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風国 脅迫と交渉

 その話を聞いた瞬間、私は文字通り凍り付いた。

 理解が及ばない。


 血を寄越せ?


「それは……どういう意味なのですか?」

「言葉通りの意味だ。

 『聖なる乙女』――その血と祈りは、精霊の力を大地に取り戻し、緑と命を蘇らせる力がある」


 呆然とする私の横で、リオンが武器に手をかけているのが解った。


 理由は勿論、解っている。

 国王陛下が私を無理やり連れ出したりしないか、警戒してくれているのだろう。


「今まで、そんなことを聞いたこともありませんが。

 『精霊神』様にも、『神』にすら」

「他国の者は知るまい。そもそも『聖なる乙女』に血を流させることなど無かっただろうからな」


 静かな声で国王陛下は告げる。


 そりゃそうだ。

 王家、皇家の姫君となれば大切に育てられているだろうし、そうなれば怪我をすることだって殆ど無いだろう。


「マクハーンから『破滅の女王』の話を聞いたか?」

「破滅の女王?」

「シュトルムスルフトの背景を語ったのであろう?

 ならば話に上った筈だが?」

「は、はい。風国に砂漠化が広がる理由となった女性のことなら」


 確か、風の転移術を駆使できる王族魔術師で、転移陣もあちらこちらに作って国を便利にして。

 友好の為にプラーミァと連携しようとして裏切られて、結果、『精霊神』の怒りを受けた女王陛下がいる――とは聞いた。


「うむ。彼女は自らの愚かさを悔い、その命と血を大地と『精霊神』に捧げた。

 死の間際に傷ついた身体で祈りを捧げ、シュトルムスルフトへの加護を願ったのだ。

 『精霊神』の怒りは収まらず、シュトルムスルフトの南半分は砂漠と化したが、彼女の献身に免じてか、ごく一部がオアシスとして残って今なお人々を癒している」

「そのお話と……儀式に血液が必要、というのは一体どう繋がるのです?」

「一番大きなオアシスは、彼女の没地なのだ。

 『聖なる乙女』の血と祈りが大地を潤すことは、既に検証され、明らかな事実となっている。

 故にシュトルムスルフトでは、王女がその血によって大地を潤して、かろうじて砂漠に恵みを与えてきたのだ」


 ぞわっ、と背筋が冷たくなった。

 まるで冷水を流し込まれたみたいだ。


「検証され、明らかになっている」って何?


「破滅の女王以降、シュトルムスルフトに生まれた王女は、ファイルーズを含めて五名いる。

 ファイルーズを除く彼女達は現在、シュトルムスルフトの砂漠の各オアシスに眠っている。人々の営みと命を守る為に」

「そ、それは人身御供とか? オアシスを作る為に王女を犠牲にしたとかではないんですか?」

「断じて違う。

 ただ、血液を流しただけではほぼ効果は無いのだ。

 『聖なる乙女』が、血と共に真摯な祈りを捧げることで初めてオアシスは生まれ広がる。

 遺体をただ埋めたりしただけでは効果を発揮しない。

 オアシスに王女を埋葬しているのは、彼女らがそれを望んだからに他ならぬ。

 皆、結婚し、天寿を全うして後、自らが生み出したオアシスを墓所とすることを自ら望んだのだ」


 国王陛下は人身御供を否定したけれど、血を使った儀式そのものも、血を寄越せっていうのも、あまりにも怖すぎる。


 『聖なる乙女』が望んだとかも、王様の言い分だしね。

 そう簡単にイエスだなんて言えないよ。


「国王陛下。無礼を承知で申し上げる」

「リオン」


 頭の中がパニック寸前の私をフォローするように、リオンが私の前に立ってくれた。

 守るように。


「何だ? 子どもの騎士風情が。私は皇女と今、大事な話をしているのだ」


 リオンはまだ、臨戦態勢を完全には解いていない。

 明らかに胡乱なものを見る目つきで、国王陛下を睨みつけている。


「その方法で仮に、マリカ皇女の血と祈りが大地を潤し、オアシスを作り上げたとしたら。

 シュトルムスルフトはマリカ皇女に、次、また次とオアシスを作れと求めるおつもりか?」

「そんな気はない。

 皇女がその生涯に作れるオアシスは一つだけ。

 一つ作った後は、他の場所で祈りを捧げようと、新しいオアシスは生まれなかった。

 無論、『神』の祝福を得たアルケディウスの『聖なる乙女』であるのなら、きっとより大きく立派なオアシスが生まれるだろうという期待はあるが、他国の皇女だ。

 失敗しようと文句は言わないし、成功しても、その維持の為に残れと強制するつもりはない。

 無論、愚息達と縁を結び、我が国の『聖なる乙女』になって欲しい、という願いはあるが」

「皇女……『聖なる乙女』の血液に特別な力があるというのなら、この国に姫君が嫁げば、その力を悪用し犠牲を強いるのだろう?」

「そのような事はしない。

 『聖なる乙女』は国、いや、星の宝だ。

 無理を強いて失っては意味が無いということが解らぬのか?」


 一応、そんな殊勝な事を言っているが、信用できるかって言ったらとても無理だ。


 『聖なる乙女』の血に本当にそんな力があるのか解らないし、あったとしたらもっと怖いし。


「とりあえず、今はお断りさせて下さい。

 血に力があるから寄越せなんて、ちょっと怖すぎます」

「考慮して下さるとおっしゃった筈だが?

 各国で『精霊の恵み』を取り戻しておいて、シュトルムスルフトにはお力を賜れぬ、と?」

「引き受ける、とは言っていませんよ!

 私は聖域での『精霊神』復活の儀式だと思ったのです!」


 『精霊神』復活の儀式なら何度もやっているし、身の危険が無いことも解っているからやってもいい。

 皇王陛下からの許可も得ている。


 でも、そんな怪しい儀式は絶対に嫌だ。


「……そうか、なら仕方ない」

「ご理解頂けましたか?」

「アルパッサン。城に働く下位女官達を今すぐ全員解雇せよ」

「へ?」

「父上!」


 冷徹に。

 冷酷に。

 氷よりも冷たい眼差しで、国王陛下は側近に告げる。


「姫君の御協力なくば、シュトルムスルフトは『精霊に見放された国』

 『新しい食』を手に入れ育てる為に、ありとあらゆる手を打たねばならない。

 余分な人間を雇い入れる余裕もない。後宮の者達を残し、野に放て」

「ちょっと待って下さい! 彼女達は何も関係ないでしょう!」

「そうです、父上! ご自分が何をおっしゃっているのか解っているのですか?」

「黙れ、マクハーン。勿論、十二分に解って言っている」


 この国王様、ちょっとおかしい。


 頼みを聞いてもらう為に、いきなり脅迫をかけてくるなんて。

 口では国民の為と言っておきながら、その国民に無理を押し付けるなんて。


 それとも、第一王子や周囲にいるシュトルムスルフトの文官や騎士達も驚いた顔をしているけれど、反応は薄い――というか無いのは。


 彼らにとっては、女性が生きる場所や仕事を失うことは。

 そんなに心や思いを動かすようなことでは無いのだろうか?


「皇女の意思に沿わぬ引き止めはできぬし、我らに依頼する権利はあっても、強制し、命令する権利はない。

 だが、今後動き始める『世界』の中で、シュトルムスルフトが生き残って行く為には『聖なる乙女』の儀式と『精霊の恵み』が絶対に必要なのだ」

「ですが……」

「女達を路頭に迷わせるも、王宮という安定した職場を守るのも姫君次第だ。

 一度で構わぬ。

 儀式への協力を『要請』する。お引き受け頂けるか?」


 とにかく、私はいい加減堪忍袋の緒が切れた。

 ブチッ、とね。


 大きく深呼吸をしてから、私は国王陛下を睨みつけた。


「……お引き受けすれば、お城の女性達の解雇は取りやめて頂けますか?」

「考慮しよう」

「考慮はダメです。

 はっきりと確約し、二度とこのような手段を取って『要請』しないとお約束下さい。

 城の女性、女子どもなど弱い立場の者――勿論、私の随員達も含めて。

 人質を取って脅迫し、今後も私に言う事を聞かせようという行動を繰り返すなら、私は招聘の契約を停止して国に戻ります」


 言った。

 言ってやった。


 アーヴェントルクで王妃様に拉致された時でも切らなかった、私の最終手段だ。


「契約の不履行は姫君の名に傷をつけるのでは?」

「傷がつくのはそちらですよ。

 私、こう見えても大聖都を含む各国での実績がありますから。

 『皇女を脅して、怪我を負わせてまで怪しい儀式を実行した』

 『シュトルムスルフトは自国の『聖なる乙女』を、オアシスを作る人身御供にしている』

 なんて、あることないこと諸国に言いふらされてもいいんですか?」

「姫君には守秘義務や、友好国への配慮というものは無いのか?

 この国がこのまま滅んでもいいと?」

「私一人、王女一人が何かする、しないで滅びるような国なんですか? シュトルムスルフトは?」

「王家に生まれた者が、国の為にその特別な力を使うのは当然の事。

 姫君には確かに関係の無い事ではあるが、儀式の事が他国に知られれば、『聖なる乙女』の血に特別な力があると伝わる。

 さすれば、一番危険になるのはご自身であろうに」

「この件についてはありません。

 それに各国、国王陛下がおっしゃった通り、『聖なる乙女』を大切にしてくれてました。

 傷をつけて儀式なんて怪しい事……どこもしてませんから!」


 本当に。

 本当に、本っ当に!


 この王様、酷すぎる。


 自分の国の事しか考えてないし、女性や弱い立場の人を、自分の道具としか思ってない。

 自分が他に知られたら困ることをしている自覚はある。

 でも、それが悪い事だとは思っていないのだ。


 サイテー。


「この国、魔術師が育ちにくいと聞きました。

 ということは、『神殿』に精霊の魔術を頼むことが多いんですよね?

 でも私、大聖都でも『聖なる乙女』ですし、アルケディウスでも神殿長を拝命しています。

 大聖都の神官長に言いつけて、シュトルムスルフトからの『神官派遣要請』に応じないように、とか頼んでもいいんですか?」

「なっ!」

「何故そこまで?」

「国の為に、下々の者が苦難を被るのは当然であろう?」

「結果として国の為に苦労することはあるかもしれませんし、仕方ないかもしれません。

 でも、最初っからしなくていい苦労を押し付けるのは当然ではありません!」


 ここで初めて、シュトルムスルフトの男達の顔色が変わった。

 国王陛下に至っては、苦虫を噛み潰したどころではない。


「我々を脅迫するのか?」

「先に脅迫してきたのはそちらでしょう?」


 顔が真っ赤に染まっている。

 爆発寸前。


 リオンもカマラも、王太子様も心配して下さっているけれど。

 でも、引かないよ。

 絶対に。


「一度、一度だけなら行って頂けるのだな?」

「以降、同じ儀式は二度と行わない。

 脅迫行為も行わない――が絶対条件ですが。

 もし、条件が破られた場合には、違約金を支払ってもシュトルムスルフトでの業務契約を放棄しますので」

「…………解った。その条件を飲もう。

 明日、儀式を行って頂けるのであるのなら」


 憎々しげに呟いた国王陛下。


 でも、ここで安堵していてはいけない。

 絶対譲れない所は確認しておかないと。


「言っておきますが、今のは最低条件です。

 私の本来の仕事は調理指導。余分な儀式の代金はしっかり頂きます」

「成功すれば金貨十枚を用意しよう。失敗しても五枚はお支払いする」


 これはシュトルムスルフトへのペナルティだ。


 今まで他国で『精霊神』復活の儀式を行った時には追加料金は取らなかった。

 その分、各国お土産をたくさん用意してくれたけれど。

 『精霊神』様達に頼まれていたことだからね。


「立会人と護衛として、アルケディウスの上級文官と騎士についてもらいますがよろしいですね?」

「許可する。だが女性の同行は禁止。許しても一名のみだ」

「では、私の護衛騎士を連れていきます。身支度の手伝いもしてもらわないといけないですし。

 衣装は儀式用の衣装がこちらにあるので、それを使用いたします」

「良いだろう。ただし、儀式なので髪布などの使用は逆に禁止となる」

「解りました。あと、取られる血液というのはどのくらいですか?」

「最初だからな。ナイフで手首を軽く。地に落ちるのはほんの数滴だ」

「最初?」

「オアシスが芽生えてから、大きくする過程で捧げる血を増やすことはある。

 その方が恵み豊かなオアシスになるのだとも。

 だが、『聖なる乙女』が意識を失う程の量は採らない。乙女の意識が失われてしまったら、儀式は成り立たないからな」

「何が起きるか解りませんが、儀式はただ一度きり。以後は絶対に行いません」

「了解した。シュトルムスルフト国王の名において、私は姫君に二度目の儀式の要請は行わぬと誓おう」


 その後、打ち合わせをして戻った時には、もう夜の刻。

 日が変わろうとしていた。


「どうしたのですか? こんな遅くまで?」

「皇王陛下も心配しておいででしたよ」

「フェイ。夜遅くに悪いけれど、アルケディウスに繋いで。

 多分、皇王陛下は心配して起きていらっしゃると思うから。相談しないといけない話があるの」


 まだ二日目も終わっていないというのに、本当にとんでもない。


『どうした? マリカ?』

「皇王陛下。ご報告があります」


 私は疲れ切った思いで、通信鏡の向こうに現れた皇王陛下に、晩餐会とその後の『協力要請』について話し始めたのだった。

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