魔王城 小さな交渉人
夏の終わり。
魔王城の森では、セフィーレとピアンの収穫がいよいよ終盤を迎えていた。
できるだけ多くの手を借りたいので、ジャックやリュウの未満児組まで駆り出し、挙句の果てにはティーナにまで協力を頼むことにして、今日は魔王城総出の大作業である。
「ティーナお姉ちゃん。
これおねがいします」
「解りました。ギル様、新しい籠はこちらです」
「ありがとー。たくさんとってくるね~」
「ごめんなさい、ティーナ。農作業なんてさせてしまって」
さすがに臨月間近のティーナに力仕事はさせられない。
けれど、集めた木の実を大箱へ移したり、籠をまとめて管理する人手は本当にありがたい。
「とんでもありません。こんな経験、初めてですので……本当に楽しゅうございますわ」
ふわりと微笑むティーナの横顔は明るい。
確かに貴族の館で暮らしていたら、こんな風景を見る機会なんてそうそう無いだろう。
子ども達が運んでくる木の実を受け取り、籠を差し出すティーナは、言葉の通り楽しそうで――私はひとまず胸を撫で下ろした。
魔王城の子ども達とも、彼女はもうすっかり打ち解けている。
こうして子どもという存在に慣れてくれれば、いざ自分に子どもが生まれた時、きっと『気持ちの面でも、実際の面でも』少し楽になる筈だ。
……と、いうのは建前で。
正直なところ、大人の手と力と管理能力が、農作業には本当に必要だから、という理由もかなり大きいのだけれど。
「マリカ姉。もうそりいっぱいだよ。
オルドクスに運んでもらった方がいいんじゃない?」
「解った。アーサー、オルドクスと一緒に城に戻って。木の実降ろしたらまた戻ってきて!」
「了解! いくぞ、オルドクス!」
「バウウ!!」
暖かな日差しの中。
森いっぱいに、子ども達の笑顔と笑い声が弾け、零れていく――。
「今日のお弁当はパータトのカナッペね。
小麦の収穫まで、もう少し粉物は我慢して」
たくさん働いたお昼。私は、持ってきたバスケットを開いた。
薄切りにして蒸したパータトがたっぷり。
ツボの中には茹でたイノシシ肉の薄切り、ミニハンバーグ、ベーコン、ヤギバター。
それから、最近見つけたレタスとキャベツの間みたいな野菜――サーシュラ。
茹でてマリネ風にしたら、これが見事にシャキシャキで、美味しかったのだ。
「好きなのを、好きなようにパータトにのせて、食べてみて」
私はまず見本を見せるように、パータトにヤギバターを薄く塗り、マリネしたサーシュラと肉を乗せ、手作りマヨネーズを少しだけのせて――口へ運ぶ。
「こんな風に……あーん」
食べ方を見せる、という名目で一番に味見。
うん、美味しい。なかなかいい感じ。
「ぼくもやる!」「わたしも!!」
瞬く間に小さな手が伸びてきて、材料がどんどん消えていく。
「ティーナもどうぞ。ジャックとリュウはちょっと待ってね。今、作ってあげるから」
たくさん用意したつもりのパータトも、みるみる減っていく。
食べ盛りの子ども達の食欲、やっぱり凄い。
「おいしい!」「うまい!」
「ティーナ、味はどう?」
「とても美味しいです。パータトの淡い味わいと、上に乗せるものの濃い目の味が、とてもよく合って……」
よかった、よかった。
これならガルフの店でも出せるかな?
――ただ、問題は調味料の確保だ。
この夏のセフィーレで、いちばん仕込んでおくべきものは、実はお酢だと思っている。
お酢があるだけで、味わいはぐっと深くなる。
それに天然酵母。
どちらも『発酵』という危険も伴う工程を踏まなければならないが、きちんと管理できれば、それは他には無い強力な武器にもなる。
デザートは採れたてのピアンとセフィーレ。
瑞々しい果汁で子ども達の頬はべっとり――でも幸せいっぱいの顔。
「ジョイ様、顔が汚れていますよ」
優しく布で果汁を拭いてやるティーナの仕草に、私はまたひとつ安心する。
――きっと、いいお母さんになってくれるだろう。
「そういえば、マリカ姉」
収穫を終え、帰り道。
ヨハンが私を見る。
ティーナと別れ、年少組はそりの上でぐっすり夢の中。
オルドクスは重さなど気にも留めない様子で、そっと揺らさないように歩いてくれている。
「なあに?」
私は首を傾げる。
「おしろのにわにね。クロトリが巣をつくってるんだよ。
もう、卵がうまれたみたい」
「え? 本当?」
最近出歩くことが多く、気付かなかった。
ヨハンの言葉に私は真剣に驚く。
クロトリ――その名の通り全身が黒い鳥。
私の中ではカラスのイメージが強かったけれど、実際はカラスより二回り大きく、キジに似ている。
肉は普通に美味しく、特にささみとモモ肉はサラダにすると大人気。
ガルフにも教えたけれど、鶏ガラや豚骨から出汁を取ると、少し手間はかかるものの、スープは格段に美味しくなる。
それをハンバーグやステーキソースにも使えるし――。
……話が逸れたけれど。
クロトリは魔王城の食卓によく並ぶ食材で、現在唯一、安定して卵が採れる鳥でもある。
そのクロトリが、まさか城に巣を作るなんて。
「城に戻ったらヨハン、案内してくれる?」
「うん」
収穫物を片づけ、寝ている子ども達を布団に寝かせてから、ヨハンの案内でその場所へ向かった。
城の外周沿い。
ほとんど足を踏み入れたことのない大きな塔の足元に、それはあった。
「うわっ! 大きい」
普段狩るクロトリより、一回りは大きいつがいが、私達の気配に顔を上げる。
一羽は巣の外から。
もう一羽は巣の中から、じっとこちらを見て――。
巣の中には、確かに卵がいくつも……。
「う~ん、どうしよう……」
今までは森で巣を見つけた時、全部採り尽くさないように少しだけ卵を頂いていた。
卵は欲しい。
ものすごく欲しい。
でも、ここまで堂々と巣を構えられてしまうと、逆に採りにくいというか……。
私が悩んでいると――
「たまご、ちょうだい?」
「あ、ヨハン!」
ヨハンは一切躊躇せず、巣に近づき、卵をひょいひょいと拾い上げる。
リオンとフェイの気配が、一瞬で張り詰めた。
クロトリが襲い掛かると、誰もが思った。
もちろん、私も。
――けれど、クロトリはヨハンを襲わなかった。
ただ、見ているだけ。
まるで『任せた』と言うようにすら見える。
「たまご、くれたよー」
嬉しそうに戻ってくるヨハンの手の中には、四つの卵。
その背に向かって――
クエエッ!
雄と思われる鳥が高く嘶いた。
「全部は採るな、って言ってる……みたい?」
「全部、ってことはいくつかは採っていいのかな?」
エリセの言葉に、私は首をひねる。
「クロトリ、卵くれるならここにいてもいいよね? たべないよね?」
「それは……クロトリがここにいたいなら構わないけど……卵、採られていいの?」
もちろん言葉なんて通じない筈。
――なのに、雄はもう一度嘶く。
「抱いてる……卵はダメ?」
エリセが首を傾げる。
巣を見ると、雌が明らかに二個の卵を抱き、それ以外は巣の中に置かれたままだった。
「……仕方ありません」
フェイが杖を取り出し、そっと目を閉じる。
何かの声に耳を澄ませるような仕草。
やがて目を開いたフェイは肩を竦め、柔らかく笑った。
「……クロトリは、産卵の季節に卵をたくさん産んで、その中から『強いもの』だけを孵すそうですよ。
だから、選ばなかった卵は持っていっていいと。
その方が巣が空いて、また新しい卵が産めるから助かる、とのことです」
「鳥の精霊から聞いたのか?」
「ええ」
私は、野生の世界の厳しさと逞しさを思い知る。
――なるほど。
だから魔王城に巣を作ったのか。
ここなら外敵も来ないし、安全で、卵の管理もしやすい。
「わかった。じゃあ、このままここに住んで。
家賃は卵ね。抱いてない卵は頂きます。麦は食べちゃダメ。必要なら野菜くずとかはあげるから」
「ここにいていいって。ごはんはぼくがあげるから、むぎはたべちゃダメだよ!」
ヨハンが楽しそうに言い聞かせると、クロトリは――本当に頷いたように見えた。
そんなヨハンの姿を見ながら、
(もしかしたら――)
胸の奥に、淡く小さな予感が灯るのを、私は確かに感じていた。
……それはひとまず胸の内にしまい。
魔王城は、卵の安定入手に成功した。
1日3~4個。
それでも十分ありがたい数字だ。
保冷庫で保管しながら、マヨネーズや卵焼きの幅が一気に広がる。
これで――卵、ミルク、砂糖の『お菓子作り三銃士』が揃った。
あとは秋。
小麦の収穫を待つばかりである。




