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夜国 騒動の後始末 後編

 皇帝陛下から迎えに差し向けられた馬車で、私達は王宮に向かう。

 と言っても、そんなに長い時間じゃない。所詮同じお城の中だし、五分とかからない。

 仕事に行くときはアルケディウスの馬車で行くから、今回の待遇は皇家からの謝罪と――多分。


「昨日は、すまなかったね。怖い思いをさせて……」


 第一皇子ヴェートリッヒ様との打ち合わせの為のものだ。

 馬車に同席しているのは私とカマラ、ミーティラ様とミュールズさん。

 向かいの席には皇子一人。


 御者さんに何か囁き、馬車が走り出したのを確認してすぐ、皇子は私に深々と頭を下げた。


「早くに謝罪に行きたかったのだけれども、昨日の事後処理でとにかく忙しくてね。

 ついさっき着替えに戻るまで館に帰れなかった。

 すまない」


「いえ、助けに来て下さって、ありがとうございます。

 皇子がいなかったら、救出が間に合わなかっただろうと、随員達から聞いています」


 これは本当だ。

 もし皇子がいなかったら、決闘に手を取られていたリオンは私の誘拐に気付くのが遅れ、神殿にも簡単に乗り込めず、最後の扉も開けることが出来なかったという。

 時間がかかれば、意識の戻らなかった私に手荒な手段がとられていた可能性もある。

 正直、ギリギリだったのではないだろうか。


 因みに、着替えて来たという皇子はブルーを基調とした美しい民族衣装系の服を着ている。

 ヴィクトリアンクラシック、と言おうかロココ風と言おうか。

 ウエストコートに、コートは金糸たっぷりの刺繍が施され、ブラウスにはふんわりとしたジャボにカフス、クラヴァット(ネクタイみたいなもの)にも緻密なレースが使われている。

 いかにも中世ヨーロッパの王子様って感じだ。


「まあ、今にして思えば外出命令も僕に邪魔されないようにという母上の策略だったのだと思う。

 父上から用件が済んだら早く戻れ、と言われていなかったら今頃ようやく戻ってきたくらい、だったかな?」


「それは……運が良かった。いいえ。助かったのは皇子のおかげですね」


 多分に、決闘を申し込んで来た戦士も皇妃様の差し金だ。

 リオンの手を少しでも塞ぎ、捜索を遅らせようとしたのだろう。


「まあ、そう言って貰えると少し救われた気分だよ。

 ただ、アンヌティーレと母上。

 アーヴェントルク貴族が君に働いた無礼は消しようがない。

 皇帝陛下から詳しい話はあるだろうから、今は言えないけれど、できる限りのことはさせて貰う予定だ」


「お二人は、どうなさっておいでなのですか?」


「それも向こうで陛下から聞いて。

 僕があまりぺちゃくちゃと未決定事項をバラすのは良くない」


「解りました」


 今までが例外過ぎたのだ。

 私が頷くと、皇子はどこか迷うように視線を泳がせ、そして決意の眼差しで私を見る。


「城に付いたら、ゆっくり話す時間は無くなる。

 だから、一つだけ今、聞いておきたいことがあるんだけど、いいかな……?」


「なんでしょうか?」


「騒動の時にしゃべっていた獣の事だ。

 あれは一体……」


「アルケディウスとプラーミァの『精霊神』から給わった精霊獣です。

 特別な時だけですが『精霊神』様が彼らを通じてお力をお貸し下さるんですよ」


「……聞いておいてなんだけど、随分あっさりしゃべってくれるね?」


 私の返答に皇子は目を瞬かせるけど、この辺は別に機密でも何でもない。

 アルケディウスの大貴族は全員知っている。


「別に言いふらしてはいませんけど、隠してもいませんから。

 神殿には情報が伝わってる筈ですし、皇子もお調べになったりしたのでは?」


「いや? 僕の耳に届いているのはアルケディウスの『精霊神』復活と、君の『神殿長』就任までだ。

 前神殿長が無礼を働いて更迭され、君を大神殿が取り込むために『神殿長』に封じたことくらい。

 詳しい事情までは知らないよ」


「十分ですよ。アーヴェントルクの情報収集力、凄いですね」


「いや、これは僕個人の情報網から。父上は父上で手の者を使っておられると思うけど」


 初日に、三日と経っていない『神殿長』の役職で呼ばれたことは忘れない。

 アーヴェントルクの底知れなさを本当の意味で感じたのは、あの時が最初だった。


「ただ『精霊神』様があれほど積極的にお力をお貸し下さったのは、アーヴェントルクの『精霊神』様をお助けする為だったのだと思います。

 皇子にも『精霊獣』のお話をされるのは大丈夫ですが、できれば『精霊獣』がしゃべったとかは吹聴しないで頂けると助かります」


「解っている。部下達にも緘口令を布いてあるし、アンヌティーレ配下の神殿の者達は全員拘束中だ。

 外には漏らさないと誓おう」


「ありがとうございます。あと私、アーヴェントルクの『精霊神』様とお約束したんです。

 各国の『精霊神』様はとある事情で力を封じられているので、私がお助けすると。皇帝陛下にも交渉するつもりなので、口添え頂けますか?」


「できるだけ、助力するよ。

 僕も、あの時感じた『精霊神』の恵みを。力の暖かさをもう一度感じたい」

「お願いいたします」


 アーヴェントルクは『神国』と呼ばれ、『精霊神』様が拗ねるくらい精霊信仰が薄かった。

 これをきっかけに『精霊神』様が復権して力を取り戻してくれればいいなと思う。

 そこまでいかなくても、封印は解きたい。

 引きこもりの優しい『精霊神』様は、なんだかんだ言って民も人も、そして子孫たる皇族も大好きみたいだから。


「と、そろそろ到着だ。

 後で少し時間を貰えると嬉しいかな。もうすぐ君も帰国だ。

 謝りたい事、伝えておきたい事がある」


「解りました。調整致します」


 私達の会話の終わりを待っていたかのように、馬車は城の正門前に音も無く滑り込んだ。


 皇子にエスコートされてゆっくりと中に入っていくと、初めての時と同じように、城中の人間が集まっているのではないかという人数の人々が、私に膝をついて出迎えてくれた。


 案内されたのは初めて入る場所。

 舞踏会会場では無く、食堂や応接室でも無く、一際豪奢な作りと、最奥の玉座はここが特別な謁見の為の場所だと知らせている。


 玉座に座すのは勿論、皇帝ザビドトゥーリス様だ。

 皇子とよく似た礼服を身に纏っておられる。

 他の国に比べると独特という訳ではないけれど、洗練された威厳がある。


 見回せば大貴族などはいない。配置されている騎士、貴族も最小限だ。

 まあ、皇家の恥をあまり大人数に知らせたくも無いだろう。


「マリカ皇女をお連れしました」

「ご苦労。

 マリカ皇女。この度は我が妃と娘がとんでもないことをしでかしたこと、深くお詫びする」


 玉座から立ち上がった皇帝陛下は、そのまま私の前に立つと膝を折り、胸に片手を当てた。

 そのまま頭を下げる。

 最上級の、下の者が上の者に行う礼だ。


 少し、驚く。

 ここまでしてくれるとは思わなかった。

 皇帝陛下のことだから、謝罪はあったとしても、きっと上から目線だと思っていた。


 だから、私は慌てて首を横に振り、皇帝陛下を止める。


「お顔を上げて下さい。皇帝陛下。

 皇帝陛下に謝罪されるなど……」


「姫君は『聖なる乙女』に相応しき慈愛の心をお持ちだ。だが……」


 立ってくれるように何度も頼んだけれども、皇帝陛下は顔を上げた後、静かに首を横に振る。


「今回の件は私の管理不行き届きだ。特に舞踏会や舞の奉納の後、もっとしっかりと妻や子を見ていれば防げたことかもしれない。

 私は……」


 そうして、ゆっくりと目線を合わせた。

 見下す眼差しでは無く、対等の人間に対する敬意に近いものが宿っているように見える。


「私はアーヴェントルクを強い国にしたかった。

 唯一の冬国。

 生きるに厳しい国ではあるが、それ故に人々の心と身体は強い。

 その強さを世界に知らしめ、誰にも見下されることが無いようにしたかったのだ」


「皇帝陛下……」


「『神』のお力で不老不死の世の中になり、強さなど殆ど意味がない世界になった。

 姫君は知らぬだろうが、経済の活性化という名目で定例の戦をするようになったのは、私の提言がきっかけだ」

「そうだったのですか?」

「ああ。アーヴェントルクの強さを見せつけたかった……。

 本当の意味で解決にはならない、意味がない事だと解っていても、な」


 繰り返される遊びの戦で、『聖なる乙女』を擁し、優れた武器防具の素材を算出するアーヴェントルクの勝率は最上位に位置する。

 でもそんなことは意味がない事だ、と皇帝陛下ははっきりと言ってのける。


 その瞬間、なんとなく、皇子と皇帝陛下は似ていると感じた。

 不老不死の世界に、強い思いと熱を胸に隠して生きている……。


「そんな蟠りによる周囲への無関心が、女達の暴走を許し、今回の件を引き起こしたのだろう。

 どうか、赦して欲しい」


 深く、もう一度頭を下げた皇帝陛下の手を、私はそっと取る。


「はい。皇帝陛下のお心を聞かせて頂いたことに感謝申し上げます。

 結果として私も随員も、障害になるようなものは残っておりませんし、アルケディウスの他の随員に被害も出ておりません。

 私としては今回の件は、関係者のみの心に留めるでいいと思っております」


「そう言って貰えると助かる。『真実の聖なる乙女』

 寛大な御心に『神』と『精霊』の祝福があらんことを」


 王として、皇帝として謝罪と祝福をくれた陛下は、当然、政治家で国を率いる者だ。

 そんな、なあなあで事件を終わらせてはいけないことを良く知っている。


「だが、一歩間違えば、アルケディウスの宝。大聖都の選んだ『真実の聖なる乙女』

 その命を奪いかねなかった重大事だ。

 国家問題に発展しかねなかったこの件に関して、姫君にはアーヴェントルクに謝罪を求める権利があり、アーヴェントルクにはそれに応える義務がある」


 静かに微笑んだ皇帝陛下は立ち上がると、玉座に戻り、私に問いかけた。


「願いを告げて欲しい。

 アーヴェントルクは、それが叶えられない願いでない限り、全力をもって応えよう」


 皇王陛下は、各国にできるだけ貸しを作れ、と言われている。

 アーヴェントルクも、何の罰も受けないで終わられるより、いくつか賠償を行った方が、禊を行ったとして前に進めるのかもしれない。


「では、お言葉に甘えてお願いしたい儀がいくつかございます。

 特に『精霊神』様の御意志と、アンヌティーレ様の今後について……」

「アンヌティーレの?

「はい。より正確に申し上げますと、アンヌティーレ様にやって頂きたい事があるのです」


 大きく深呼吸。


 そうして私は――

 皇帝陛下との、真剣交渉に入ったのだった。

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