「いくつかは。

 国に持って帰って、タートザッヘ様やソレルティア様などと相談したいところです。

 完全に理解できている自信はありませんが、火を沸かし、その熱と蒸気を利用して力を生み出すような、全く新しい機構と思われるものもありました。

 これを精霊魔術と併用すれば、かなり生活を便利にできるかも」


 ……この世界の国々には、それぞれ特色や得意分野がある。


 農産物少な目で、生きるのに厳しいアーヴェントルクやシュトルムスルフトも、鉱山や石油資源があって、工夫次第で他国とちゃんと渡り合える。

 一方で、一つの国だけではできることの範囲が狭くて停滞してしまいがち。

 効率が悪いな、と思いもするけれど、それを生かし、他国と協力し合うことで発展することができるようになっているんだな、と思った。


 そこに私は、『星』や『精霊神』様の願いを感じる。


 互いに協力し合い、助け合い、支え合って生きて欲しいという。

 七国に別れてこそいるけれど、大陸全体が七精霊という兄弟神と、『星』の思いによって導かれた一つの世界なんだよね。

 きっと。


「ご苦労様、フェイ。

 まだ書庫に未練はあるでしょうけれど、明日には石油の採掘場と、ファイルーズ様のオアシスに行くので、今日は休んで下さい。

 王太子様への報告は戻って来てから」


「解りました。

 でも、オアシスで一体何を?」


「ファイルーズ様を、あのオアシスから解放して差し上げたいなって思って。

 フェイも、お母さんにちゃんと会っておいたほうがいいよ。

 自分を生んでくれた親は、やっぱり大切にしなくっちゃ」

「マリカ……」


 もうすぐ、シュトルムスルフトでの滞在も終わる。


 次に来れるのはいつになるか解らないから、できる限りのことをしていきたいと、私は思っている。

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