夜国 騒動の後始末 前編
昨日も思ったけれど、最近気絶が癖になっている。
身体が色々な意味で限界に達して、強制的に意識が落ちる奴。
あんまり良くない事だと思うけれど、仕方がない。
回避しようと思ってできることではないし。
で、アーヴェントルク皇妃皇女による誘拐事件。
始まりは午前中のお茶の時間だったのだけれども、私が目覚めたのは多分、翌日、自分のベッドの上だった。
あれだけの騒動があって、毒も使われて。
夢も見ないでバタンキュ&ぐっすり。
その分、目覚めはスッキリ。爽快な気分だ。
「お目覚めになられましたか? マリカ様!」
「ミュールズ……さん?」
私の横に、どうやらずっと付き添っていたらしい。
ベッドサイドに座っていた女官頭、ミュールズさんは、私の意識が戻り、ベッドに半身を起こした瞬間、即座に立ち上がり、膝をついた。
「この度は、私達の油断から姫様を危険に晒すことになり、本当に申し訳ありませんでした」
「? どうしてミュールズさんが謝るんですか?
あれは皇妃様の策謀で、皆さんには関係ないでしょう?
不可抗力です」
心底申し訳なさそうに頭を下げるミュールズさんに、私は慌てて手を振るけれど――
「いいえ。皇妃様のお勧めであったとはいえ、敵地で臣下が相手の出したものを口にし、結果毒を盛られたのです。
姫様の側近として在りえない事。さらには暗示をかけられ、姫様に危害を加えてさえいた。
皆、深く反省しております」
ミュールズさんは顔も上げてくれない。
泣き出しそうな顔で俯いている。
「……皆、ってことはカマラやミーティラ様も落ち込んでいるのですね」
「はい。二人とも外で部屋の見張りをしながら、己の過ちを噛みしめているかと存じます」
「すみません。直ぐに外に出るので着替えを手伝って下さい。
二人にも話がしたいし、心配してたであろう他の随員や、助けに来てくれたリオン達にも話がしたいので」
落ち込む二人にどこまで効果があるかは解らないけれど、せめて無事な姿を見せて安心させたい。
そして、助けに来てくれたリオン達にも、きちんとお礼を言いたい。
私の言葉にミュールズさんは「かしこまりました」と頷き、すぐに準備をしてくれた。
今の私の服は、誘拐され、儀式にかけられた時の白服じゃなくて夜着だ。
救出後、着替えさせてくれたのだと思う。
手早く身支度を整えて部屋の外に出ると、ミュールズさんがおっしゃったとおり、部屋の外で立ち尽くしていた護衛二人――カマラとミーティラ様が、ほとんど同時に駆け寄ってきて、跪いた。
「マリカ様。この度はとんでもない醜態を晒しましたこと、心からお詫び申し上げます。
ティラトリーツェ様からお預かりした大事な皇女を守れなかったなんて、恥ずかしくて顔向けできません」
「護衛士でありながら、姫君を危機に晒したばかりか、あまつさえ敵に操られていたなんて……。
不老不死でなかったら、この場で首を掻き切り、死んでお詫びをしたいくらいです」
「ダメです。絶対にそんなことを考えないで下さい。
私には、貴女達が必要なんです。それを解っていたから、皇妃も貴方方ごと取り込もうとしたのですから。
申し訳ないと思うのなら、これからも私の側に付いて、私を守って下さい。
今回の事でも解った通り、私は本当に弱力なので、助けてくれる人がいないと、何にもできないですから……」
膝をかがめて、二人に視線を合わせる。
今回は本当に思い知った。
自分の、物理的な攻撃に対する無力さを。
ここまでの騒動は、もう早々無いとは思うけれど――
守ってくれる人がいなければ、私は本当に、弱い子どもでしかないのだ。
悔しいけれど。
「……ありがとうございます。はい! もう二度と同じ過ちは繰り返しません!!
姫様を守る為に、今まで以上に命を賭けて努めて参ります!」
私の言葉に、カマラは涙ながらにそう誓い、
「なんだかんだで、私も不老不死のぬるま湯に浸かりきっていたのでしょう。
己を鍛え直します。どんな相手からもマリカ様を守り切れるように……」
ミーティラ様も目元を潤ませながら、深く頭を下げてくれた。
「なら、今回の件はこれで終わりです。アルケディウスには私が報告しますので、くれぐれも、くれぐれも責任をとって辞任、なんて考えないで下さいね」
「「「はい」」」
皇女誘拐の罪を問われて解雇、護衛交代なんてことになったら心底困る。
皇王陛下やお母様達には、私からくれぐれも言っておかないと。
「これから皇帝陛下に謁見を申し込み、今回の報告をします。
その前に情報の共有をしたいので、上位随員達を集めて下さい」
「かしこまりました」
「あと、フェイに頼んでアルケディウスと通信を繋いで貰って欲しいです。
今回の件の後始末について、指示を仰がないと」
「すぐに伝えて参ります」
予定通りなら、明日はアーヴェントルク最後の宴会の日。
明後日には帰国となる。
今回の件については、皇女誘拐、監禁傷害の賠償をアーヴェントルクと話し合わないといけないし、精霊神様との約束があるから『精霊の間』にもう一度入れてもらわないといけない。
打ち合わせは必須だ。
そして半刻も経たないうち。
『まったく。
あれほど油断するな。調理実習に徹せよと申したのに、やはり無駄だったか』
「私のせいじゃないし、護衛士、側近のせいでもないですからね。
くれぐれも、そこの所はお間違えないようにお願いします」
通信鏡の向こうで大きく溜息をついた皇王陛下に、私はきっちりと念押しする。
朝早いので、流石にお母様は城にはいらっしゃらない。
いたら間違いなく怒られただろうから、少しホッとする。
『だが、菓子に毒を盛られたのであろう?
配下達は毒見などの注意が足りなかったのではないか?』
「もう少し注意すべきだったというのはその通りですが、初見では気付けなかったのは仕方ないと思います。
皇妃様は同じケーキを切って食べたんですから」
『? それで、何故アルケディウスの者だけ毒を受ける事になった?』
「毒に身を慣らしていたとかでなければ、多分ナイフを使ったトリック……仕掛けだと思います。
ナイフの刀身の片側にだけ毒を塗っておいたんですよ」
向こうの世界で推理小説や、子ども向けゲームブックとかで良く見たトリックだ。
ナイフの片側に薬をこってり塗る。
四角いホールケーキを半分に切れば、半分のケーキにだけ毒が付く。
それを随員達へ。
毒の付いていない半分をさらに半分にすれば、毒の付いていないカットと毒の付いているカットが出来上がる。
毒の付いていない部分を自分が味見し、残りの半分を私に出す。
ケーキに付着する毒の量は少なくなっているけれど、不老不死ではない子どもには丁度いいくらいになるのかもしれない。
「お茶……テアに入れると随員には飲ませられないし、部屋に毒を撒くとかは乱暴すぎる。
かなり本気で計画的に練られた犯行だと思います」
『怖い話だな』
本当に怖い。
ここまで徹底した手段を取る人は、他国にはそういないと思うけれど――
今後はもっと、もっと注意しなければならないと強く思った。
「ただ、怪我の功名的にアーヴェントルクの『精霊神』様とお近づきになれて、神殿の浄化もできました。
私としては、事をあまり表沙汰にせず、荒立てずに終わらせたいと思うのですが、いかがでしょうか?」
『それでいいのか?
皇女の殺害未遂だ。皇妃、皇女の廃位。やりようによっては皇帝の退位くらいは要求できると思うが?』
「その辺はアーヴェントルクが国として決める事で、私達が口出ししていいことじゃないと思います。
アンヌティーレ様は『精霊神様』によって不老不死も剥奪されてますし、キリアトゥーレ様は流石に表にはもう出てこれないでしょうから。
生涯幽閉とかになるのなら、きっと十分な罰は受けてます」
自らの全てを捧げて育てた『聖なる乙女』が不老不死を失い、唯人に落ちる。
下手をすれば、我が子が自分よりも先に老いて死んでいく姿を見ることになる。
それはきっと――
殺されるよりも辛い地獄になる。
「私の誘拐・監禁についても貸しにしておいて、今後増えていくアーヴェントルクからの輸入や、子どもの保護に便宜を図って貰うのもいいかな、と思っています」
『被害を受けたのは其方で、怒る権利があるのも其方だ。
通信鏡の存在は伝えられぬから、まだ国から正式な抗議もできぬ。
其方がそれでいいというのなら任せるが……』
「はい。アーヴェントルクそのものは悪い国でも敵国でもありません。
事を荒立てるより、良い関係を作っていきたいのです」
せっかく、人と人が傷つけあう戦争の無い世界なのだ。
余計な争いの種は、作りたくない。
『解った。今回の件は其方に任せよう。
随員達と話をして、交渉の素案を纏めるがいい。
後残り数日、言っても無駄だと思うが、くれぐれも騒ぎを起こすでないぞ』
「あ、もしかしたら一~二日、滞在伸びてもいいですか?
精霊神様の復活の儀式だけは、お約束なのでやらせて頂きたいのです」
『……それは、仕方あるまい。許す。
だが、なるべく早く戻って参れ。まだ大祭の余韻がアルケディウスからは消えておらぬ。
熱狂的な大歓迎で迎えてやるから、覚悟しておけ』
「え? あ、お祖父様!」
『交渉の結果については夜の定時連絡で報告すること。
以上だ』
ぷつり、と。
電源を落とされたかのように通信は切られてしまった。
あう~。
お祖父様を怒らせてしまったのだろうか?
「夜はティラトリーツェ妃もいらっしゃるでしょうから、覚悟しておいた方がいいですね」
「うん、そうする」
フェイは含んだ笑みで私を見る。
でも、本当に心配をかけたのだから仕方ない。
逃れられないお母様のお説教を覚悟して、私は小さく背筋を伸ばしたのだった。
そして随員達と、今回の件に関するアルケディウスからの対応について話した。
大よその概要を整え、話が決まったのを待っていたかのように――
「皇帝陛下よりのお召しにございます」
館の前に、一際豪奢な馬車が付く。
「やあ、迎えに来たよ」
完全な礼装を整えた第一皇子と共に――




