魔王城 謎の『守護精霊』
目を開けると、そこは白一色の世界だった。
壁も天井も見えず、上下の感覚すらあやふや。
立っているのか、浮いているのか。
足もとに確かな感触はあるのに、地面という言葉さえ当てはまらない。
息を吐くと、白い靄のようなものが波紋を描いた。
音がない。風もない。
静寂だけが『在る』空間。
「……ここ、どこ?」
呟きはすぐに溶けて消える。
そのとき、やわらかな声が響いた。
「お帰りなさいませ。――お戻りをお待ちしておりました。我が主」
空気が揺らぎ、光が集まり、やがて一人の“人影”が形を取る。
銀の髪が流れ、虹の粒子を纏って舞い上がる。
その姿は、まるで光そのものだった。
「おかえりなさい? 我が主? ……私はマリカ。ただの子どもだよ?」
「マリカ様、でいらっしゃいますか?」
ゆっくりと顔を上げたその人――いや、存在を見た瞬間、息が止まった。
整った鼻梁、桜色の唇。肌は透けるように白く、紫水晶の瞳が私を映している。
見惚れる、という言葉では足りなかった。
目を合わせただけで、胸の奥の鼓動が強く鳴る。
「姿形は変われど、その魂の色……まぎれもなく、我が主でございます」
優しく笑うその声に、なぜだろう、涙がこぼれそうになった。
知らない人なのに、懐かしい。会いたかった気がする。
私は喉の奥から言葉を絞り出す。
「あなたは、誰?」
「私はこの城の守護精霊、エルフィリーネ。主の留守を預かり、ここを護っておりました」
「この『魔王城』の?」
そう言った途端、彼女の表情がわずかに翳った。
「……その呼び名を、どうかお使いにならないでください。
あの方が『魔王』と呼ばれたのは、悲しい誤解ゆえ。
この城は本来、人を護るための場所でした」
静かな声が、白い空間に響く。
その一言に、胸の奥で何かが疼いた。
『護る』――彼女の語るその響きが、どこか温かく、痛い。
「勝手に住み着いちゃって、ごめんなさい。怒ってる?」
「いいえ。主のお帰りを喜ばぬはずがございません。お連れの方々共々、心より歓迎いたします」
その笑みが、胸の奥まで沁みていく。
この人の前では、不思議と恐怖を感じなかった。
「……私をここに連れてきたのは、あなた?」
「はい。主へのご挨拶と、再び動く許可を頂きたく存じました」
彼女はそっと跪き、右手を胸に当てて頭を垂れた。
「どうか、この城で再びお仕えすることをお許しください」
手伝い…。
ふと、私は気付いて彼女を見る。
「もしかして。
今までも……手伝ってくれてたの?」
「はい。部屋の掃除や食糧の補充、灯りの維持など。
陰ながら、貴女方を見守っておりました」
ああ、やっぱり。
欲しいものが見つかったり、扉が自然に開いたり――
あれは全部、彼女だったんだ。
「ですが、旧き契約は消えております。
私は人に求められてこそ形を得る精霊。新しき契約なくしては、この姿を保てません」
彼女の瞳は真っ直ぐだった。
その言葉に、胸の奥で何かが応える。
――助けて。
言葉にしなくても、心が叫んでいた。
正直、助け手は欲しい。喉から手が出る程。
私がいない時、子ども達を見てくれる人がいれば、もっといろいろなことをしてあげられる。
「私は、あなたが仕えた『主』じゃないよ。それでもいいの?」
「魂が同じなら、それで十分です。
私は再びこの城で、貴女にお仕えたい……」
瞬間、白い空間が金の光に染まる。
風が吹き、粒子が舞い、肌にあたる光が温かい。
真摯な誓いに嘘はないと『解る』
なら、私にとって彼女は『必要』だ。
「…どうか、名をお授け下さい。それによって、私は『貴方』に仕える精霊となります」
「……エルフィリーネ」
その名が自然に口をついた。
呼んだ途端、世界が震え、無数の光が咲いた。
まるで記憶の奥に刻まれていた名前を、呼び覚ましたように。
「どうか、私達を助けて。守護精霊」
「新たな主に、永遠の忠誠を」
その声と共に光が弾け、私の視界は金に包まれた。
「くっそ、どうしたら中に入れるんだ!?」
「マリカに危険はないよな!?」
「今だって、危ないものには見えねえよ。でも…ここまでうんともスンともいわないなんて」
「この紋章に意味があるんで… ! マリカ!!」
遠くで誰かの声がする。
聞き慣れた三人の声。リオン、フェイ、アル。
「紋章が光って――マリカ!!」
次の瞬間、まぶしい光の向こうで世界が繋がった。
目を開けると、心配そうな顔が三つ。
その隣には、光を纏う銀髪の女性が静かに立っていた。
「お初にお目にかかります。私はエルフィリーネ。この城の守護精霊にございます」
その名を聞いた瞬間、リオンの瞳がわずかに揺れた。
驚きと――何か。
ほんの一瞬、誰も気づかないほど小さな変化だった。




