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王都 ガルフ視点 皇子と商人

 何故、こういうことになっているかはよく解らない。


「いや、このパンケーキというものは素晴らしいな。

 ふんわりと甘く、それでいてしっかりとした味わいがある。

 ベーコンという肉も美味いが、甘いものとしょっぱいもの――それらが合わさってもケンカせず、口の中で見事に溶け合う。

 このような美味は正真正銘、生まれて初めてだ」


 通常営業を終えた本店の貴賓室で、正真正銘の王族が、うちの店の飯を『美味い、美味い』と食っている。

 それも、ただの王族ではない。


 この世界、唯一人の『生きた伝説』。

 魔王を倒し、世界に不老不死をもたらした、勇者伝説の生き証人。


 戦士ライオット。

 皇国第三皇子にして騎士団長――ライオット様だ。


「肉料理、ハンバーグというものも美味かった。

 決して高い肉ではなかろうに、丁寧に調理されているのが解る。

 肉を叩くにも、焼くにも、料理人の努力と工夫が感じられる。

 ただ焼いただけ。濃い目に高い香辛料で味を付ければいいだろうと甘えている城の料理人達に、食わせてやりたいくらいだ」


 凄い勢いで料理が呑み込まれていくが、決して不作法ではない。

 しっかりと噛みしめ、味わい、目を細め、そして的確に料理人を褒める。


 ――それは、唯の者にはできない。

 真に高貴な生まれと育ちと心を持つ者だけができる所作なのだと、感服せざるを得なかった。


「ピアンの果実水、エナのスープ。前菜のサーシュラのマリネとパータトのサラダまで、全てが本当に美味であった。

 流石、噂に名高いガルフの店。

 王都に味をよみがえらせた剛腕の商人よ」


 満面の笑みを浮かべ、口元を拭う皇子に、俺は深々と頭を下げる。


「お褒め頂き、ありがとうございます。

 我らの方こそ、伝説に名高きライオット皇子にご来店いただき、食事を召し上がって頂いたこと、光栄の至り。

 さらには過分なるお褒めの言葉を賜り、恐悦至極にございます」

「いや、本来は噂の屋台の串焼きというものに興味があって、市内巡視がてら店を探したのだがな。

 あのような騒ぎに便乗して、料理を振る舞わせるような真似をしてしまった。すまぬな」

「こちらこそ。店と我々をお助け下さいましたこと、感謝の念に堪えません」

「皇国王都の治安維持は俺の務めだ。あのようなごろつきを放置してしまったことも、遠くは俺の責任。許せ」

「もったいなきお言葉、感謝いたします」


 実物を見るのは初めてだが、やはり皇子ライオットという方は噂通りの方だと思う。


 王族、貴族という者は多くの場合、平民を下に見る。

 税を支払えない貧民は勿論、税を支払う市民にすら見下げた態度で接し、無理難題をふっかけるのだ。


 だが、皇子ライオットだけは違う。


『国同士の戦には関与しない。俺の力は民と精霊を守る為のものだ』


 と公言し、騎士団長として都の治安維持に努めている。

 民の人気も絶大で、裁きも公正。

 人々が不老不死ではなく、王が世代交代するのなら、無能、浪費家と名高い第一、第二皇子ではなく、彼が王位を継ぐだろうと言われているほどに慕われている。


 勇者と共に戦った時は十代後半だと聞いていたが、今の外見は俺と同じくらいか、もう少し年上に見える。

 顎ひげをたっぷりと蓄えた威厳。

 四十代後半から五十代くらいだろうか。


 珍しい話だ。

 同じ不老不死になるのなら若い方がいい、と選べる者は、少しでも早く不老不死になろうとするのに。


「皇子、もしよろしければこれを……。

 お助けいただいた感謝の気持ちでございます」


 食事を終え、満足気な皇子に、俺はリードに合図して、最後のデザートを運ばせる。


「まだ店には出しておりません。

 新作の菓子にございます。もしよろしければ最初に御味見を」

「ほう!!」

「甘いものはお嫌いではありませんか?」

「いや、嫌いではない。

 むしろ好きだが、甘味と言えるものなど、我らとて今の世では簡単には口にはできぬ」


 クリーム色の皿の上に、普通のパウンドケーキと、オランジュのシロップ煮を乗せたパウンドケーキを一切れずつ。

 鮮やかな黄色と、少し橙がかった二色が、なかなかに美しい。


 白くふんわり泡立てたクリームと、飾り切りにしたオランジュを添えた。

 飾り切りの仕方は、魔王城で教わった『うさぎりんご』とやらを真似てある。


 オランジュは魔王城の島には無い、皇国の果実だ。

 黄色い実が美しいので、セフィーレよりよく見かける。

 使えないかと思い買い取って絞ってみたら、良い果汁も採れ、ジャムやシロップ煮も美味だった。

 この国で出すなら、セフィーレより親しみやすいのではないかと試行錯誤しているところなのだが――さてさて、王族の反応はいかに。


「これは、美しいな。

 こんな美しい料理は王宮でも見たことがない」


 喉を鳴らしながら皿を見つめた皇子は、ナイフでまずは一口、普通のパウンドケーキを切って口に運ぶ。


「こ、これは!!」


 皇子が目を丸くしたのが解った。


「甘い。だが、このような甘さがあったのか?

 口の中でふんわりとほどける様に溶ける。

 先ほど食べたパンケーキとも似ているが、もっとしっかりとした強い甘さで、それでいて強く主張することなく、小麦やバターと混ざって優しく広がっていく。

 なんだ? この味わいは……驚きだ。

 ……こちらに入っているのは、オランジュか?」

「はい。果汁と、果皮を砂糖で甘く煮詰めたものを使っております」

「爽やかな香りが口の中に広がり、食べやすい。

 噂のパンケーキも素晴らしいものであったが、このデザートの美味さはそれを上回る……」


 美味しさに感動してくれたのもありがたいが、はっきりと言葉にしてくれたのがもっとありがたい。

 きっと部屋の外で、ヒュージ達も胸を撫で下ろしていることだろう。


「このような美味が、この世にあったのか?」

「流石、皇子様。そこまで味わい、お褒め頂けるとは、我らこそ驚きと感謝の念に堪えません。

 王都で最初に皇子に食べて頂けたこと、我らとこの料理の誇りとなりましょう」


 俺とリードが頭を下げると、皇子は心から満足と言う顔で息を吐き出した。


「実に美味かった。

 城を抜け出し、街まで降りて来た甲斐があったというものだ。感謝する」

「我らこそ、ありがたいお言葉、心より感謝申し上げます。どうか、今後とも良しなに」

「……? また来ても良いのか?」

「はい、いつなりと歓迎申し上げます。

 ただ、できれば先ぶれを頂ければ、より満足して頂ける料理が用意できるかと」

「解った。心がけよう」

「ありがとうございます」


 俺も皇子とは違う意味でだが、顔に出さず安堵の息を溢した。

 貴族を通り越して王族、しかも第三皇子ライオットに認められたとなれば、店にも箔が付く。

 ……まあ、あまり大っぴらに『第三皇子贔屓の店』などというつもりはないが。


「ところで、店主……ガルフ、と言ったか?」

「はい。なんでございましょうか?」


 すっと、今まで料理を楽しんでいた皇子の顔が、真剣なものに変わった。


「料理の件とは別に、そなたに聞きたいことがある。

 人払いはできるか?」


 ここにいるのはリードと俺だけ。

 二人で話をしたい、ということか。

『料理の件とは別に』と言った。城の料理人にレシピを教えろという話ではなさそうだ。


 皇子が一体、俺に、何の用が……。


「解りました。リード、食器を片付けて、少し下がれ」

「旦那様」

「いいから、下がれ」

「安心するがいい。店主をどうこうする、という話ではない」


 心配そうだったリードも、皇子にそこまで言われては逆らえない。


「解りました」


 食器をカートに乗せて、お辞儀をし部屋を出たリードの気配が遠ざかっていく。

 それを確認して、皇子は大きく息を吐き出した。


「正直に言おう。ここ数日、お前に声をかける機会を伺っていた。

 あの場で現れ、お前達を助けたのは偶然のように見えて、そうではなかった。

 まあ……お前を監視しているのは俺だけでは無かったが。

 気を付けるがいい。つけ狙われているぞ」

「は? 何故」


 皇子への態度ではないと分かっていても、俺は驚きに目を瞬かせた。

 つけ狙われている――ということは、まあ、感じてはいたし理解もできる。

 だが、皇子が俺を? 理由が分からない。


「答えられぬことなら答えずとも良い。聞くだけでも構わぬ。

 これは俺の独り言だ」

「ですから……一体、何のことで……?」


 俺の言葉を聞いているのかいないのか、皇子は静かな声で告げた。いや、問うた。


「城で子ども達は、元気にしていただろうか?」

「!!」


 心臓が止まったかと思った。

 引きつる口元を必死で押さえ、表情を変えないように全力で笑う。


「本当に、な、なんのお話でありましょうか?

 城など、私には縁も無く……」


 俺の焦りを気に留める様子もなく、本当に独り言のように皇子は言葉を連ねていく。


「今、この世において『あの場所』の持つ意味を知り、足を向ける者は俺以外にいないと思っていた。

 そう仕向けもし、神にも皇王にも隠し通している」


 あの場所。

 はっきりと口にこそしないが言いたいことは『解る』。

 故にこそ引いた血の気は戻らない。


「だが、どういう理由でか、もう一人『あの場所』に足を向け、なおかつ戻って来た者がいた。

 それ故に気になったのだ。

 俺は一度、やり過ぎた。

 今は監視の目がキツくて、扉を潜ることはおろか、王都の外に出るも叶わぬ故」


「それは……」


 しまった、という思いが胸に広がっていく。

 つまりこの皇子は、魔王城へ繋がる扉を知っており、そこに俺が出入りしている事も知っていると言っているのだ。


 考えてみれば当然か。

 彼は戦士ライオット。勇者と共に魔王を倒した者なのだ。

 魔王城の島へ通じる入口を知っていたとて、不思議はない。


「知っているか?

 大聖国で勇者アルフィリーガの復活が予言されていた。

 魔王復活の噂もある。

 その為、各地で男子が集められ、勇者が探されている。

 集められた後、勇者で無いと知れた子は外に放たれればいい方で、殺されたり使われたりしているらしい。

 助けてやりたいが、監視がついている今、俺が下手に動くと余計に子どもらが危険になる」


 苦虫を噛み潰したような顔で、皇子が唇を噛んだ。

 悔しいと、我慢ならないと、血が浮くほどに握りしめられた拳が語っている。


「せめて島に置いてきた子達が無事であればいいと思った。

 それを知りたいと思った。

 だからお前と話したいと思った。

 他に意はない。本当にそれだけだ」


 席から立ち、皇子は俺に背を向けた。


「俺は……皆が語る様な勇敢な、魔王を倒した戦士ではないのだ。

 友も仲間も守れず、置いて行かれた愚かな男に過ぎない」


 迷いなく、強き伝説の戦士。

 人々と精霊を無欲、無私に守る真の英雄。

 そう思っていた皇子の背は、震えるように揺れて、不思議なほど儚く見えた。


「こうして一人生き恥を晒しているのは、それでもこの世界でやるべきことがあるから。

 そして復活するというのなら、あいつにもう一度会って謝る為だ。

 いつ、どこに戻って来るか解らないあいつと……もう一度……」




 まだ、出会って一日も経たない相手。

 けれど――。


 もし、この人に語り、この命が止まったとしても悔いはない。

 それほどまでに、この男の孤独は重い。


「ライオット皇子……」


 俺は膝を折り、皇子の後ろで手を祈りに組んだ。


「お元気です」


「なに?」


 振り返った皇子が目を見開く。

 俺は島の子ども達の姿を思い浮かべながら、言葉を紡いだ。


「魔王城は、住まう子ども達と共に健在で、新たな主と、守護する戦士、魔術師を戴き、子ども達は皆、元気に、未来を見据えて生きております」

「……お前は……まさか?」


 心臓をちくりと刺すような微かな胸の痛みを感じる。

 けれど見えない針は、それ以上の何も与えず、静かに消えていく。


「それ以上は、許可を得ぬ今、語れぬ事をどうかお許しを。

 ただ、我々は神々から、世界に味と生きる喜びと、人が、子どもが当たり前に生きる世界を取り戻したいと……考えております」


 『我々』――。

 その言葉を、皇子は理解して下さったようだ。

 楽しそうに、嬉しそうに笑う。


「そうか……。

 ならば俺も、もう少し覚悟を決めた方が良さそうだな。

 あいつと再びまみえた時に、胸を張れる様に……」


 もう皇子の眼からは、暗い思いは欠片も見えない。

 強い戦士の意志と力が戻り、溢れていた。

 それは正しく『生きた伝説』。

 勇者と肩を並べ戦った、誰もが憧れる戦士ライオットそのものだった。


 店の前で皇子は笑う。


「今日は、誠に有意義だった。今後も本気で、贔屓にさせて欲しいものだ」


 周囲を行く者達が目を見開いているのが分かる。

 皇子ライオットが食事処に足を運んでいるなど、これ以上ない宣伝だ。


「こちらこそ。皇子の行幸を賜れるなど光栄の至り。

 どうぞ、いつなりと足をお運びください。それから……」

「なんだ?」

「この店は急成長しております故、従業員不足に困っております。

 もし、行き場の無い者などおりましたらこちらに、ご紹介給われれば幸いにございます。

 特に、長く働ける若き者、子どもなどを……」


 俺の言葉に、くすりと皇子が笑う。


「よかろう。

 良い者がいれば集め、紹介する。

 働く者が増えれば、より多くの者があの食を味わう事ができるだろうしな」


 俺の意図を読み取って下さったらしい。

 流石、というのも失礼だが、頭の良い方だ。

 魔王城に連れて行く事は難しくても、行き場の無い子をこの店で保護できれば、マリカ様もお喜びになるだろう。


「では、またな。同胞よ」


 颯爽と、人目を気にすることなく皇子は去っていく。

 皇子と商人、生きる世界は違えども――。


 ああ、あの方もまた、確かに我らの同胞だ。

 同じ未来を夢見て、敵地を生きる……。


 もうすぐ秋が終わり、冬が来る。

 魔王城に行けるのは、まだもう少し先だろう。


 その日が、もどかしくもあり――また楽しみでもあった。

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