魔王城 秘密の鉱山探索
完全に冬になってしまうと、外に出られない。
城の中に閉じ込められてしまう。
だからその前に、少しでも島のことを調べておきたい。
そんなことを考えたのは魚狩りの時、リオンの話を聞いたからだった。
崖と暗礁に囲まれたこの島には、希少鉱物の鉱山があるという。
「リオン兄、カレドナイトの鉱山って遠い? 危ない?」
二年かけて、やっと城の探索がほぼ終わった。
けれど、島のことについては、ほとんど分かっていない。
ようやく城の近郊と城下町を調べて安全を確保し、子ども達が出歩けるようになったばかりだ。
リオンやフェイ、それに彼らと一緒に出歩いて訓練しているクリスやアーサーは、もう少し遠くに行っていると思うけれど、私は魔術で門の側まで連れて行ってもらっただけで、島の地理も地形もまったく分からない。
でも今は、この島の地理をよく理解している案内役――リオンがいる。
なら、なんとかならないかな? と思ったのだ。
「……そんなに遠くは無いけど、チビ達を連れて行くには遠いし、危ないかもな」
妙に歯切れの悪いリオンが言うには、子どもの足で歩いて二時間程度ということらしい。
五~六キロメートルは離れているということだろうか。
なので午前中の採取や仕事が終わった後、年少組をお昼寝させてから行くことになった。
年長組と年中組にはお勉強の課題を出して、エルフィリーネとティーナに見てもらうように頼む。
「え~、おれも行きたかったのに」
とアーサーは膨れたけれど、小さな子達を連れて行くのは、ある程度安全を確認・確保してからだと思う。
「危なくないようだったら連れて行ってあげるから、今回はお留守番をお願いできる?」
そう話をしたら、アーサーはとりあえず納得してくれた。
私、リオン、フェイ、アルの四人で出かけることにする。
城は島の最奥に近い所にあって、そこから少し南に降りたところに城下町。
城下町を起点にすると西側の方に、その鉱山はあるらしい。
転移魔術を使うにも、一度リオンとフェイが実際に行く必要がある、というので徒歩で向かう。
その代わり、帰りは魔術であっさり帰れるという。
ルー○?
と有名ゲームの帰還呪文が頭をよぎったのは内緒だ。
そう思って見回すと、確かに石畳っぽい道が続いていた。
五百年の間に草などに覆われているけれど、確かに人が作った道であると分かる。
足裏に伝わる凹凸が、時間の重みをそのまま語っているみたいだった。
「昔もこの道を、誰かが通ったのかな?」
アルが少し楽しげに笑う。
そう考えると、確かに古い道は少しロマンがある気がする。
「掘り出した鉱石や石を運んだりしてたからな」
「加工とかはどこで?」
「鉱山の側でカレドナイトの精製はしてて、加工職人の工房は城下町にあったと思う」
「え、じゃあ、職人さんの工房にやすりとか細工道具とかないかな?」
私はリオンの話に思わず耳をそばだててしまった。
城下町といってもけっこう広いので、来客用に整えたティーナとガルフの家の他は、死者の埋葬とかくらいしかしていない。
五百年前のことだから、魔王城みたいに精霊も管理してないし、ボロボロになっている可能性が高い。
でも、もしかしたら使えるものがあるのではなかろうか。
「あったとしても、どうするんだ?」
「やすりとかあれば色々と便利でしょ? シュウとかにも使わせてあげたいし」
彫金を少し齧っていたとしても、バーナーも薬品もないこの世界で、私がアクセサリー作りをするのは難しい。
ギフトがあるから、その気になればデザインや細工はできなくもないけれど。
だから、どっちかというとシュウや子ども達に工作やDIYを教えるのに使いたいのだ。
「後で探してみましょうか? 形が残っていれば、マリカのギフトで使えるようにはできるでしょう?」
「多分ね。冬の前までに、できるだけ調べてみよう」
そんな会話をしながら歩くこと二時間。
私達はようやく鉱山に辿り着いた。
小高い丘――というか山は、山頂部分が切り開かれていて、リオンが言った精製所らしきものや、休憩・住居施設と思わしき建物が何件か立っている。
風に晒され、壁は崩れ、窓枠は歪んでいたけれど、それでも『人の営み』の跡が確かに残っていた。
そして岩肌に、小さな洞窟の入口があった。
「何百年も人が入っていない筈だからな。気を付けろよ」
リオンの言葉通り、慎重に中に入る。
当然、中は真っ暗だ。
外の世界の光は、入口のすぐ先で呑まれてしまう。
「待って下さい。今、灯りを用意します」
フェイが杖を出し、掲げると、杖の先端にふわりと光が集まっていく。
シュルーストラムや精霊石の光り方とは違うので、光の精霊でも集めてくれたのかもしれない。
真っ暗だった洞窟を、フェイの灯りで見上げると――
「うわああっ! キレイ!!」
そこは驚くほどに美しい光景だった。
岩場のあちらこちらが蒼い光を放っている。
まるで満天の星が輝くプラネタリウムのようだ。
天井も壁も床も、静かな青の粒で満たされていて、呼吸するたびに胸の奥まで澄んでいく気がする。
「ホントに綺麗だ。リオン兄の短剣と同じ色だな」
「凄いですね。これ、全てカレドナイトですか? もしかして、まだ鉱山として『生きている』のでは?」
『生きてるよ。まだまだたくさん埋まってるからね』
「「え?」」
後ろから聞こえてきた声は、初めて聴く声。
どこか澄んだ、綺麗な少年の声だった。
私とアルが声を探して振り返る。
「誰?」
「誰だ?」
私達の真後ろ――一番後ろに立っていたリオンの横に、その子は立っている。
蒼い髪、青い瞳の少年は、頭に手を当てて私達の方を見ていた。
ショートカットの髪が肩口で揺れている。
とても整った、華やかな顔立ちの男の子だ。
シュルーストラムやエルストラーシェを思い起こさせるが、彼らよりもどこか親しみやすい印象がある。
ムスッと、明らかに不機嫌なリオンとは正反対に、サファイアよりも美しい青い双眸には好奇心と喜びが宿っているのが見てとれた。
服装はシンプルなチュニックとサンダルなのに、どこか王子のような気品さえ感じさせるのは……まさか。
「この子も精霊?」
私とアルの舞い飛ぶ疑問符に気付いたのだろう。
大きくため息をついたリオンは、
「出てきたのならちゃんと挨拶しろ、エルーシュウィン。
フェイはともかく、マリカとアルが困ってる」
少年の背中を、トンと小突くように押し出した。
『ん~。アルフィリーガは意地悪だなあ。
せっかくなんだから、もう少し初対面のドキドキや驚きを楽しんでもらいたかったのに……一生に一度のことなんだよ!』
「もう十分、驚いてる。お前の趣味に振り回される方が気の毒だ」
呆れたようなリオンの口調。
それでいて親しげな様子。
この空気には覚えがある。
フェイとシュルーストラムのような……。
「あ、もしかして。リオンの短剣の精霊?」
『バレちゃった? 流石は魔王城の主。
はじめまして。僕はエルーシュウィン。アルフィリーガの守り刀だよ』
優雅に深く腰を折るその仕草は、息を呑むほどに目と心を奪う。
今までいろんな精霊に出会ってきたけれど、どれも驚くほどに美しいのは、そういう決まりでもあるのだろうか。
とっても羨ましい。
「あ、そう言えば城の上に行った時、フェイ兄の杖もしゃべってた。
え? 宝物蔵の武器や道具って、みんなしゃべんの?」
目を瞬かせるアルに、リオンの短剣――エルーシュウィンは腰に手を当て、ニヤリと笑って見せる。
『みんな、じゃないけどね。今は疲れて形をとれない子も多いし。
僕は主がいて、ついでに生まれ故郷に来たから、こうやって誰にでも見えるくらいに形を取れるようになっただけ。
あ、普段は主以外には姿を見せたりしないよ。
君達はアルフィリーガを救ってくれた大事な子だから特別さ』
「おしゃべりが過ぎるぞ。まあ、お前がここに来たらこうなるのは分かってたけどな」
『だって、アルフィリーガの大切な子だろ? 挨拶するのは当然、当然』
だから、他の子達は連れて来たくなかったのだ、とリオンはまたため息をつく。
「精霊石がないのに、武器に精霊が宿ったりするの?」
私の質問に、頭を抱えているリオンを気にも留めず、エルーシュウィンは胸を張る。
『カレドナイトは特別さ。星の息吹。星の願いの結晶だからね。
集まれば精霊石と同じ力を持つ。
その中でも僕は特に特別。
この鉱山から最初に作られた『精霊の獣』の為の守り刀だからね』
「お前、初対面の人間にここまで話すほどおしゃべりだったか?」
『なーにを今更。リーテやミオル、ライオとだって、さんざんしゃべってたのに』
「……っとに、精霊達はこれだから……」
「仕方ありませんよ。
人見知りが激しい割に、認めた相手にはとことん甘いのが精霊です。
それに僕らは助けられているんですから……」
優しく笑うフェイに、杖が小さく光った。
あれはシュルーストラムの光り方だ。多分、照れてる。
『まあ、話は戻るけど。この鉱山はまだ『生きてる』よ。
カレドナイトがたっぷり眠ってる。
精製分離はちょっと手間かもしれないけど、掘り起こせれば、みんな君達の役に立ってくれるさ』
「それは凄い。
外の世界では、精霊石の代わりとして小指の先ほどの結晶でさえ金貨数十枚で取引される程ですよ。
これだけの鉱山から本気で掘り起こしたら、どれほどの値が付くのか」
「マリカ」
「わっ!」
リオンが足元に転がる石を拾って、私に軽く放った。
けっこう大きな石。
でも大きさの割には、そんなに重くはない。
石のあちこちがチカチカと青く光っている。
「何?」
「この間の服から水分を飛ばす要領で、石からカレドナイトだけ取り出せないか?」
「えっ? あ、うん……」
私は言われるままに精神を集中する。
石を見つめた。
石の形を変える。カレドナイトの入っている今の形から、カレドナイトの結晶だけ押し出して――
「ほおっ……」
「あ、できた」
やってみれば、そう難しいことではなかった。
少し押しただけで、石は素直に分離してくれる。
両手のひらサイズの石から、本当に小指の先ほどの青い鉱石――カレドナイトが、ころんと転がり出た。
『へえ、ホントに凄いね。こんなに素直に出て来るなんて。
君はよっぽど精霊に愛されているとみえる。まあ、当然といえば当然か』
感心したように言うと、エルーシュウィンは石を軽く撫でる。
すると小さな青い石は、金属加工され、かわいいピンキーリングになった。
『付けられる時は付けとくといいよ。気休めでもお守りになるし、精霊に気持ちが通じやすくなる』
「ありがとう」
台所仕事や保育中は付けられないけれど、何かの時に役に立つかもしれない。
「ここは、切り札だね。
すぐに掘り起こすのは無理でも、今後、外に出ることになったりしたら役に立ちそう」
『うん。できれば使ってやって。
みんな、こうやって寝てるだけよりは、使ってもらって誰かの役に立ちたいんだ』
笑う少年の青い瞳は本当に優しくて――胸がきゅっとなる。
「分かった。大事に使うから」
私は手の中に指輪を握りしめた。
精霊達は、みんな優しい。
本当に。
だったら、その期待に私達はちゃんと応えないと。
私の指輪の他に、アル用にもう一つだけカレドナイトを取り出させてもらって、私達は鉱山を後にした。
ちなみにカレドナイトを掘り出した鉱石からは、一緒に宝石が出てくることが多いのだという。
主に水晶。
宝石や金銀などは、星の核融合とか火山とかの圧力でできるものが多いというから、カレドナイトの『星の息吹』というのは、そういう一面があるのかもしれないと素直に思った。
「あとは、おまけでこいつ、とかな」
「え? これって??」
おまけ、と放り投げられた八面体の結晶を見て、私は驚く。
ずっと前、向こうの世界で彫金学校で見せてもらったものとよく似ている。
小指の先ほどの小さな、淡く透き通った結晶体。
これは……。
「これって、まさかダイヤモンドじゃ?」
「ダイヤモンド? 固すぎて人間の手じゃほとんど加工できないんだ。だから、お守り程度だけど……」
ちょ、ちょっと待て!!
私は固まる。いや、本当に固まった。
ダイヤモンドが『おまけの石ころ扱い』?
……あ、でもそっか。
向こうの世界でも、ダイヤモンドってダイヤモンドを使って加工するのでなければ、ほぼ研磨できなくて、昔はあんまり価値が見出されなかったって聞いたっけ。
目を閉じて思い出す。
できるかな?
学校で習った研磨の歴史に出てた、五八面体カットのラウンドブリリアンカット……。
「うわっ、なんだかキラキラ光りはじめたぞ」
手のひらで形を変えた石に、アルが目を輝かせる。
ただの鈍い光を放つ八面体だった石が、本当にキラキラと輝くダイヤモンドになったのだ。
私のイメージが甘いのか、完璧なラウンドブリリアンカットではない気がするけれど、それでもさっきまでとは全然違う存在感と輝きを放つ。
光が小さな虹を生んで、指先に踊った。
「へえ、こいつこんなに綺麗な石だったのか」
驚くリオンが石を摘み上げた。
思い返せば、宝物庫にあった宝飾品もサファイアやルビー、エメラルドみたいな色石が中心で、ダイヤモンドのような透明さの美しい石は、水晶とか精霊石しかなかった気がする。
「これも外に出せば面白いことになるかもしれませんね」
あ、フェイがなんだか悪い顔で笑っている。
でも、せっかく世に出てきてくれたんだから、真価を発揮させてあげたかったのだ。
生前はこんな大きなダイヤモンド、見る機会も触れる機会もなかったし。
「マリカ、石の精霊がお礼を言ってますよ」
フェイが指を弾くと、私の手のひらからふんわりと精霊が浮かび上がって、お辞儀をした。
優美で輝く髪の、やっぱり超絶美少女だ。
本当に幸せそうな笑顔で、見ているこちらが嬉しくなる。
「さっきまでは、ここまで綺麗な子じゃなかったのにな」
「やっぱり大切に扱われて、使われるということが精霊には大事なのかもしれませんね」
鉱山探索は、精霊の思いや関わり方を改めて考える、貴重な一日になった。
戻ってから、アルのカレドナイトはブレスレットに。
私の研磨したダイヤモンドは、髪結び用のリボン飾りに加工させてもらった。
ダイヤモンドをこんな形に使うのは申し訳ないのだけれど、せっかくだから日常で使ってあげたかったのだ。
カレドナイトのピンキーリングは、白い花の押し花しおりと一緒に手作りの宝石箱へ。
この世界での宝物と思い出が、少しずつ増えていくのが――とても嬉しかった。




