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魔王城の美味しい生活

お正月休みが終わったので朝3話、夜3~4話目安で更新していく予定です。

魔王城の美味しい生活                                     

初夏――魔王城の朝は早い。


 大広間に朝日が差し込んでくる頃、私は子ども達を起こさないようにそっと抜け出し、台所へ向かう。

 朝はしっかり食べた方がいい。だからいつも、温かいスープに野菜のサラダ、そしてできる限りお肉を添える。

 今日はゆでたイノシシ肉のしゃぶしゃぶ風。そこにセフィーレビネガーのドレッシングをかけて仕上げる。

 ……早く小麦が採れて、パンが焼けるようになるといいなあ。


「みんな、おはよう! 朝だよ。起きて!」


 朝食の準備が大体整ったら子ども達を起こし、着替えと洗顔。

 今は中庭の井戸まで行って水で顔を洗うのが、朝の散歩も兼ねた日課になっている。

 冷たい水が肌を打つと、眠気が一気に吹き飛んでいく。


 小部屋組も起き出してきて、みんな揃って朝ご飯。

 食後は今日の予定を確認する。


「私とエリセとミルカは麦畑の方の草とりに行ってくるね。帰りに、そろそろ赤くなってるはずのエナの実を採ってくる」

「マリカ姉、パータトの実もとって来てよ! マヨネーズかけたサラダたべたい!」

「いいよ、解った。……あ、でも卵が捕れたらね」


 ヨハンのリクエストで今日の夕飯はパータトサラダに決まり。

 クロトリの巣に、うまく卵があってくれますように。


「俺達も見とくから」

「お願い、リオン兄」

「じゃあ中庭の畑はオレがみんなで見とく。アレクは昼前にはそっちに行かせるよ」

「みんな待ってるから、よろしくね。アレク」

「はーい」


「クリスもヨハンも、シュウもギルもジョイも、アル兄の言う事よく聞いてね」

「ぼくは?」「ぼくも……」

「うん、ジャックとリュウも」


 小さい子達は今は中庭までは自由に出ていいことになっている。

 お城の中ならエルフィリーネの守護が効いているし、獣も出ない。

 本当に安心だ。


「アーサーはリオン達と一緒ね。ちゃんと言うこと聞いてよ」

「解ってるって! 今度は絶対負けない!」

「イノシシと力比べしてどうするんです。もう少し頭を使う事を覚えなさい」

「頭を使うのはフェイ兄にまかせる!」

「だーかーらー!!」


 二人の兄弟漫才みたいなやり取りを、リオンが肩を揺らして笑い、私もつられて笑顔になる。


「今日には新しいベーコンの漬け込みが終わるから、古い方は夕ご飯で食べちゃおう。みんな頑張ってね!」

「はーい!」


 朝食が終われば、みんなで食器を片づけ台所へ。

 洗い物はエルフィリーネが手伝ってくれる。


「こちらはお任せ下さい」

「ありがとう。エルフィリーネ。じゃあお願い」


 私はエリセとミルカを連れて外へ出た。


「わあ、おひさまがまぶしい!」

「今日もいい天気になりそうですね、姉様」

「うん。二人とも熱射病にならないように、ちゃんと水分取ってね」


 水辺の向こう――三人で城下町へ向かう。

 城下町の近くは、もう何度もリオンやフェイと点検して片付けてあるので、危険はほとんどない。

 ガルフが整えてくれた家を拠点に、麦畑の草取りと森での野菜や木の実集めをするのが、最近の定番ルートだ。


「セフィーレの花、キレイですね。真っ白」

「ピアンはもう花が落ちて、小さな実が付いてるね。あと少しかな?」

「ピアンもセフィーレも色々使えるから、早く実が付くといいね。今年はお砂糖があるから、ジャムもコンポートも去年よりずっと美味しくなるよ」


 わあと弾けるように笑顔を見せる二人。

 甘いものが嫌いな女の子なんて、そうそういない。


「よし、美味しいパンのためにも畑の世話、頑張ろうね」

「はーい」「はい!」


 麦畑の穂は、もうすっかり大きく育っていた。

 まだ緑が強いけれど、きっともうすぐ金色に染まるだろう。

 草むしりも、もう少しの辛抱。

 アレクのおかげで鳥害も少なく、病気もなく順調。

 今年は去年よりもっと、パンやお菓子を作ってあげられるはず。

 みんなの『美味しい顔』が、今から楽しみで仕方ない。


 昼少し前、アレクが畑にやって来た。城に残っていた子達も一緒だ。


「あ、みんなで来たんだね」

「アレクのリュート、聞きたがってたからな。ちゃんと約束守って歩いてこれたぜ」


 アルが言うなら安心だ。


「じゃあ、そこに座って。アレクの邪魔しないようにね」


 麦畑の縁にみんなが並ぶ。

 アレクが音を合わせ始めると、まるで待っていたかのように鳥たちが集まって来た。


「本当にすごいですね」

「うん、鳥さんたち、ホントに楽しみにしてるみたい」


 アレクの歌声が響く。

 木々の上にとまった鳥たちは一羽も動かず、ただ静かに耳を傾けている。

 あの猛禽でさえ、隣の鳥を襲わない。

 目を閉じれば、ふんわり甘い夢に誘われるみたいで――胸の奥が温かくなった。


 定例ミニコンサートが終わり、鳥たちが空へ帰っていった頃。


 ガササッ!


 草むらで音がした。まだ残っている鳥でもいるのかな?

 ――そう思ったのだけれど。


「や、ヤギ??」

「ヤギ?」


 顔を出したのは、白……というには少し薄汚れている毛並みの、まごうことなきヤギだった。

 角が生えているから、大人なのだろう。


 子ども達が不思議そうに首を傾げる。

 ――そっか。ヤギなんて見たこと、ないんだよね。

 私も、この世界に来てから見るのは初めてだし。


「みんな、ちょっと下がって……」

「あ、ちがでてる……。いたい?」

「え?」


 私は子ども達が突っつかれたりしないように手を広げる。

 けれどヤギの動きは鈍い。

 ヨハンが指さす先を見ると、確かに前足の一本から赤いものが滲んでいた。


「みて! マリカ姉、こっちには小さいのがいる。子ども?」


 エリセが草の影を見つめて声を上げる。

 そこには小さなヤギが一頭。

 ……母ヤギ、だったんだ。


「ん? こっちに来てたのか?」

「あ、リオン兄!」


 草むらからリオン達が姿を現す。

 子ども達が一気に安心したように笑った。


「この子、怪我してるんだけどリオン兄達が?」

「違う違う。こいつは肉、臭みがあるからな。積極的には狩らないさ」

「さっきイノシシとやりあってた時に巻き込まれたようです。こっちに逃げたので畑を荒らされないか様子を見に来たのですが……」


 ふむふむ。

 ヤギの肉は臭みがある、と。向こうの世界でもほとんど食べなかったし……マトンとかラムみたいな感じなのかな?


「じゃあ、この子達、お城に連れて帰ってもいい?」

「? 何にするんだ」

「ミルクが、とれないかな? って思って……。って、ヨハン何してるの?」

「いたくない。いたくないよ……」


 見るとヨハンがポケットから出したハンカチで血を拭き、傷口を結んでいた。

 ――誰が、こんなこと教えたんだろう?

 ……あ、私だ。

 リオンの怪我の時の処置を見て覚えていたのかもしれない。


「おいで、おいで……」


 ヨハンが手招きすると、親ヤギは少し躊躇いながらも足を踏み出した。


「行ってもいい、って」


 エリセの言葉に、他の子たちの顔が一斉にぱっと明るくなる。


「よかった。アーサー、その子ヤギ、嫌がらないなら抱っこして連れてきてくれる?」

「りょーかい!」

「とりあえず、みんなお城に戻ろう。いいものが飲めるかもしれないよ」


 ヤギの親子と一緒に城へ戻ると、まず子ヤギに乳を含ませた。

 ある程度飲んでお腹いっぱいになったらしく離れていったので、私は手を洗ってから鍋を構える。


「何をするんですか?」

「ミルクを絞るの」


 昔、子ども達と一緒に牧場に行って搾乳体験をした時のことを思い出す。

 そっと、上から下へ指を輪のように締めるようにして――


 ぐめえええっ!!


 けたたましい悲鳴と共にヤギが身体をくねらせた。

 ……そうだよね、ビックリするよね。


「うわっ、ごめんごめん!

 でも、余ったミルクは採った方が気持ちいいと思うんだ……」

「だいじょうぶ。だいじょうぶ。トントン、トントン

「ヨハン、危ないから近づくな? 突っかかられるぞ」


 リオンが止めようとするけれど、ヨハンに撫でられるとヤギは不思議と落ち着き――

 搾乳も拒まなくなった。


「ありがと、ヨハン。待っててね……」


 私は慎重に、そしてできるだけ優しく乳房を絞る。

 シュッ、シャッ――勢いのいい音とともに白いミルクが鍋へと溜まっていく。


「うわああっ」


 昔の園児達と同じきらきらした目で、子ども達が鍋の中を見つめる。


「これ、なんだ?」

「ヤギのミルク。子ヤギが育つ栄養の元、みたいなものかな。すごく栄養があって美味しいんだよ」


 たっぷり二リットル以上採れたところで――


「飲んでみる?」


 私は少しすくってリオンに渡す。

 恐る恐る口を付けたリオンだったが――


「美味いな、これ!」


 途端、驚きとともに喉が止まらなくなった。


「僕にも味見させてください」

「ボクも!」「ぼくも……」


 あっという間に取り合い。

 果物ジュースのような派手な甘みではないが、滋養たっぷりで、優しい味。


「マリカ姉! おかわり!!」


 鍋に手を突っ込もうとするアーサーを私は阻止する。


「ストップ。これは待って! これがあれば『スゴイもの』ができるんだから!」

「すごい……もの?」「マリカ姉の作る……スゴイ……もの」


 ぴたり、と全員の手が止まった。

 ――『私の作るスゴイもの』の信用、かなり上がったなあ。


「そうだね~。明日の昼まで待って!」


 異論を唱える子は、一人もいなかった。


 翌日。


「あ、いい感じに分離してる」


 保冷庫に入れておいたミルクの上に、とろりとした脂肪分。

 これが生クリーム。


 振って固めるのが本来だけれど――ふと思う。


 ……ギフト、使えないかな?


 目を閉じ、イメージ。

 必要なのは遠心分離。

 脂肪だけをまとめて――固めて――


「やった! できた!!」


 こうしてバターが完成した。

 ひとかけ味見。


「うわああっ! 凄い!!」


 牛乳とは少し違う、でも優しくて濃厚で――昔、牧場で食べて感動した出来立てバターそのままだ。


 ……そして、そのバターで約束の『いいもの』を作る。


 砂糖、小麦粉、そしてバターを同量。

 卵もできるだけ重さを合わせるのがコツ。

 このシンプルさが異世界転生食べ物チートの定番の秘密兵器になる。


 クリーム状にして――卵を少しずつ。

 最後に粉をさっくり。

 ギフトのおかげで力仕事が本当に楽。


 型代わりの鉄鍋へ流して焼き上げ、余った脱脂乳はスープへ。

 オーブンを覗く。


「よしっ!」


 ふわりと広がる甘い香りに、自然と頬がゆるむ。


 そして午後――


「はーい、みんな。今日は特別におやつだよ~」


 勉強中の部屋に入ると、全員の動きがピタリと止まり視線集中。

 痛いけど嬉しい。


「これが昨日、マリカが言ってた『スゴイもの』……ですか?」

 フェイの喉がごくりと鳴る。


「そう。カエラ糖とミルクの入手でやっと『バター』ができたからね。まずは食べてみて!」


 黄色く、ふんわり、しっとり――お日様みたいなケーキを配る。


 我慢しきれずぱくっと食べる子もいて――


「おいしい!!!」


 満開の笑顔が広がった。


「これ! スゴイ! おいしい!」

「ふわって! サクッって……それから! それから!!」


 言葉にならない幸せ顔。

 それが、なにより嬉しい。


「シロップやカエラ糖より優しい甘さですね。でも口当たりがよくて、ずっと食べていたくなります」


 フェイはフェイで真顔で分析している。さすが甘党。


「これは、なんていう料理なんだ?」

「パウンドケーキ。簡単で、材料が揃えば失敗しにくいの」


 砂糖もバターも、ただ甘いだけじゃなく、生地を支える大事な役割。

 簡単には削れない。

 お菓子は『算数』であり『科学』だ。


 でも――

 みんなの幸せそうな顔を見ると、そんな理屈はどうでもよくなる。


「スゴイでしょ? ミルクがあると、もっともっと色んな美味しいものが作れるんだよ!」


 思わずドヤ顔になる。


「『賓客』として遇さないといけないですね、あのヤギ親子は」

「賓客って……まあ、でも本当に大事にしないといけないよ。だから飼ってもいい?」

「勿論」「また見つけたら連れて来るか……」


 そんな流れで、魔王城はヤギを飼うことになった。

 雑草も食べてくれるし一石二鳥。


 ……うん。


 白亜の魔王城、どんどん庶民的になっていってる気がする。


 ――でも、まあ、いいか。

 こんな毎日なら、大歓迎だ。



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