表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
808/888

皇国 皇女の心配事

 秋国 シュトルムスルフトへの旅程は約一週間。


 アルケディウスで二日、大聖都で二日、そしてシュトルムスルフトで二日程。

 王族が新年の参賀に使う為の宿をお借りすることになっている。

 大聖都では大神殿に泊まるように布告も来ているので。


 私が料理の準備をしてのんびりできるのは、今日を過ぎれば多分、シュトルムスルフトでの仕事終了までは無いだろう。


「マリカ様。マリカ様?」

「あ、何、カマラ?」

「包丁を持ったままぼんやりされては危ないと思います」

「ごめん、そんなにぼんやりしてた?」

「ほんの少しの時間ですが。お疲れですか? お休みされた方が良いのでは?」


 カマラは心配してくれるけれど、私は首を横に振る。


 人に教えるのではない料理は、私の数少ないストレス解消法。

 せっかくの時間をぼんやりしていてはもったいない。ケガもするし。


「明日からは大聖都。また当分自由時間は無いですからね。

 気持ちを引き締めていかないと」

「皇女様も大変ですね」


 私の溜息に、カマラは同意するように柔らかく微笑む。


 包丁の音、煮立つ鍋の音。

 厨房の温かな空気の中で、ほんのひと時だけ、張り詰めていた気持ちが緩む。


「何かお手伝いすることはありますか? 今日はセリーナもノアールもいないので、お一人で大人数の料理は大変でしょう?」


 厨房には私一人。

 カマラは護衛としてついてきてくれているけれど、王家の為の宿の厨房に不審者が入ってくることは多分無いよね?


「カマラ、料理はできましたっけ?

 今日は、みんなを、特にセリーナを労いたいので、ちょっと豪華にしたいんです」

「味付けその他はちょっと自信がありませんが、野菜の皮むきとか、パン生地をこねるとかでしたら……」

「それは助かります。じゃあ、一緒に料理をしましょう」

「よろしくご指導お願いします」


 カマラにエプロンと三角巾を渡すと、私は料理に没頭するフリをした。


 実際は――頭の中から「これからどうしよう」という思いが離れなかったのだけれども。


 包丁を動かしながらも、思考だけが先へ先へと進んでいく。


「いろいろとお考えに耽っておられたのは、シュトルムスルフトのことが気になってですか?」


 ただ、そんな私の気持ちもお見通しのようで、気遣ってくれるカマラに、私はほんの少し本音を漏らしてしまう。


 ここにセリーナやノアールがいればまた色々変わったのだけれど、カマラにはとりあえず隠し事はしないと決めている。


「もちろん、それもあるよ。

 アルケディウスの事とか、色々」


 私の持つ心配ごとに順位を付けるなら、やっぱりこれから訪問する秋二国に対するものが一番大きい。


 アルケディウスはお父様と第一皇子との和解もできて、アドラクィーレ様の産後の肥立ちも悪くないから、ちょっと安心できる。


 ケントニス皇子の子はラウルトリスと決まった。月桂樹の森っていう意味があるとか。

 あだ名はラウル君だね。


 それにシュトルムスルフトは、行く前からある意味アーヴェントルクより危険な国だと、何度も周囲から言われているし。


「あ、カマラ、シュトルムスルフトではいろいろと気を付けて下さいね。

 シュトルムスルフトは女性の社会進出が殆どない国なんだって。

 女性は基本、家で大事に守られる存在、家を護る者。男は外で働き妻を養う。

 だから、外に出て働く女性は王宮とか、織物職人とか特別な場合を除けば、一段低く見られるって言ってた」


「そうなんですか? 私はシュトルムスルフトに生まれなくて良かったです」


 心底良かったって顔でカマラは笑うけれど、私はさて、どうなるかなと考える。


 日本でも亭主関白とか、妻は家を護る者なんて考え方はあったけれど。

 イスラム、アラブベースの国ならそれがさらに極端になっている可能性はある。


 なんて言ったって、本当にごく最近まで女性が自動車の運転も、外で自転車に乗ることもできなかった国もあるというし。


 料理指導員で他国の皇女だから特別、と思ってもらえるのか。

 それとも皇女の癖に仕事をしていると低く見られるのか。


 ちょっとドキドキする。


「マリカ様は『聖なる乙女』として呼ばれているのですから、大丈夫なのではありませんか?」

「そうだといいのだけれど」


 あと、フェイの杖、シュルーストラムの事も心配だ。


 風の国の『王勺』『王の杖』は昔、シュトルムスルフトの国王が何かやらかした時に『精霊神』に取り上げられたらしい。

 その杖がシュルーストラムなのもほぼ確定で。


 フェイが王の杖を持っていることが知れれば、フェイごと返せと言われる可能性もある。

 だから今、セリーナはフェイから魔術師の影武者として猛特訓を受けているのだ。


「とりあえずは最低、光の精霊術と水、風の基本術が使えればいいですよ。

 無理は言いません」


 フェイはそう言ってたけど、それって実はとっても大変なことだから。


 魔術師の才能は0か1のどちらか。


 精霊石に認められれば魔術師(精霊術士)になれる。選ばれなかったらダメ。


 幸い、認めて力を貸してくれた精霊石がいたので、セリーナは精霊術が使えるようになった。

 けれど、魔術師の力を身に着けたセリーナは、侍女よりももっといい待遇と場所で働けるようになるのだ。


 それを無理に、今回だけの影武者精霊術士を頼み、訓練を受けてもらっている。


「私は、私達姉妹を救い、光の道へと導いてくれたマリカ様のお力になりたいだけですから。

 給料とか魔術師待遇とか、あまり関係はありません。

 せっかく見込んで頂けたのですから頑張りますわ」


 彼女の気持ちが本当にありがたく、そして申し訳ない。

 フェイはスパルタだし、時間がないから、かなり詰め込みの訓練を毎日しているらしいから。


「毎日、部屋に戻ってくると同時に寝てしまうくらいですよ。

 術師になるというのは大変そうですね」


 同室のノアールがそう心配するくらいには無理させている。

 せめて美味しいものを作って元気を取り戻して欲しいと思う。


 あ、余計な話だけどノアールにも魔術師適性はあるらしい。

 城に戻ったら改めて見てあげるつもりだ。


「さっきの女性蔑視の話もあるし、シュトルムスルフトに着いたらセリーナにも気を付けてあげないとね」

「マリカ様の上級随員は女性が多いですからね」

「カマラもプリエラの事をお願いします」

「お任せ下さい」


 ミュールズさん、ミーティラ様、カマラ、セリーナ、ノアール、ミリアソリス、プリエラ。


 私の大事な随員達。

 絶対に守ると決めているけれど、男性陣にもしっかりと協力を頼もう。


 その日の夜。


 いつものように、みんなを宿の広間に集め、私は随員達みんなの前に立った。


 旅の前の恒例。訓示みたいなものだ。


 賑やかだった昼間とは違い、夜の広間にはどこか引き締まった空気が流れている。

 長旅の前夜特有の、静かな緊張と期待が入り混じった空気だ。


「いよいよ、最後の秋国訪問となります。

 皆さんのおかげで今まで、なんとか勤めを果たしてくることができました」


 ここにいるのは殆どが最初のプラーミァの訪問の時から力を貸してくれたベテランだ。

 新しく加わった人もいるけれど、彼らがいなければ私は各国を巡ることはできなかったし、無事に戻ってくることもできなかった。


 それは上級随員だけではなく、御者や雑用係も含めた皆に言えること。


 私は心から感謝している。


 だからこそ――。


「最後の秋二国は国交も交流も無く、本当に未知の国です。

 期間もまた二か月、長旅となります。

 でも私は最初の旅の時に言ったように、無事に戻ってくるまでが仕事。

 誰一人欠けることなく、欠かすことなく行って戻ってきたいと思います。どうか、最後まで力を貸してください。よろしくお願いします」


 私が頭を下げると、衣擦れの音と共に、全員が一斉に膝をついた。


 その動きに迷いは無く、まるで一つの意思で動いているかのようだった。


「姫君の思いが変わらぬように、我らの忠誠もまた変わりません。

 いえ、始めよりもさらに思い強く。

 どうかご安心を。姫君の旅の安全は我らが命に代えても」


 代表として応えてくれたのはウルクス。


 隣に、今回は護衛士見習いのプリエラがいるけれど、その思いも様子もあの時、最初の旅の時と同じだ。


 私も意図して最初の時に言葉や思いを寄せたけれど、みんなもあの時の事を忘れないでくれているのなら嬉しい。


 胸の奥が、じんわりと温かくなる。


 リオンやフェイ、アル。

 文官のモドナック様やミリアソリス。


 頼れる仲間達の顔を、一人一人見渡す。

 この人達とだから、ここまで来れたのだと改めて実感する。


「セリーナ。フェイのしごきはキツいでしょう?

 甘いものを食べて元気を出して下さいね」


「これは、チョコレート? いいんですか? 私が食べて?」

「うん。旅の間、よろしくお願いしますね」

「私のような者が精霊術を使えるようになるとは思いませんでした。微力を尽くします」


 少し疲れた顔をしながらも、しっかりと応えてくれるセリーナ。

 その頑張りが、胸に刺さる。


「ノアールも、セリーナが抜ける分仕事が増えて大変かと思いますが、頑張って下さい」

「ここでの仕事など、大変の部類には入りませんよ。

 他の王族、貴族のやりようを考えたら、本当に夢のような待遇です」


 さらりと返されたその言葉。

 その時は、軽く笑って受け流してしまった。


 

 セリーナやノアールも、みんなで笑い合って、一生懸命作った料理を少しも残さず食べてくれた。

 その光景はとても温かくて、まるで家族のようで。


 だからこそ――私は、この場の全員を守りたいと強く思う。


「また、無事に戻ってきたらパーティをしましょう。

 それを励みに頑張って下さい」


 私の言葉に、皆がそれぞれの形で頷く。


 誰一人として、迷っている者はいない。


 その信頼の重さに、ほんの少しだけ胸が痛んだ。


『お前は側近に甘い』


 と、皇王陛下はよくおっしゃる。


 私は向こうの世界でブラック保育所に勤め、色々と、本当に色々と思うところがあったから。

 自分が上司になったら、なれることがあったら、絶対に部下に誠実に向き合うと決めていた。

 だから、このやり方は変えない。


 変えたくない。

 でも


「他の王族、貴族のやりようを考えたら」


 ――この時、聞き流したノアールの言葉を。


 後で私は、噛みしめることになる。

 後悔してもしきれない反省と共に。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ