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夜国 エピローグ3 アンヌティーレ視点 元皇女の思い

「皇女 アンヌティーレ。

 其方から『聖なる乙女』の称号と役割を剥奪する」


 私は謁見の間にて跪き、父皇帝からの言葉を、頭を垂れたまま静かに受け止めておりました。

 広い大理石の床に落ちる自分の視線の先だけを見つめ、ただ、音として届く言葉を一つ一つ噛み締めるように。


「お前がアルケディウス皇女にしでかした無礼の数々。

 大聖都の神官長もお怒りの様子であった。正式な通達が来ている」


『不老不死を失い『精霊神』の怒りをかった其方には『神』の『聖なる乙女』たる資格が喪失している。

 以後、大聖都がお前に儀式を要請する事は無い』と。


「そう、ですか……」


 周囲のあちこちから潜められた声が、波紋のように零れ始める。

 息を呑む気配、押し殺された囁き、わずかに混じる安堵と嘲り。


 マリカ皇女が帰国して数日。

 私が宮の一室に軟禁されている間に、あらゆる手は打たれていたのでしょう。

 もう、私が何を言おうと、この決定が覆ることはない――その事実だけは、痛いほどに理解していました。


「皇妃キリアトゥーレは体調不良により皇妃の座を退く事になった。

 第二妃ヴィヴァーチェが今後は皇妃の職務を行う事になる」

「よろしくお願いいたします。

 アンヌティーレ様」


 父皇帝の第二妃ヴィヴァーチェは、大貴族第一位である侯爵の娘。

 従妹であった母上とは別の意味で、政略上大きな力を持つ相手であり、肉体的にも魅力的な人物。

 しかも、既に国務の補助も担っている。


 母上が皇妃の座を追われるのなら、彼女がその後に入るのは、理の当然。

 それは理解できること。――けれど。


 皇妃と反対側、父上の右側にはお兄様が立っています。


 今までは、私が一番近い場所にいた。

 国の後継者。代表皇族としての位置。


 その場所に立つお兄様の顔には、自信が満ち溢れているように見えました。

 揺らぎのない眼差し、迷いのない立ち姿。


 それも、当然なのでしょう。


 腕に輝く紫水晶のブレスレットは、復活した『精霊神』から賜ったもの。

 不老不死の時代の彼方に失われていた、魔術師皇族の復活。

 その熱狂は、幽閉されていた私の耳にも届くほどでしたから。


「アンヌティーレ」

「はい、父上」

「いかにマリカ皇女の若き才能に嫉妬したとはいえ、其方が行った行為は『聖なる乙女』としては勿論、皇女としてもアーヴェントルク皇家に泥を塗ったのだ。

 マリカ皇女はお許し下さったが、当面の間、其方の皇女としての地位、職務も停止させる。

 謹慎処分とするので、何故『精霊神』の怒りをかったのか、よく考えるがいい」

「……承知いたしました」


『聖なる乙女』の称号、皇女の資格。

 共に失った私には、父皇帝の決定に反論する資格など、最初から存在していません。


 ですから、ただ黙って礼をとる。

 それしか、赦されていないのです。


「皇女の宮にそのまま住まうを許す。ただ、其方が知る様に使用人は全て入れ替えた。

 当面は宮から出ずに、己の現状を顧みるが良かろう」

「解りました……」

「お前に貸し出している使用人は全て、僕の家の有能な部下達だ。

 傷つけたりしてもらっては困るよ」

「解っております」


 アルケディウス皇女に薬を盛って誘拐し、監禁、傷害。

 自分が犯した罪を思えば、宮での謹慎など決して重い罰ではありません。


 けれど。

 私は到底、喜ぶ気にはなれませんでした。


 ――私は、今まで持っていた全てを、失ったのですから。


 いっそ、お母様と同じように罪人の塔に永久幽閉となれば良かった。

 そう思ってしまうほどに。


 箱馬車で自分の館へ帰ると、


「お帰りなさいませ。皇女様」


 三人の使用人達が膝をついて、出迎えに現れました。


 これで、全員。

 情けないことに、『今の私』に仕えて、言葉を交わしてくれる者は、三人の子どもしかいないのです。


「着替えて休みます。手伝いを」

「かしこまりました」


 二人の少女は私の後に続き、少年は扉を開けてくれた後、音もなく姿を消しました。

 おそらく、湯あみの準備をしに行ってくれたのでしょう。


 元はオルトザム商会の奴隷だったという子ども達。

 ぎこちないながらも、一生懸命仕事をしてくれていることは、解っています。


 それでも。――それでも。


「どうかなさいましたか? 皇女様?」

「いえ、何でもありません。用事が済んだら下がりなさい」

「はい、失礼いたしました」


 湯あみを終え、着替えを終えた私は、子ども達を下がらせると、そのままベッドに顔を伏せました。


 柔らかな寝具に沈み込みながら、息が詰まる。


 優しいばあや。

 気心知れた忠実な使用人。

 そして、私をいつも称えてくれた取り巻き達。


 ――誰も、いない。


 私は、一人です。


 本当に。

 どうして、こんなことになってしまったのでしょうか。


 私は、ほんの少し前まで、アーヴェントルクの皇女として。

 そして世界でただ一人の『聖なる乙女』として、何不自由なく幸せに生きていました。


 お母様は、幼いころから――そして不老不死となってからも、何度も何度も私に言い聞かせてきたのです。


『アンヌティーレ。其方はアーヴェントルクただ一人の皇女にして『七精霊の子』。

 そして『神』と『精霊』に愛された、特別な『聖なる乙女』なのですよ』


 人も、精霊も、『神』さえも、私を愛している。


 私は特別な存在なのだと。


 繰り返し、繰り返し。

 耳に焼き付くほどに。


 実際に、私が呼びかければ精霊達は集い、私が舞えば光の橋が空にかかりました。

 世界を支える『神』も、国を支える『精霊神』も、私を必要として下さる。

 民も、神殿の者達も、私を崇め、愛してくれている。


 それは――確かな証であったはずでした。


 だから。


 私は何をしてもいい。

 何をしても許されるのだと。


 全ての人間は、私の役に立つことを喜んでいるのだと。


 ずっと。

 ずっと、信じていました。




 それが粉々に砕け散ったのは――


 今までこの世界でただ一人であった神の巫女姫。

 二人目の『聖なる乙女』が現れてから。


 あの娘が現れなければ、こんなことにはならなかった。


 そう思ってしまう自分がいることも、

 それが弱さであることも、解ってはいるのですが――。


 私より格上、と彼女のことを評したのは兄上だったでしょうか。


 他国より大金をもって招かれ、役目を果たす婚外子の皇女。

 けれど、二国の精霊の血を引く英雄、ライオット皇子の娘であるがゆえに、彼女は強大な力と精霊の祝福を宿していました。


 確かに、私よりも強いその力に私は確かに嫉妬して、見下して……。

 我が物にせんと――彼女を傷つけた私は、『精霊神』の怒りを買い、捕らえられ、幽閉されたのです。


 そして――。


 ふと、甘い香りが漂いました。


 私はゆっくりと顔を上げ、ベッドサイドへと視線を向けます。

 子ども達が用意してくれたのでしょうか。


 紅いロッサの花が、一輪。

 小さな花瓶に活けられているのが目に入りました。


 手に取って眺めてみると、虫食い一つない、美しい花。

 丁寧に手入れされているのが一目で解ります。


 大よそ棘も取り除かれていましたが、ひとつだけ、葉陰に残されたものを見つけて。


 私は、人差し指で、そこにそっと触れてみました。


「……ツッ!」


 解っていたことです。


 柔らかくも鋭さを持つそれは、私の皮膚をかすかに刺し、紅い血を滲ませました。


 ぷっくりと膨らむ、小さな紅い点。

 じくりと疼くような痛み。


 これは――


 私という存在が、この世界『不老不死社会』の外へと弾き出されたということ。

 不老不死を失ったという現実を、否応なく突きつける証。


 今まで、当たり前にあったもの。

 世界中の誰もが持っているもの。


 それを――私は、失ってしまったのです。


「あ、ああああっ!!」


 私は思わず花を投げ捨て、ベッドサイドの花瓶を払いのけました。


 ガシャン、と軽い音。

 花瓶が床へと落ちました。

 柔らかい絨毯の上に、水が染みを作ります。

 この部屋には刃物の類は何一つ置かれていません。

 けれど、これを壊せば、きっと破片ができる。


 それで――。


 我ながら狂乱の中、そんなことを考えながら、花瓶を拾い上げた、その時。


「にゃああ!!」


 私は、その時。


 ――在りえないものを見ました。


 ええ。

 この部屋には決して存在しないはずのもの。


 小さな黒猫が。


 部屋の中で、紫の瞳を静かに光らせながら――

 不思議そうに、まっすぐに私を見つめていたのでした。

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