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魔王城 『むかしばなし』

 食事を終えて、お風呂に入り、子ども部屋の子ども達が寝付くまで。

 私はよく、子ども達に物語を語って聞かせる。


 基本は、向こうの世界の童話だ。

 シンデレラや白雪姫、雪の女王、親指姫。

 桃太郎なんかを、西洋風にアレンジしたりもした。


 最初は、動物の擬人化に首を捻られていたけれど、『そういうものだ』と理解してくれた今では、子ども達もすっかり楽しんでくれるようになった。


 自室組も、お話を聞いてから部屋に行く事が多い。

 ティーナもリグにミルクをあげながら、側で静かに耳を傾けている。


 子ども達を布団に入れて、さて今日はどうしようか――そう思っていた時。


「今日は、俺が話をしてもいいか?」

「リオン兄?」

「ちょっとした、作り話だけどな」


 本を手に、リオンがそんな声をかけて来た。


 フェイは目を見開いている。けれどリオンは小さく哂って首を振る。

 その眼には、強い、揺るぎない何かが宿っていて――


「どうぞ」


「ありがとう」


 私は、子ども達の横の椅子をリオンに譲り、自分は側のテーブルへと移動した。


 本を開いたリオンは、一度大きく深呼吸をしてから、静かに話し始める。


「むかしむかし、あるところに…」


 私の語り口調を真似るような、柔らかい声音で――。


「むかしむかし、あるところに、精霊の力豊かな国があり、一人の王子が住んでいた。

 光を宿す金の髪、新緑のような碧の瞳。

 王子は母とも、姉とも慕う優しい女王と、騎士と魔術師に守られ、愛されて育てられ幸せに暮らしていた。


 いつか、国と精霊を守る戦士になる。

 そう期待されて、自分もそうなるのだと信じ疑うことなく。


 王子にとっては精霊は家族も同様だった。

 器物に宿る高位精霊も友達で、彼らの話を聞くのも好きだった。

 国の外に出る事はできなかったけれど、民も彼の事が多分好きで、彼も民のことが大好きで、間違いなく幸せに暮らしていた」


 みんな、リオンの話に黙って耳を傾けている。


 何か言いたげだったフェイも、今は椅子に腰をかけ、諦めたように目を閉じていた。


「そんなある日、王子は一人こっそりと城の外に出て、国の境界に向かっていた。

 目的は国の外に出る事だ」

「どうして、王子様は外に出ようと思ったのかな? 幸せに暮らしていたんでしょ?」


 エリセの素朴な疑問に、リオンは静かな微笑で答える。


「多分、それでも外の世界が見てみたかったんだ。

 器物の精霊は、彼によくかつての主のこととかを話していた。

 一度、主を失うと器物の精霊達は宝物蔵で新しい主の訪れを待つ。

 退屈している彼らと話せるのは王子だけで、彼らは失った主の思い出や外での冒険譚を王子によく話していたからな。

 外に出てはいけないと、言われても、いや、言われたからこそ彼は外への思いを巡らせて、外に出ようとしたんだろう」


 滔々と語るリオンは、すでに開いた本などまったく見てはいない。


 子ども達は気付いているかどうか解らない。

 けれど私には――これがリオン自身の『告白』だと、はっきり解っていた。


「国は結界で守られていた。外へ出るにはたった一つの門を潜るしかない。

 門番がいて門を使えば見つかる。直ぐに戻るつもりではあったけれど、見つかれば怒られると思った王子は、門を使わずに外に出ようとした。

 王子には飛翔の能力があったからだ」


「リオン兄みたいなやつ?」

「俺より、ずっと強かったさ、きっと。

 精霊に愛されて祝福を受けた王子だったからな。国境の見えるところまで行って、王子は能力を使った。

 本当だったら結界で止められたのかもしれない。

 でも王子の能力が、城の者達が思っていたより強かったのか? 結界と能力が喰いあったのか、それとも別の要因かは解らない。

 解ってるのは、王子が島の外へ弾き飛ばされたということだけだった。

 それも、国から遠く、遠く離れた場所へと」


 子ども達は誰一人、身じろぎさえしない。


 ただひたすら、リオンの言葉を追いかけていた。


「王子は自分の国の場所も、名前も知らなかった。

 国にいる限りは必要なかったからな。

 お金も持っていなかった。国の民はみんな知り合いで、お金など必要もなかったから。

 持っていたのは衣服と精霊が宿っている、守り刀だけ。


 そして、弾き飛ばされたのは山の中で、恐ろしい魔性が巣食っているところだった。

 魔性は精霊を喰らう。

 大地の精霊を喰らわれて近隣の村は飢えに苦しんでいた。

 王子はそんなことは知らなかったけれど、魔性が精霊を喰らうのは許せなくてそいつを倒した。

 戦士として育てられていた王子は、それなり以上に強かったから。

 王子が魔性を倒したのとほぼ同時、魔性を倒しに一人の戦士が仲間と共にやってきた。

 魔性を一人で倒した王子に驚きながらも、その戦士は事情を聴き、仲間にならないか、と誘ってくれたんだ」


 語るリオンの黒曜石の瞳と口元が、優しさと愛しさを帯びる。

 その表情だけで、戦士と仲間達がどれほど良い人物だったのか、伝わってくるようだった。


「戦士は、王都の王子の一人だった。

 世界が魔王と呼ばれる者によって闇に覆われている。

 魔性が増えているのも魔王のせいだ。

 神のお告げによってそう知らされた王の命令を受けて、魔王を倒す旅をしていると戦士は語った。

 魔術師と神官も一緒だった。

 実際に、世界は荒れていて多くの人間が、闇に閉ざされた世界で、

 魔性に精霊を喰われたりして苦しんでいた。

 王子は故郷を探す為、そして精霊と人々を守るために戦士と共に戦う旅を始めた。


 

 戦士は明るく、前向きで強い男だった。

 魔術師は精霊を愛する優しい少女だった。

 神官は生真面目で、でも仲間思いだった。

 彼らと共に王子は旅を続けた。そして、その中で人々が苦しみ、死んでいくのを何度も見つめる事になった。

 王子たちのおかげで救えた者も勿論いた。

 でも救えなかった者も確かにいた。

 王子は思うようになった。

 人がみんな、死なずに永遠に生きられたら、みんな幸せになれるんじゃないか、と」


 キュッ、と胸が締め付けられるように痛くなる。


 ――ああ、その優しい思いが。

 無垢な願いが。

 全ての始まりだったのか、と。


「元々、精霊達は人の死が嫌いだ。

 長い永遠に近い時を生きる彼らは主を、人を愛する分、別れを嫌う。

 精霊と語る王子が世界中の人間の不老不死を願うまでに、そう時間はかからなかった。


 長い旅の途中、彼らは世界を守るという神と出会う機会もあった。

 神は彼らに『世界の人々を不老不死にする方法はある』『その為には魔王を倒さなければならない』と語った。

 王子の思いに仲間もいつしか賛同し、彼らは改めて魔王を倒すことを強く目標と掲げて旅を続けた。


 そして、ついに長い旅の果て、彼らは魔王の城に繋がるという門を見つけたのだ。

 彼らはその門を潜り魔王の待つ城に乗り込むつもりだった。

 けれど、彼らは驚いた。


 門の向こうにあったのは、世界のどこよりも幸せで平和で、精霊の力溢れる国。

 人々が笑顔で暮らす国だった。

 そして、何より王子は驚いた。言葉を失くした。

 魔王の国と呼ばれていたのは、王子の故郷だったからだ」


 全員が、息を呑んだのが解る。


 話の内容をぎりぎり理解できているかどうかのジャックやリュウでさえ、声を上げずにリオンをじっと見つめている。


「王子は家である城に走って戻った。

 王子が島から出て一年以上が経っていた。

 騎士も魔術師、そして女王も王子の帰還を喜んで迎えてくれた。

 外に人を送り、探していたと、涙と安堵と共に抱きしめてくれた。

 けれど、王子は必死で問いかける。


『この島は魔王の島なのか? 世界の人々が苦しんでいるのは自分達のせいなのか?』と。


 旅をしてきた仲間達を前に。大切な家族たちに。


 勿論、全員が首を横に振った。そんなことはない。

 世界を闇に閉ざしているのは別の誰かだと。

国と民と精霊を守るためには、国を閉ざすしかなかったのだと。


 王子は女王と魔術師と騎士に告げた。

 外では国が誤解されている。魔王だと言われている。

 外に行き、皆を助けよう。そして疑いを晴らそうと…。

 最初は頷かなかった騎士や魔術師だったが、女王が王子と共に行くと決めたことで、彼らは外に出る事になった。


 神官の手引きで、神と会い、共に世界を闇に閉ざした者を探る筈だった。

 国を守る魔術師は、王子と旅した魔術師と兄妹だったから会見に二人も立ち会うことになった。


 騎士と戦士は会見の扉を守り、他の皆は神殿の奥へと向かった。

 そして、突然、世界は稲光の様な光と衝撃に包まれた…」


 淡々と状況を語るリオンの声は、驚くほど静かだ。


 けれど、噛みしめられた唇。

 見えないほど小刻みに揺れる、本を支える指先。


 それらが、どれほどの思いを押し殺しているかを、雄弁に物語っていた。


「王子も女王も魔術師も、神官も…誰も戻って来ない。

 戦士と騎士は会見の場に踏み込んだ。

 そこに残っていたのは神だけ。

 彼らは戦士と騎士に告げたという。

 女王は魔王であり、王子は魔王を倒したと。

 闇は消え、彼の望みで神々は魔王と王子の身体と力を使い、世界の人々に不老不死を与えたのだと…。

 魔術師と神官もその為に命を捧げたと。


 騎士は怒り、神に切りつけた。

 けれど、神の力の前に倒れ、戦士だけが生き残った。


 そして…全ての人間が不老不死を得た、今の世界、神の時代が始まったのだ」


「…私、それに似た話を知っています」


 震える声でティーナが顔を上げる。

 その手を、まるで祈るように胸の前で強く組み、リオンを見つめていた。


「今もご存命の皇国 王都の第三皇子ライオット様と、世界に不老不死をもたらした勇者アルフィリーガの伝説は、今も人々の間に語り継がれています。

 でも…まさか、そのような…」


「まあ、これは、作り話だ。話はここで終り。

 聖典が語る勇者伝説とは違う、別の物語だ…」


 パタンと本を閉じて立ち上がったリオン。

 もう一度開かれた瞳には、さっきまで揺れていた感情の色は、どこにも見えなかった。


「でもさ、ここは魔王城なんだよな? じゃあ、王子の住んでいた国ってここ?」

「みんなが不老不死を得たのに、この国の人達はどうしていなくなっちゃったのかな?」


 アーサーやアレクが首を傾げる。


 リオンは、それ以上何も語ろうとはしない。


「じゃあさ、じゃあさ、リオン兄」


 仰ぐように、エリセがリオンを見上げる。

 今にも泣き出しそうな顔で、目元に雫をいっぱいに溜めて。


「王子様は、もう死んじゃったの? 

 皆の為に命を捧げたのに、王子様は大事な人と一緒に死んで、幸せになれなかったの?」


「王子は皆が幸せだったらきっと、自分が例え死んだとしても満足だ、幸せだったと思えただろう。でも…」


 エリセの頭を撫でたリオンは、少しだけ目を閉じてから続ける。


「皆が不老不死を得ても幸せになれなかったと知ったら、きっと呑気に死んでいられないと思ったかもしれないな。

だから、今頃どこかに戻ってきてるかもしれない。

 今度こそ、みんなを幸せにしたいって、願って…な」


 噛みしめるように微笑んで、そう告げると。


「長話して悪かったな。皆。早く寝ろよ。明日はガルフが帰る。見送りしてやらないといけないぞ」


 パン、と手を叩き、みんなを現実へと引き戻す。

 物語の世界は終わり、現実の世界が戻ってくる。


 気が付けばジャックやリュウは、意識を手放したように目を閉じていて、ギルやジョイも大きなあくびを溢していた。


 私は彼らを寝かしつけるため、リオンの横をすり抜けて、子ども達の足元にぺたんと腰を落とす。


「ほら、リオン兄の言う通りだ。寝るぞ、部屋に戻れ」


 年長組を追い立てるふりをして、最後に大広間を出ようとしたアルは、振り返る。


 虹を宿した瞳で、私と、フェイと、リオンを、ひとりひとり見つめた。


 視線が合う。

 私も、リオンも、フェイも、アルも。

 みんなが、みんなと視線と思いを交差させる。


 魔王城の『終わり』と『始まり』のむかしばなし。


 同時に、私達の関係の『終わり』と『始まり』をも告げた物語だったのだと――

 その時、それぞれが、はっきりと理解していた。

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