表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/137

魔王城 『神』の聖典

 子ども達が寝静まった夜。

 大広間の一角で本を読むのが、すっかり私の日課になっていた。


 書庫から借りてきた画集。

 精霊術の基礎知識。

 そのほかにも、いろいろ。

 この世界の文字や考え方を学ぶ為にも、できる限り時間の許す限り、本を読むと決めていたのだ。


 今日、読むのは――

 『聖典』。


 ガルフが持って来てくれた、世界を支配する神々の本。

 私達の世界で言うなら、キリスト教の聖書やイスラム教のコーランみたいなものなのだろう。


 フェイは、


「神々の都合の良いように書かれたくだらない本です」


 と、パラパラと捲ったあとで投げ捨てたし、シュルーストラムは


『よくぞこれだけ、嘘が並べられる!』


 と怒りを顕わにしていた。

 私が止めなければ、本当に粉々にされていたかもしれない。


「とりあえず読ませて!

 神様が敵だとしても、相手のことを知らなくっちゃ、会話も判断もできない」


 そう私が言えば、二人は渋々本を返してくれたものの……明らかに『聖典』に気分を害している様子だった。


 だから私は、勉強時間ではなく、こうして夜遅く――一人きりで読むことにしたのだ。


『星に、大神は降り立ちました。


 何もない、夜の世界。

 大神は光となり、夜と手を取りました。


 夜と光は風と空を生み出し、火によって星を温めました。


 大地に降り立ち、水が流れ、木が芽生えました。

 そして、星に命が生まれ、精霊と、それを統べる神が生まれたのです』


 木、水、地、火、風、空、夜――

 曜日と月を司る神々の上に、光を表す大神がいて、世界を支えているらしい。


 精霊達は眷族神の配下であり、彼らの命令には忠実に従う。

 神々の力があるからこそ、人は平和に生きられるのだ――と書かれている。


「木の神」「夜の神」としか書いてなくて名前が出てこないのは、やっぱり意味があるんだろうか。

 名前は重要だと前にシュルーストラムが言っていたし……神様側の思惑、なのかも。


 その後も、神々とそれに従う人々の伝説が、延々と語られていく。

 神に逆らえば容赦なく天罰が下るところは、聖書にもそっくりだ。

 神の教えを守らず堕落した町が、一夜にして滅んだという記述もある。


 神々同士も、別に仲がいいわけではないらしい。

 領土争いをしたり、信者を取りあったり。

 また、ギリシャ神話みたいに、人間を『愛して』――結果的に破滅に追いやってしまう話まである。


 神の血を受け継いだ者が王となる話もあり、

 人の命の儚さと、それを見下ろす神の『愛』が、綺麗な言葉で飾られて並んでいた。


 ……本当に、いつの世界でも神様って勝手だよね。


 そして――


「あ、これ……」


 聖典の後半に、その伝説は綴られていた。


『世界は、強大な力を持つ魔王によって闇に包まれました。

 光の大神さえも封じる大いなる力。世界の在り方を変える大きな力。

 異世界からやってきたという魔王は、その世界を作った神々より強く、世界の秩序は崩れ、精霊達は支配され、闇に呑まれる一歩手前まで進んだのです』


 ――いわゆる、勇者伝説だ。


『それを救ったのは、貧民生まれの一人の勇者でした。

 精霊と神々に愛されたかの少年は、

 仲間達と共に苦悩の果て、魔王を倒しました。


 神は勇者に一つだけ願いを叶えると約束し、

 勇者はこう願いました。


『世界中の人々が死の苦痛から解放され、永遠に幸せに暮らせますように』


 それはあまりにも大きな願い。


 自らの命と引き換えなら叶えられると聞いた勇者は、迷うことなく神に命を捧げました。

 神々はその命と身体を使い、大地に大いなる祝福をかけました。


 それでも足りず、勇者の仲間達も彼と運命を共にしました。


 ――そして、世界は死の訪れない平和な世界になったのです』


 はあ、と息が漏れる。


 勇者は、きっと心から人々を救いたかったのだろう。

 聖典の中では、神の身勝手と魔王の襲来で、人々はひどく苦しめられていたと書かれていたし。


 でも――

 結果がこれでは、きっと彼も仲間達も浮かばれない。


 今の私は知っている。

 『魔王』がそんな存在じゃなかったことも。

 この話が、神が都合よく捻じ曲げた虚構だということも。


 ――それでも。

 本当に人々の幸せを願って命を投げ出したのだとしたら、

 今のこの世界は、勇者にとってどれほど残酷だろう。


 勇者伝説の後、神々は力を使い過ぎ、姿を現すことはなくなった。

 けれども、いつも我々を見ているのだから悪いことをしてはいけませんよ――


 そんな風に締めくくられて、本は終わる。


「あれ?」


 けれど、私は二つの点が気になった。


 一つは――星の精霊についての記述がまったく無かったこと。


 シュルーストラムや、エルストラーシェ。

 確かに存在している、あの星の精霊達。


 本来なら、大神の眷族にあたるはずの存在なのに。

 他の精霊については描写があるのに、彼らだけいない。


 でも、これに関しては――


『よくも、これだけ嘘が!』


 と怒るくらいなのだから、精霊側からすれば『神々に都合の良い改竄』なのだろう。

 外の世界の精霊術士や神官達は、どんな術を使っているのだろう。

 いつか、確かめてみたい――そう思う。


 そして、もう一つ。


 聖典のどこにも――

 勇者パーティの名前が、一切書かれていなかったこと。


 もちろん魔王の名前も。


 正確には、勇者だけは『それらしいもの』が書かれていた。

 けれどそれは古語なのか、あるいは別の理由か――

 ■■■■、と私には読めない文字で記されていた。


 フェイやシュルーストラムなら読めるかもしれない。

 けれど、もう一度見せたら最後――本当に粉々にされそうで怖い。


「でも、リオンは勇者の仲間の名前、知ってたんだよね?」


『名前がないなら、マリカってのはどうだ?

 世界を救った勇者の仲間の一人だって聞いたことがあるぜ』


 ――そう呼ばれたことで、私は目覚めた。

 元の世界の名前と同じ音だったから、というのもあるのかもしれない。

 けれど……聖典にも載っていない名前を、リオンはどこから知ったのだろう?


 リオンは転生者で、精霊の意志を受けて神の世界をどうにかする為、何度も転生していると言っていた。

 精霊から聞いたのかもしれない。


 あるいは――

 勇者と同じ時代、あるいは近い時代を生きたことがあって。

 忘れられない誰かがいたのかもしれない。


 だから、その名を――私に、くれたのかもしれない。


 本を閉じる。

 しおり代わりにしている、木の板に貼りつけた白い花が、静かに私を見上げているように感じた。


 問い詰めれば、リオンは多分、答えてくれる。

 でも――


 どうしても、聞きたいとは思えなかった。


 胸の奥が、チクリと痛む。


 リオンがくれた『マリカ』という名前は、今はもう間違いなく私のものだ。

 けれど――

 彼の心には、今も遠いどこかに、別の『マリカ』がいるのだろうか?


 生まれてしまったその不安は、忘れようとしても消えなかった。

 どんなに振り払っても、ふとした拍子に思い出され、胸を、心を刺す棘のように残り続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ