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夜国 『王子』と『皇帝』の戦線布告

 アーヴェントルク 最終前夜。

 晩餐会と舞踏会終了後。


「姫君。お聞きしたい事がある」

「何でしょうか。皇帝陛下」


 私は皇帝陛下に呼ばれ、応接の間にて二人、向き合っていた。。

 応接の間はアーヴェントルクでの調理実習期間、皇家の方々が食事に使っていた場所だ。

 一番多い時は家族四人で食事を楽しまれていたのだけれど、今、席についておられるのは皇帝陛下のみ。

 皇妃様とアンヌティーレ皇女はいないし、ヴェートリッヒ皇子は入り口近くの壁際で、リオンと一緒に護衛代わりをして下さっている。

 正確には皇帝陛下も、女性をお一人、伴っていた。

 彼女は皇帝陛下の第二妃で、『生まれつきの足の傷害が悪化した為』一線を退く事になった皇妃に代わり、皇帝陛下のパートナーとなるのだそうだ。

 静かな室内に、控えめな灯りが落ち、どこか儀式めいた空気すら感じられる。

  

「何か晩餐会の差配に何かトラブルやご不満でも?」

「いや、素晴らしいものであった。あそこまで、食事。

 食べるという事が輝かしいものだと改めて知った気分だ」

「お褒めに預かり、光栄でございます。

 全て真剣に二週間、実習に励まれた料理人の皆様方と、アーヴェントルクの素晴らしい素材の賜物にございます」


 とりあえず、ホッと胸をなでおろす。

 自信はあったけれど、はっきりと褒めて頂けると、肩に乗っていた見えない重みがふっと軽くなる。


 最後の晩餐会のメニューは、皇帝陛下を始めとする大貴族達から喝采と共に受け入れられたと思う。

 晩餐会のチーズフォンデュをメインにすると決めていたので、それに合うと思しきメニューを組み合わせた。

 前菜は生ハムのカルパッチョ風味。

 サラダはバンバンジー風サラダでさっぱり食べさせて、メインはチーズというかチューロスのフォンデュ。

 卓上で火を炊く、ということと炎の精霊術を食事に使う、ということに驚かれたけれど。

 少し塩味の効いたチーズを牛乳で溶かした濃厚チーズフォンデュは絶品で。

 ハム、パータト、ソーセージ、チーズなどを溶かして絡めて食べる大貴族達は、暫し言葉を失って夢中で食べていた。

 湯気の立つ鍋を囲み、同じものを分け合う時間。

 それ自体が、食事以上の意味を持つ光景だったと思う。

 同じ鍋から、一緒に食べる、というのも楽しいしね。

 後にステーキとパスタも用意してあったけれど、控えめにして大正解だったと思う。


 デザートは元皇妃、キリアトゥーレが教えてくれたナッツのヌガーをタルト生地で包んだエンガティーナ。

 キリアトォーレに恨みは山ほどあるけれど、お菓子に罪は無い。

 アーヴェントルクの伝統菓子らしいから、これからも繋いで行ってほしいと思うし。

 後はシンプルにサフィーレのシャーベットを添えた。

 甘味の余韻が、宴の終わりを優しく包み込むようだった。


 特にチーズ関連がアーヴェントルクの大貴族達の興味を引いたようだった。


「このように素晴らしいチューロス。我が領地でも作ることは可能だろうか?」

「我が領地は、鉱山ばかりで耕作地には恵まれていないのだが……」


「チューロスやバターは、新鮮な乳から誠実、丁寧に作れば一般人でも製作可能です。

 新しい『食』は材料を無駄にしませんが、細かい手順や作業が多くあります。

 それを助ける道具やカトラリーなどを、アーヴェントルクの方の技術などで作って頂ければきっと、需要は高まると思います。

 少なくともアルケディウス。

 ゲシュマック商会は買い付けたいと願うでしょう」


 チューロスの作り方についてはこの土地にあったやり方がある。


 私の仕事は、食の種まき。

 知識と、技術と提案を置いていくだけ。

 後は、アーヴェントルクの方達がその土地に合った料理を育てて行って欲しいと思う。

 芽吹いたものが、この国の風土の中でどう花開くのか。

 それを見るのが、何より楽しみでもある。

   

「シャンプーも大人気でしたわ。

 まさか、アーヴェントルクの貴族女性、全員に行き渡るなんて思ってもみませんでした」

「アーヴェントルクの自然が生み出す花と恵みの賜物でございます」

「大貴族達も『新しい産業』や今まで無駄にしていたモノを収入にできると興味津々であった。

 今後、会議をもち、各国の産業の再確認や頂いたレシピの販売配布などを行って裾野を広げていく予定だ」

「とても素晴らしい事であると存じます。

 安定しましたら、ぜひ、アルケディウスにも輸出などをご検討下さいませ」

「小麦、麦酒、調味料、香辛料などでこちらこそ、アルケディウスのお力を借りなくてはならない事は多いだろう。

 こちらこそ今後とも、良き交流を願いたい」

「はい。国に戻りましたら皇王陛下とも相談した上で前向きに検討して行きたいと思っております」


 食や産業についてに関しては、既に開示した情報内で問題なく収まっていると思う。

 では、皇帝陛下が聞きたい事、とは何だろう?


「姫君は昨日の奉納舞で、アーヴェントルクの『精霊神』が復活した、とおっしゃられたな?」

「はい。ご報告した通り、精霊石に現在、光が戻り『精霊神』様はお目覚めになられ、この国の守護をお約束下さっておられます」

「それは、確認した。

 精霊石が、あのような輝きを発するのを私は、父王の時代から見たことが無い。

 流石、精霊と『神』の寵愛深き『真実の聖なる乙女』と敬服した」

「ありがとうございます」

「やはり、ヴェートリッヒ、もしくはこの国の貴族の妻となり、この国に留まって頂くことは難しいか?」


 聞きたい事、というのはそっちか。

 なら、答えは決まっている。


「……申し訳ございません。

 私はアルケディウスの皇女にございます。国に役目と婚約者を持つ者。

 アーヴェントルクの皇位継承者に嫁ぐわけにも参りません」

「兵士の強さを誇るアーヴェントルクが、姫君の婚約者に悉く蹴散らされた身では無理強いもできぬ、か」

「はい。父皇子は、私に求婚するなら最低でも婚約者を破る実力を見せよ、と申しております。

 それに、皇子をアルケディウスに婿に迎えるという事も、不可能であると存じます」

「確かに、な。さっきの舞踏会での宣言は、私自身も肝を冷やした。

 まさか、ヴェートリッヒが、あんなことをしでかすとは。できることを隠していたとは」

「隠していた訳ではございません。

 『精霊神』が復活した折、『次期皇位継承者としてこの国に『精霊神』の御力を示せ』とお力の欠片を賜った故にございます」


 自分に話の先が向いた、と感じたのだろう。

 皇子は私の後ろから歩を進めて、会話に入って来る。

 その足取りは迷いがなく、静かに、しかし確かな自信と意思を伴っていた。


 その手には紫水晶のブレスレット。

 アーヴェントルクの『精霊神』ナハトクルム様が


『『精霊獣()』の存在は秘せ。こいつらと違い、私は片付けなくてはならないことが多すぎる。

 どうしても必要とあれば手を貸してやるから』


 そう言って、いざという時の復活の証拠としてヴェートリッヒ皇子に下さったものなのだ。

 一種の魔術師の杖のようなもので、『夜』の精霊術を使う事ができる。

 加えて、アーレリオス様とラスサデーニア様が祝福もくれたので、簡単な火と木の術も使えるのだとか。

 大神殿は『司祭』に『神の石』

 私がアンヌティーレ皇女に入れられかけた『精霊神』様曰く、首輪を付けられ、というか入れられているらしい。

 それが、精霊に命令し、術を使う権利を与えているのだけれど、このブレスレットがあればそれを防ぐこともできる。


 このブレスレットを使って、昨日の晩餐会の後の舞踏会。


「皆に、良いものを見せよう。『精霊神』復活の証拠。この国を守る大いなる『夜』を司る方の御力の欠片だ」


 そう言って、皇子は舞踏会会場に『夜』を召喚して見せた。

 私もちょっとお手伝いして、光の精霊を散らしたりしたけれど、闇の帳の中、ちらちらと光の精霊が舞い踊る様は夢のように美しかった。

 まるで星屑を閉じ込めた夜空が、そのまま地上に降りてきたかのようで。

 けれど、それだけでは終わらなかった。

 さらに皇子は幻視の術までやってのけたらしい。

 らしい、というのは私達にはあんまりかからなかったから。

 でも闇の中で、人々は自分が美しいと思うものや、者の幻を見たという。


 フェイ曰く。

「『夜』の精霊術は『心』に左右するものが多いんですよ。幻覚とか闇呼びとか、暗示とか。

『精霊神』ご自身もおっしゃったらしいですが、生活魔術などにはあまり向きません。ただ、戦闘などでは絶大な力を発揮しますね。

 各国の王族『七精霊の子(アルプリエール)』は魔術師の祖。

 精霊術の素質を生まれながらに持っていたといいますが、それにしても大した才能です」


 あの天才魔術師フェイが基本的な術と、その使い方を教えたらアッと言う間に下手な魔術師以上の実力を発揮するようになった皇子に舌を巻いていたくらいだからね。

 さらに怖いのは幻視の術に花の香り水を併用した事。

 目に見える幻だけでなく、香りという形の“現実”を重ねることで、より深く心に入り込ませる手法。


「母上やアンヌティーレは、部下に暗示をかけるときに、香とかを使っていたみたいなんだ。

 だから、効果が増すかもしれないと思って」


 優しい香りのレヴェンダ、ラヴェンダーの香り水を作らせて、それを幻覚と併用した。

 アーヴェントルクの皇族には薬学が必須だったらしいけれど、誰にも教わらずにアロマテラピーと催眠の相乗効果を思いつきやってのけるあたり、天才。

 五百年という時間の中で積み重ねられた執念と観察の結晶のようにも思える。


「アンヌティーレは『聖なる乙女』を降りる事になるが、代わりに復活した『精霊神』がこの国に調和と安定。

 発展を齎すことだろう!」


 中日の儀式で『精霊神』の力の片鱗を感じた人も多かったらしく、皇子の言葉とパフォーマンス、そして『精霊神』の復活は大貴族達に喝采をもって受け入れられた。

 空気が一変した、というより――世界の前提そのものが書き換えられたような、そんな瞬間だった。

 でも、皇子、これ完全に皇帝陛下に無許可でやらかしたらしいんだよね。


「その精霊石があれば、皇族なら誰でも術が使えるのか?」

「解りませんが、これは僕が『精霊神』様から賜ったものです。

 この国を守り、民を新しい時代に導けと。

 他者に伝えるつもりも与えるつもりもありません。

 それが例え、母上でもアンヌティーレであっても」

「私の命令でも、か」

「はい」

「……言うようになったではないか」


 きっぱりと拒絶する皇子の態度。

 その声音には迷いがなく、揺らぎもない。

 まるで長い眠りから覚めた獣が、自らの牙を確かめるように。


 もしかしたら激怒するんじゃないか、と私は思ったのだけれど、皇帝陛下は以外にも意味深に笑って鷹揚に許可を与えてくれた。


「なれば許す。希望があった神殿長就任も含めてな。

 最終的には大神殿の裁可を待っての事ではあるが、アーヴェントルクの神殿。

 その指揮を担うが良い」

「ありがとうございます」


 これは大きな成果だ。

 ある意味、今まで一番の結果であると言っていい。

『神国』アーヴェントルクから『神』の傀儡であった巫女を奪い、神殿の『神殿長』を『神』ではなく『精霊神』の祝福を受けた皇族にできたのだから。

 特に皇族が『魔術』を使えるようになったこともかなり大きい。


 と、話はずれたけれど。

 今後、この影響は他国にも出てくると思う。


 でも……。

 こうして対峙してみると、なんだか違う、と解る。

 怒りでも、屈辱でもない。

 ずっと待ち続けていたものの登場に、ようやく出会えた者のような――そんな光を、皇帝陛下は瞳の奥に宿していた。


「ヴェートリッヒ。お前、変わったか?」


 目の前に立つ皇子に皇帝陛下は問いかけ。


「戻った、だけです。皇帝陛下」


 全ての仮面を外した王子は答える。

 その一言は、静かでありながら、確かに“決別”の響きを持っていた。


「そうか……。随分と長くかかったものだ」

「それは、どういう……」

「いや、意味の無い話。気にするな」


 多分、覚悟を決めて発したであろう一言に返った返答に王子は微かに首を傾げた。

 自分は、出生の秘密を理解した。

 これからは、お前の思う通りにはならないぞ、と。

 彼は確かに知らせたのに。


 何故、皇帝陛下は笑っているのだろう?


 でも、一度表した言葉を覆すつもりは王子にはもうないようだ。


「明日、姫君は帰国する。

 彼らの後ろ盾や援助が無くなった後がお前の正念場となる。

 神殿長になっても、お前はこの国の第一皇子で今や唯一の皇族でもある。

 やりたいことがあると、囀るのなら己の力で、それを成し遂げて見せよ」


「言われるまでも無く。

『精霊神』に祝福を受けた王子として、この国を必ずや正しい強さを持つ強国に導いて見せましょう」


「やれるものならやってみろ」


 その瞬間、空気が変わった。

 目に見えない何かが、場を満たし、張り詰める

 今までマントと王冠の下に隠して来た牙と力を、彼はついに露わにする。


 凄い威圧感を感放ちながら彼は笑って言い放つ。

 叛意をはっきりと見せつけた王子を圧倒的な力で威嚇して。


「私をありとあらゆる面で超えて見せろ!

 打倒できたなら、この国の王位、くれてやる」


 私達にも聞こえた互いの宣戦布告。

 その言葉は、父と子の会話でありながら、同時に国家の未来を賭けた契約のようで。


 ……我が子を見つめる皇帝陛下の頬は、誰もがはっきりと解るほどに、明朗な喜びを浮かべていた。

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